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坩堝のダンプサイト  作者: あたりけんぽ
第八話 距離を縮める電光石火
33/41

[08-4]

 シナツが最後の一体に高圧電流を流し込んでいる後ろで、ディゼは宙に舞う火の粉を手で払っていた。

 彼女は肩越しに振り返って尋ねる。


「終わった?」

「ああ」


 シナツは答えてから、彼女の顔色が悪いことに気がついた。

 特異能力の行使に生体エネルギーを消耗するのは、オーバーライト・セルも現代の人類に受け継がれたナノマシンも、同じである。


「補給剤、使っておけ」

「……悪いわね。お先」


 疲労を隠しきれない笑みで、コートの袖を捲る。露出した白い肌に、使い捨て注射器を刺したディゼは、目を閉じて息をついた。


「この後は楽だといいんだけど」

「俺が先頭に立つさ。ディゼはあの子たちを守ってやれ」

「不向きな役回りだけど、まあ、この状況じゃ仕方ないかしら」


 任務上の会話を交わす二人を、遠巻きからサバテたち四人の少女たちが恐る恐る窺っている。

 視線に気づいたディゼは空になった注射器を二つに折って、ゴミ箱に放り投げる。


「もう大丈夫よ。後は逃げるだけ。屋上にヘリが待機してるわ」


 気さくに話しかけながらも、少女たちが傷を負っていないか確認したのは、さすがに特務課の職員である。最悪の場合、犠牲者を増やす前に対処・・しなければならない。

 もちろん、シナツも確認した後だ。彼女たちは無事である。

 フォービドゥンが一体残らず塵となったとはいえ、血生臭いフロアだ。彼女たちは極度の恐怖状態から未だ抜け出せず、茫然と立ち尽くしている。


 ディゼのロングコートには血の一滴も返っていない。元より近接戦闘型の能力ではない上、爆ぜたところで水分は蒸発している。敵はただ跡形もなく焼けるだけだ。

 妹が戸惑って視線を彷徨わせる理由を、自分の振るった力と考えた彼女は肩を竦めた。


「最悪の仕事見学ね。また、あなたを怖がらせちゃったみたい」


 悲しげに微笑む姉を見て、サバテは「あ……」と声を洩らす。

 言うべきことは分かっているのだ。それでも咄嗟に言葉を紡げず、首を横に振ることしかできない。


 サバテの姉に対する反感は、人ならざる者へ変異しつつあった両親を、目の前で焼き殺したことではない。

 初めこそ、その想いはあったかもしれない。だが、時とともに増していったのは、どうして死を悟った両親が姉の名前だけを呼んだか、だ。

 それを今ここで吐露できようか。


 衝突を避けて任務に戻ろうとするディゼを、サバテはやっと消え入るような声で呼び止めることができた。


「お姉ちゃん」

「ん、何?」

「あ、ありがとう……来てくれて。ずっと前から言おうと思ってたの。でも、どうしても言えなくて……」


 ディゼは意表を突かれて、体半分で振り向く。妹の『ずっと前から』が何を指すのかを理解するのに数秒を要す。


「守るのは当然でしょ。家族じゃない」


 ディゼは快闊とした笑顔で、妹を抱き寄せる。


「それに、パパとママとも誓ったし。この力は誰かを救うために使うって」


 周囲の警戒を解かずに二人の会話を見守っていたシナツは、ディゼから聞いた話とサバテの複雑な想いから、死別の際にいかなる言外のやり取りがあったかを察した。

 そして、彼女たちの親がディゼに何を頼んだのかも、想像する。


 サバテは『救い』の意味を理解してはいないようだ。だが、遠慮がちながらも、今度は確かに姉の温もりに身を委ねるのだった。

 その光景を見ていたサバテの友人たちも、かろうじて恐慌を乗り切れたようだ。希望の色が表情に差している。


 まったく、人間ってやつは――

 漂着船で仲間に命を奪われた男性は、力なく呟いた。

 確かに人類は歴史の中で幾度となく殺し合い、大破壊を導いた。

 それでも――と、シナツは外骨格の呼吸管から息を抜き、屋上で待機しているルシエノと通信する。


『下はどうなっている?』

『向こうも事態を収拾しつつあるようです。それと、施設の倉庫に市民の方が大勢避難していると判明。今、救助に向かっている状況ですね。……あの、シナツさん』


 彼女は戸惑いがちに映像を送る。

 監視カメラから撮影した記録のようだ。


『この人って、シナツさんの命を狙った……』

『ああ、あいつだ』


 映っていたのは、化け物と生身で渡り合う女性だった。頭には立ち耳を確認できるが、アーキタのような犬系ではない。狐耳だ。

 手にはなんらかの武器を持っているが、監視カメラでは不鮮明だ。恐らく、対フォービドゥン用の護身武器だろう。化け物は凶器と化した手足を伸ばしては、危険を察知して引くのを繰り返す。

 シナツは彼女の名前を知らない。

 独特な身のこなし、剣閃の鋭さがしっかりと記憶に刻まれていたのだ。

 警備課の研修時に関わった、女暗殺者である。

 今日はマンダリンドレスを着ていない。


『オフというわけだ』

『一応、下に伝えておきますね』

『いや、見逃してやれ』


 彼女は犯罪者だが、単身、救える命を助けた英雄でもある。

 エデナスのルールには反するかもしれない。シナツの判断は、ザトウ号の惨劇において、本来なら自由に動き回れない自分が権限を与えられたことを基準としていた。


『敵を増やす必要はない。向こうだって、そう思っているはずだ』

『……ですね、了解しました』


 視界モニターにマップが送られてくる。屋上までの脱出ルートだ。


『シャッターで道を作りましたが、その場しのぎにしかならないでしょう。それに、道中は何体か徘徊しています。くれぐれも用心を』

『了解』


 シナツは同僚に振り向いて、「ディゼ――」と名を呼ぶ。

 同時に、スポーツ用品店の隣のブースで、かたん、と物音がした。

 少女たちは肩を震わせ、ディゼはサバテを背後に隠す。

 シナツは急いでオペレーターに確認を取るのだった。


『どっちだ。熱源反応はなかったぞ』

『こちらからでも分かりません。念のため、臨戦態勢を』


 シナツはすっと息を吸って、声を張り上げた。


「〈セフィロト機関〉だ! 市民なら手を上げてゆっくりと立て!」


 物陰に隠れている者が、警告にくすりと笑う。


「あら、怖いわねえ。市民ではなかったら、どうするのかしら」

「な……!?」


 恐れもなく立ち上がったのは確かに市民ではない。

 ヘルメット部を外した白い気密服姿、そしてコントラストでくっきりと目立つ、黒髪の女性。

 シナツは胸に拳を当てて問い詰める。


「お前がこれを起こしたのか? どうして!」

「この期に及んで、それを聞く?」


 カザネは笑みを消し、一歩前を踏み出す。


「実験はもう終わっているわ。これは実戦よ、四七二号」

『シナツさん!』


 ルシエノの悲痛な声が飛び込んできた。


『ま、またフォービドゥンの発生が確認されました!』

『……どこだ!』

『セントラル・タワーです!』


 シナツが歯軋りを立て、目の前の暗躍者を睨みつける。

 民間人の集まる施設を襲撃し、戦力を割かせたのだ。本命は、機関の本拠地。その狙いは、人類の希望を絶つため――だけだろうか。


「カザネ! ベンティスから何を訊き出した!」

「ふふっ、分かっているくせに」

「質問に答えろ!」


 カザネのおどけた態度に怒りを覚えたシナツは、襟のメガネを忘れて跳びかかる。

 捕まえてしまえば、放電で脅迫できる。

 彼女がフォービドゥンと化してなお彼女のままだとしても、残虐非道な行為は許せなかった。

 彼女は〈ザトウ号〉の地獄の体験者だったはずだ。それを地上で起こそうとするなど、信じられない。二百年の時間を経て変わったのだとしても、制止が先決だ。

 そう決意して伸ばした手が、カザネの胸に沈んだ。


「う……!」

「そう驚かないで。またすぐ会えるわ」


 囁くカザネの顔が砂彫刻のようにさらさらと崩れる。突如、彼女の肉体を構築するルキフェル因子が機能を停止したのだ。

 気密服すらも細胞の一部だったらしい。

 跡形もなく微細細胞の死骸となって、床に落ちる。


「こ、こいつは……」


 シナツの体と同じだ。ある条件を満たしたナノマシンは自殺する。それを、カザネは故意に起こしたのだ。

 否、カザネだった者たち・・だ。

 反応が消失し、追跡できなかった、その理由がこれである。

 今まで遭遇してきたのはカザネ・ミカナギという個体ではなく、その複製品だったに過ぎない。使い捨ての使者のようなものだろう。


 なら、『私は私』とは、何か。

 なんにせよ、セントラル・タワーにも彼女の姿をしたフォービドゥンが存在していることは容易に推測できた。


「くそッ! ディゼ!」

「オーケイ」


 ディゼは自分よりも年下の少女たちを手招きして、しっかりと言い聞かせる。


「あなたたちを安全な場所まで送るわ。ついてきて」


 少女たちは緊張気味に返事をした。クラブで培われた、即応性の賜物である。

 シナツが安全を確認しながら先導する形で、立ち塞がるフォービドゥンは容赦なく殲滅する。

 その道中にもかかわらず、ルシエノとは別に通信が介入してきた。


『誰だ、こんなときに!』

『汝、何ゆえ待機命令に背いた』


 威圧的な男の声は間違いない、〈ダアト〉が一人、ケテルのものだ。

 襲いかかってくるフォービドゥンを迎撃しつつ反論する。


『ああ!? こっちはマルクトから直接命じられたんだぞ!』

『なんだと?』

『いつものように、隣にいるんだろ? そっちに訊け! こっちは交戦中だ!』


 そこで通信が途絶えたのかと思うほど、長い沈黙が続いた。

 ようやく目の前に集中できるかと溜息をついた矢先、再びケテルが語る。通信を介していると思えないほど、細胞がびりびりと震えた。


『シナツ・ミカナギ。指定座標に向かうのだ』

『民間人を救助した後にしてくれ!』

『もはや一刻の猶予もないと心得よ』


 議会室では聞いたことのない、呻き声だった。

 同じ人間かと疑っていた賢者の感情が垣間見えた気がして、シナツは黙る。

 座標をエデナスの地図と照らし合わせると、ここから近い場所にある地下駐車場だ。何かの間違いかと思ったが、賢者がそのようなミスを犯すだろうか。

 ならば何故、シナツをセントラル・タワーから遠く離れた場所に送るのか。


『いつだったか、言ったよな。俺をお前の都合で動かすつもりなら――』

『然り。これは人類の都合だ』


 即答の後で、ケテルは躊躇いがちに補足する。


『そして確かに、我が都合でもあり、汝の都合でもある』

『なに?』

『赴けば理解できよう。民を輸送機に乗せ、ディゼ・エンジ、ルシエノ・アルファの両名とは行動を別にせよ。特務課第七班はここに召喚する』


 まるで自分が〈セフィロト機関〉の一員ではないかのような扱いだ。

 シナツは暗号通信でルシエノと連絡を取った。返事もまた暗号で、声を伴わないメッセージである。


『こちらにも命令が送られました』


 サバテたちの避難を見届けられないことが心残りだが、ケテルの言うことも気になる。

 賢者はカザネたちフォービドゥンの狙いがなんなのか、察知しているのかもしれない。

 逡巡の末、彼は答えた。


『シナツ、了解。指定座標に向かう』

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