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坩堝のダンプサイト  作者: あたりけんぽ
第九話 時を歩むは三者三様

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[09-1]

「我はこの窮地を切り抜けるため、シナツ・ミカナギを手元に置くべしと考えたのだ。それを汝は……」


 大男の賢者、ケテルの苦悩の声が、万物に浸透するかのように議会室に響く。

 円卓に着いた彼の向かいで、マルクトは臆することなく直立不動の姿勢を保っている。

 ケテルは深々と溜息をついた。


「汝は浅はかだ。ダアトとして、すべきは己が保身だった」

「ダアトなら市民の安全を優先すべき。彼らは孤立無援の市民を救ってみせた」

「大局を見ろ」


 怒りを露わにしたケテルは円卓を叩き、その拳を開いて仮面を押さえる。


「何ゆえ、汝はあの者と関わるとなると、視野が狭まる」

「賢者、失格?」

「未熟というのみ」


 軽くかぶりを振ったケテルは議会室の扉を指差す。


「間もなくフォービドゥンどもが現れるだろう。汝はまだ幼い。あの者と合流し、逃げ延びるのだ」

「……あなたは?」

「下で戦っている者がいる。我が早々と逃げ出せば、〈セフィロト機関〉からは大義が失われる。留まらず、なんとする」


 しかし、マルクトはその場を動かない。

 自分一人で生き延びることに抵抗を覚えているのか、意固地になっているようだ。


「なら、私も残る。十賢者は対等なはず」

「我が命と汝が命を天秤にかけたか!」


 ケテルの白装束が怒気で膨らむ。

 厳しい一喝に、今度こそマルクトの小柄な体がぐらりと揺らめいた。

 賢者は仮面で感情を隠している。それを破り、しかも娘をこのような気迫で叱りつけたことなど、未だかつてなかった。

 もたついている暇などない。

 一転して、穏やかな声で説き伏せるのだ。


「行け。地下ならフォービドゥンどもの包囲網も抜けられよう」

「……分かった」


 マルクトは小さく頷いて、議会室を後にする。扉を閉める間際、後ろ髪を引かれて振り返った。


「お父様の無事を祈る」

「互いに」


 その言葉にマルクトは小さく首を傾げた。それは彼女が微笑むときの仕草だ。

 ついに彼女は廊下を小走りに駆ける。その足音は、扉が閉まると同時に聞こえなくなってしまった。


 卓上にホログラム・ディスプレイを投影する。

 防犯カメラにはエレベータに乗り込むマルクトの姿が映っていた。しかし、カゴは下に降りない。僅かな間の後で、乗り込み口とは反対の壁が横にスライドして開く。

 隠しドアだ。

 奥にはダアト専用のエレベータが用意されていて、地下へ繋がっているのである。


 後はシナツ・ミカナギに任せるとしよう。

 ケテルが笑みの吐息を洩らすと同時に、議会室の回線が全てオープンとなった。

 設けられた各席に白ずくめたちの姿が投影される。

 右隣の男性賢者、コクマーが動揺のあまり、早口に問い質す。


『そちらの状況はどうなっている』


「芳しくはない」


 ケテルはマルクトに対する態度よりも一段と気を引き締め、戦場の映像を卓上に映し出した。

 フォービドゥンは、内部で発生が確認された。

 事務方が〈潜伏者〉の魔手にかかったと見られる。職員たちにとっては見知った顔だ。事務用の制服を着た者たちが理性を失って暴れ回るのに、どうしても躊躇が窺えた。

 深刻なことに、セントラル・タワーに残っている戦力は警備課のごく一部だ。他や特務課は、イェルカ・ビル・センターなどに出払っている。


「先の襲撃は陽動だったようだ」

『呑気に座っている場合?』


 老婆の賢者、ビナーが頭を動かし、この場に一人欠けていることに気づく。


『マルクトはどうしたの、ケテル』

「あの者は先に退避させた。まだ幼いがゆえ」

『若い命を守ろうとするとは立派ね。だけど、あなたはどうするおつもり?』

「来客を迎える」


 大男がのっそりと立ち上がると同時に、議会室の扉が乱暴に開け放たれた。


『何者だ!』


 ビナーの詰問に、揺らめく影は答えない。

 室内に足を踏み入れたのは、事務服を着た男性である。オールバックの髪は乱れ、視線は定まらない。

 だが、室内唯一の生体反応を発するケテルを見つけると、ぐるりと目玉が前を向き、口の端を吊り上げて笑った。


「ようやく会えた。あなたが人類のリーダー?」

「否。人類はすでに己の足で歩んでおる。我が使命は導くのではなく、見守ることである」


 女言葉を喋る男は肩を竦めて、呆れ顔で吐息をついた。


「もっとすぱっと物が言えないの?」

「汝こそ姑息な手を使う。正体を現せ、カザネ・ミカナギ!」

「あら、私の名前はシナツから聞いたのかしら」


 男の顔が風船のように膨らんだ次の瞬間、体が一回り小さくなり、オールバックの髪が黒く染まって長く伸びた。容姿は東洋系の美しい女性へと変異する。

 脱皮するように制服を引き千切った下には、体型にフィットする白い気密服を着用していた。

 それすらも細胞が構築した物だと、ケテルはまだ知らない。知る必要も、ない。


「みなさん、初めまして」


 恭しく礼を取ったカザネは、勝手にマルクトの席に座った。


「人類と私たちの首脳会談ってところね」

「汝が代表か」

「私たちは群体よ? 代表なんて概念はないわ。ここにいる『私』がカザネ・ミカナギというだけ」


 右の手のひらを上にして、優雅な仕草でケテルへと向ける。

 余裕の微笑は、『カザネ』という人間の記憶をベースにした人格が作り出す表情だ。

 しかし、生前の彼女の感情表現とは異なり、眼は無機質だ。何を考えているのか、賢者たちにも読むことはできない。

 ケテルは両手をだらりと下げて、「ふむ」と頷いた。


「して、会談と申すのだ。汝は我らに対して要求があるのか?」

「……語弊ね。人間のレベルに合わせようとするから、こうなるんだわ」


 カザネは猫背になって、円卓に両手を置く。


「十年前にあなたたちが回収した物を貰いに来たの」


 カザネはそう言うなり、獣のように卓上へ跳び上がり、立ち尽くすケテルに突進する。


「隠したって無駄よ! 脳を直接覗かせてもらうか……」


 回線を介して居合わせた賢者たちが呻き声しか発せない中、ケテルは右手をすっと持ち上げた。

 白装束の袖からかちりと機械音が小さく鳴ると同時に、手のひらに黒い塊が滑り込む。 それを眼前にまで迫ったカザネへと向けた。

 瞬間、薄暗い議会室に赤い光と炸裂音が迸る。


「――らッ!?」


 上半身の左半分が飛散し、火の粉となって燃え広がる。

 カザネは衝撃をまともに受けて後方へと吹き飛ばされる。マルクトの席を巻き込んで床を転がるも、素早く身を起こすのだった。

 体の断面には、赤い肉や白い骨は見えない。

 石膏のような灰色のナノマシン群が素早く損傷を修復する。


「木偶の坊ではないようね。さすが、元特務課――そういえば、シナツも特務課ってところに配属されているそうね」

「あの者の能力は高い。それに比べれば、我が力など幾分も劣る」


 ケテルの手から煙が上がる。

 握り込まれているのは隠し拳銃だ。小型だが、装填されている弾丸は着弾と同時に化学反応を起こして着火する特殊弾である。

 それは、紛れもなく前線で戦う者の装備だ。

 さらに左手の白手袋と袖が千切れ、刃のついた旋棍トンファーが飛び出す。ケテルの片腕は武器を内蔵した義手なのである。


「だが、汝を――貴様を滅ぼす程度なら、造作もないぞ!」


 賢者としての口調を捨てた力強い咆哮に、同胞が八つ裂きされる光景を予測していた賢者たちは驚きを隠せない。

 原則として、互いの素性は詮索しない。個々人の出身や思想をも隠し、コードネームのみを掲げ、議会に参加する。

 ケテルは大男だが、まさか元特務課の戦闘員だとは想像だにしていなかった。


『お前は我々に何を隠して――』


 掠れ声はコクマーのものだ。


『いや、そこのフォービドゥンが言った、十年前の回収物は……特務課第七班が調べ出した脱出ポッドか!』

『口を挟むのはやめなさい』


 と、ビナーが対峙する二人を見守って注意する。


『今は自衛に専念させるのよ。全てが終わり次第、我々にすら情報を隠蔽した咎を問いましょう』


 頷き合う賢者たちの姿に、カザネは「くっふふ」と肩を揺らした。


「この状況で責任の追及なんて、お笑いね。つくづく人間は愚かだわ! だから、滅びるべきなのよ!」

「私はそうは思わんね。全ては覚悟の上だ」


 ケテルが使い切りの銃を放り棄て、人差し指をくいくいと動かした。その右腕からも旋棍が飛び出す。双刃はモーター音を奏でて回転し、それぞれの切っ先がカザネに向いた。


「かかってこい、フォービドゥン」

「勇ましいわね。地下の抜け道から逃げようと考えなかったわけだわ」

「……む!?」


 さしものケテルも刃先を揺らし、歯をぎりりと噛み締める。

 再生を終えたカザネは肩を大きく回した。彼女の体に骨はない。ナノマシンが形成した回路の接触を確かめたのだろう。


「あら、退路を断たれたからって、そんなに焦ることないでしょう? すぐ、あなたも私たちに加わるのだから」


 地下通路の存在を知られている。その一方で、マルクトが逃げたことには気づいていないようだ。

 ケテルは冷静に思考を巡らした。厄介なことにフォービドゥンたちは連携の取れた動きを見せている。


 だが、少なくとも目の前にいるカザネ・ミカナギは、他の個体とは繋がっていない状態だ。もしもなんらかの通信手段を持っているのなら、すぐにマルクトの脱出を察知できるはずだった。

 議会室は外部電波を遮断する構造だ。

 そうだとしても独立状態にあるのは、もっと別の理由があるからだと、ケテルは推測する。


「……ふっ」


 笑うように軽く息を吐く。

 シナツを向かわせたのは、ひとまず正解だった。

 となると、新たに浮上した問題は、敵の数だ。一体や二体ならよいのだが――

 次の手を考える必要がある。

 ケテルは目の前の敵を見据えつつ、動き回りやすいスペースに移動する。

 カザネは四つん這いのような姿勢を取って、眼光をぎらつかせた。


「安心なさい。同化は一瞬よ。苦痛もすぐに消えるわ」

「すぐに、か」


 旋棍を素振りして威嚇する。戦闘は久しいが、それほどなまってもいない。


「己が己でなくなる人間の感覚を忘れてはいないようだな、フォービドゥン」


 指摘されたカザネの顔から表情が消えた。

 一体の人ならざる者は燕のように突進する。

 その腕が一振りの剣のように鋭利な凶器へと変貌していた。

 すくい上げるような斬撃に合わせて、ケテルの旋棍が振り下ろされる――

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