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坩堝のダンプサイト  作者: あたりけんぽ
第九話 時を歩むは三者三様
36/41

[09-3]

 安全地域内の公園に着陸した双回転翼輸送機〈ケストレル〉から、四人の少女たちが降りては頭を何度も下げる。

 ディゼはキャビンの中から「サバテ」と妹に声をかける。


「あたしたちは本部に戻るわ。あなたたちは帰って、寮長さんの指示に従いなさい」


 サバテがバッグを胸に抱え、心配そうに見上げた。


「あっちでも戦ってるんでしょ?」

「フォービドゥンとの戦いはいつだって『あっちこっち』だわ」


 実のところ、連続戦闘は厳しいが、サバテは妹だ。そして、一市民でもある。〈セフィロト機関〉の職員として、弱みは見せられない。

 サバテは小さく頷いてから、視線をちらりと逸らした。


「シナツさん、どこかに行っちゃったけど、一人で大丈夫なの?」

「戦闘能力は高いし、大丈夫よ、多分」

「多分?」


 ディゼは咄嗟に「不測の事態はあるから」と誤魔化した。

 連続戦闘は、シナツも同じだ。

 旧市街地で彼と出会ったときは衰弱していて、意識も半ば失っている状態だった。

 輸送機から降下したシナツを見送りながらも、〈ダアト〉から奇妙な任務を一人回されたことに、言い表せない不安を覚えていたのだ。

 それを口に洩らしてしまい、ディゼは微笑む。


「じゃあ、行くわ。また後でゆっくり話しましょ」


 座席のルシエノに目で合図を送り、ハッチ・スロープを閉じさせる。

 サバテが「あ」と小さく呻いてから、ローターの回転音に負けない大声で叫ぶ。


「気をつけて、お姉ちゃん!」

「任せなさい」


 サムズアップと合わせて、自信満々の笑みを返す。


「危ないから離れて!」

「うん!」


 と、サバテは小走りに逃げて、ゆっくり飛び立つ〈ケストレル〉を見送る。

 その姿を窓から覗くディゼに、ルシエノが声をかけた。


「仲直りできたじゃないですか」

「根っこの部分は、まだまだよ。避けてたのはあたしだって同じだもの」


 ディゼは小さく溜息をついて、前に向き直った。


「本部の状況は?」

「苦しいですね。一番の問題が、避難した職員の中にはルキフェル因子のキャリアも混ざっていて、誰が敵なのか分からない状況です」

「ミイラ取りがミイラになる――昔のことわざね」


 左拳を唇につけて考え込んだディゼは、思ったままにぽつりと呟く。


「感染源が分かるといいんだけど」

「そうですね。……フォービドゥン化が分かっている職員に、接触した人間を洗い出しましょう。これだけの数になると、元のキャリアは内部にいるはずです」

「調べられる?」

「時間はかかりますが、なんとかやってみます」


 ルシエノは即座に無線で〈ダアト〉へ承認要請を送る。

 だが、すぐに不審顔で呻く。


「〈ダアト〉の反応が返ってきません」

「……まさか、侵入したフォービドゥンにやられたの?」


 彼女たちは議会室に一歩も入ったことがない。ルシエノとて、通信会話が使われているとは調べようがなかった。

 その議会室にフォービドゥンが踏み入ったということは、賢者が全滅した可能性もあると考えられる。

 ディゼは即座に決断を下すのだ。


「セキュリティにハッキングして。とにかく、この事態を収拾するのが先決よ」

「はい!」


 表情は暗いままながらも、ルシエノは即座に仮想世界の森へと没入する。

 セントラル・タワー周辺の離着陸ポートまではほんの数分。さしものルシエノも短時間では手がかりの発見に至らない。

 彼女を〈ケストレル〉に残そうと考えてハッチを開放したディゼは、自分に突きつけられた無数の銃口に驚きの声を上げた。


「ちょ、ちょっと、何!?」


 待ち構えていたのは兵士の一団だ。

 白コートの制服は警備課の所属を示している。構えている銃はアサルトライフルだ。引き金を引こうものなら人間など蜂の巣である。

 ディゼはゆっくりと左手を持ち上げ、機関の掲げる〈樹鏃〉のエンブレムを投影する。


「特務課第七班のディゼ・エンジよ! そっちは同班所属、ルシエノ・アルファ。フォービドゥンなんかじゃないわよ!」


 物々しい気配に触発されたディゼは、全員を鋭く睨みつける。

 恐らく隊長だろう、細い顔の男が目配せで銃を下ろさせた。


「失礼。今は誰が味方で誰が敵なのか、分からない状態だ。許してほしい」

「状況は理解してる。急いで戻ってきた仲間を疑うほど混乱してるってことも、よく分かったわ」


 厳しい物言いに、年上であるはずの隊長は気まずそうな顔をした。

 だが、仕方がないこともディゼは理解している。

 もしかしたら、第七班の〈ケストレル〉を取り囲む兵士たちの中にすら、〈潜伏者〉の因子を持つ者が紛れ込んでいるかもしれない。

 キャビンから降りたディゼは、兵士たちの異様な緊張を感じ取った。


「ルーシーはここに残って。不審者を見つけたら、空に逃げるのよ。機銃やミサイルだって使ってもいいわ」

「短距離ミサイルなんて使ったら、大惨事ですよ。そこまで責任は負いきれません」


 ぼやきながらハッチを閉めるルシエノに、ディゼは肩を竦めてみせた。

 そればかりは、フォービドゥンに文句をつけるべきだ。

 片耳に無線機を装着して、オペレーターとの通信をオンライン。隊長と向き合って尋ねる。


「既にフォービドゥン化した職員から処理してくべきよ」

「今のところ、七割ほど駆除し終えている。ただ、隠れているフォービドゥンはまだまだ現れるかもしれない」

「ナノマシンの増殖を感知したら爆発するような首輪があれば話は別だけど、それで疑心暗鬼になるようじゃ〈潜伏者〉の思う壺ね」


 なんの気もない呟きに、隊長は顔をしかめた。

 背後から襲われる恐怖をディゼも想像できないわけではない。

 だが、彼女の特異能力は目に見える物を焼く力だ。目に見えない恐怖を相手にすることはできないのだ。


「そっちの指揮系統はどうなってるの?」

「警備課のオフィスに指揮所を仮設している」

「じゃ、そっちに任せようかしら」


 ディゼは通信機を軽くタップした。


「ルーシー。議会室までのルートがどうなってる?」

『確保済みです』

「ちょっと待って。じゃあ――」


 ディゼは眉をひそめて、傍らの隊長を睨みつけた。


「〈ダアト〉の指示が途絶えてるのは知ってるわよね。どうして助けに行かないの」

「最上階はセキュリティで守られているはずだ。それに、こちらは手一杯なんだ!」


 自分たちは悪くないとばかりに顔を近づける隊長に、「オーケイ」と両手で押し返す。


「勝手に動くわ。一応、警備課に行動を報告するから」


 返事も聞かずにさっさと歩き出したディゼは、ルシエノとの通信に戻る。


「セキュリティって?」

『エレベータですよ。私たちが上がったときは許可が出ていたじゃないですか。そうでない人間は手形、眼球の認証を突破しないといけません』

「当然、あたしは上がれないわよね」

『シナツさんを連れていったときですよ? もう何週間も前の許可なんて、とっくに取り消されています』


 いつもの見慣れたビル周辺には、火薬の臭いが漂っている。

 タワーの入口前にはバリケードが築かれているところを見るに、一時期は外に出るフォービドゥンをここで食い止めていたのだろう。

 自分たちの城が、弾痕に穿たれてひどい有様だ。

 ほとんど、生物隔離施設での事件と同じである。


「〈潜伏者〉を機密扱いにして、対策を棚上げした結果ね」


 もっとも、どのような対策があるだろうか。

 暴れ始めるまで、ルキフェル因子は眠っているのだ。あるいは銃弾の一発でも撃ち込めば、生存本能が働いて正体を現すかもしれない。

 そんなバカげたことはできない。

 いつか、周りの人間がフォービドゥンと入れ替わっていて――いや、自分すらも――


 ざり、とフロアに響く自分の足音で、我に返る。

 エントランス・フロアに散乱した灰は停止したナノマシンの成れの果てだ。

 そこを横切って、エレベータを呼ぶ。

 降りてくるのを待つ間、ディゼはルシエノに尋ねるのだった。


「認証を突破する方法はある? たとえば、偽造とか」

『偽造って……〈ダアト〉が誰かを知らないと、偽造しようがないじゃないですか』

「調べ様はあるはずよ。賢者が何者だろうと、エデナスの市民には間違いないんだから」


 顔の整形、情報の改竄、生死を偽っている可能性もある。

 あまり詮索すると、危険だ。

 深入りしすぎて消された人間をディゼは知らないが、〈セフィロト機関〉にはその類のよくない噂が流れていた。


 だけど、とディゼは思う。

 どうして〈ダアト〉はシナツを重用するのだろう。

 確かにシナツは存在そのものが管理外技術の塊だ。彼を利用しようと企んでいるのかもしれない。

 何に?

 技術を研究したいなら、生物隔離施設に閉じ込めたままでもよかったはずだ。

 わざわざ外に出した理由はなんだろう。

 無性に気になる。


 胸の前で腕を組み、指をとんとんと鳴らしてエレベータを待つ。

 ふと、ルシエノが『あ』と声を上げた。


『ディゼさん、〈ダアト〉の反応が戻りました』

「なんだ。無事なら、守りに行く必要もないわね」

『いえ、それが……』


 戸惑いを隠せないルシエノが、数拍の間を置いてその先を続けた。


『私たち、特務課第七班に召喚命令が来て――』


 ディゼは気づいていなかったのだ。

 シナツが第七班に配属された時点で、すでに〈ダアト〉の思惑に巻き込まれていたことに。

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