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坩堝のダンプサイト  作者: あたりけんぽ
第四話 魔女は焦土を裸足で歩く

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[04-1]

 エデナス郊外の人工林に、死者を弔う霊廟(れいびょう)がある。

 個室には投影装置が設けられ、シリアルナンバーを入力すると立体映像の墓碑が現れる仕組みだ。

 土地や管理の問題から、エデナスでは火葬が主流であり、焼いた骨は広大な荒野に撒いて風に委ねるのが習わしだ。

 これはルキフェル因子による『歩く屍』化対策も兼ねていた。


 その日、霊廟を訪れた彼女は個室に入るなり息を詰める。

 先客がいる。

 自分よりもいくらか幼く、それでいて自分とよく似た顔の少女。

 琥珀色の瞳から放たれた冷たい視線は、自分の隣に立つ青年へと向けられて――


   ○


 都市の外縁には防塵壁が建っている。

 その壁を越えた先に広がる草原の上空を、セフィロト機関の双回転翼機『ケストレル』は一直線に横切っていた。


「シナツさん」


 雄大な景色に見惚れていたシナツを我に返らせたのは、隣の座席に座ったルシエノ・アルファだった。


「話、聞いてます?」

「……悪い」

「もう、ブリーフィング中にぼうっとしないでください」


 彼女の膨れ面に、シナツは「あ、ああ」と頷いた。

 向かい合うディゼ・エンジもまた、自身のリストデバイスに落としていた視線を持ち上げ、硬く結んだ唇を緩める。

 ルシエノは今一つ迫力のない顔でシナツを睨み、先ほど読み上げていた報告をそらで繰り返した。


「今回は先に警備課が派遣されています。あちらが調べたところによると、どうも特務課向きの任務なのではないか、ということで私たちに協力要請が来た次第です」

「ただの殺人事件じゃないのか」


 被害者は二十代女性、オリジニアン。発見場所は自室のベッド。犯行時刻は真夜中と推測されている。

 共に暮らしているのは婚約者の青年と、その家族。彼らが住まう屋敷から離れたところには警備員や使用人たちの住まう寮があった。


「どうしてエデナスの外に住んでいるんだ。危険だろ?」

「警備は厳重なんです。何故なら、エデナスの重要施設内に建てられた住居ですから」


 シナツは今一つぴんとしない顔だ。


「重要施設?」

「ええ。私たちにも関係のある場所なんですよ」


 ルシエノはウィンクを一つ、シナツの|コンタクトレンズ・ディスプレイ《CLD》に輸送機前方の視界を送る。

 そこに映っていたのは、草原にぽつんと残されたかのような何棟もの巨大なドームである。

 無人フォークリフトが蟻のようにコンテナを運んでいる。倉庫で一時的に保管され、大型トラックの後部荷室に積み直されるのだ。

 列を組んで草原の一本道を走るキャラバン隊を見て、シナツは施設の機能を推測する。


「工場か?」

「みたいなものですね。第二食糧プラントです。シナツさんが買い込んだゼリーパックを生産しているのもここですよ」

「へえ」


 そりゃ関係大ありだ、とシナツは感嘆の息をついた。

 機械たちの働きに関心を抱いて見入ることしばらく、遅れて自分の任務を思い出す。


「犠牲者の婚約者家族というのは、まさか――」

「はい」


 ご明察、とルシエノは微笑む。


「プラントの管理者です」


   ○


 ヘリポートでは、警備課の白いロングコートを着た女性が三人の到着を待っていた。

 年齢は二十代前半。褐色の肌で、背は高い。銀色の短髪にはベレー帽を乗せている。

 紐で肩に提げたアサルトライフルの他、コートの上から巻いたベルトにはホルスターを装着している。納まっているのは、火力も反動も強い大型ハンドガンだ。

 彼女は親しげに手を挙げて歩み寄ってきた。


「来たな、第七班。早いじゃないか」

「お待たせ、クフィル」


 ディゼも力の抜けた態度で応じた。

 クフィルと呼ばれた女性警備兵はばつが悪そうにずれてもいないベレー帽を直した。


「悪いね、ディゼ。この時期に仕事を振って」

「いいのよ。お互い、任務第一でしょ」


 二人は申し合わせたようにシナツとルシエノに振り向いた。


「クフィル・ツヴァイク、警備課の分隊長だ。二人の話はディゼから聞いている。ルシエノ、きみのような優秀な分析官を占有している特務課が羨ましいね」

「そ、それほどでも……」


 はにかむルシエノの肩を、クフィルは「謙遜するな」と朗らかに叩いた。

 彼女にとっては初対面という垣根など容易く跨いで越えられるものらしい。

 その好奇心に満ちた瞳が、シナツのほうへ振り向いた。


「きみが噂のシナツ・ミカナギか。繁華街の戦闘報告はあたしも目を通した。満月の夜に現れた狼男――とね」


 そう言って、彼女は「ふうん」と唸った。


「よく見れば、きみ、結構可愛い顔をしているな」


 反応に戸惑うシナツよりも先に、

「はあ?」「え!」

 ディゼ、ルシエノの二人がそれぞれ大げさに驚いた。


「クフィル、疲れてるんじゃないの? どう見てもシナツは……なんて言うか、そうじゃないわよ」

「も、もしかして、クフィルさんはシナツさんみたいな男性がタイプなんですか?」


 問題の種を蒔いておきながら、彼女はあっけらかんと手を振るのだった。


「ああ、違う違う。映像記録を見たときはもっとこう、荒んでいた」

「俺はそこまで凶暴じゃない」

「……そういう心配でもないんだが。まあ、いい」


 クフィルは満面の笑みで、正面からシナツの両肩に手を乗せた。

 つけ加えると、スキンシップも多いようである。


「仕事の話に移ろうか」


 クフィルは警備課仕様のリストデバイスから殺害現場の映像を呼び出した。

 犠牲者の女性が調度品の整えられた室内に仰向けで倒れている。哀れにも、すぐには死ねなかったのだろう。目と口が人間と思えないほど大きく開いていた。

 衣服は乱暴に破かれ、腹から胸にかけて無残に裂かれている。

 赤いカーペットにこびりついた黒い粘液は、酸化によって変色した血だ。

 シナツは死体の傷口、とりわけ空洞に注目した。


「妙だな。内臓がないぞ」


 シナツの呟きに、場は緊迫した空気に包まれた。

 彼は真面目顔で死体を観察している。そもそも、目を背けたくなるような凄惨さを冗談で紛らわせる性格ではない。

 自分に集まる視線に気がついたシナツは困惑の表情を浮かべた。


「何か変なことを言ったか?」


 ルシエノは纏わりついた糸を振り払うかのように慌てて両手を振る。


「い、いえ、かなり重要なポイントだと思います。……クフィルさん。もしかして特務課を要請したのは――」

「そう。フォービドゥンの仕業かもしれない」


 クフィルは鋭い視線をホログラム・ディスプレイに落とす。


「臓器の摘出には道具が使われているが、ブローカーの犯行と考えるには無理がある。かと言って、センサー類は全く反応していない。それで、潜伏者のことを思い出したのさ」

「待ってくれ」


 顔をしかめたシナツが挙手をする。


「内臓だけの使い道なんてない。ここには食糧がたくさんあるんだろ? そんなに臓器が欲しければ複製すればいいんだ」

「そこなんだ、シナツ」


 クフィルは大きく手を打った。乾いた音がヘリポートによく響く。


「実のところ、あたしはフォービドゥンの仕業と見せかけた人間の犯行だと考えているんだよ。袋に詰めた死体が動き出す気配はない。化け物どもが仲間を増やさないのはおかしいだろう」


 ディゼが腕を組んで睨みつける。


「ちょっと、クフィル?」

「念のための協力要請だ。ここは重要施設だからな。きみたちはあたしの推理が的外れだったときの保険だ」


 そして凛々しい女兵士は小声で呟くのだ。


「あたしとしては人間の仕業でないことを願っている」

「……なんだか気の重い話だわ」


 苛立たしげに前髪を掻き上げるディゼの表情は、言葉以上に複雑そうである。


「指揮権はそっちにあるわ。あたしたちはどうすればいいのかしら」

「専門家の観点から考えてみてくれ。なんなら、関係者に話を聞いてみてもいい。管理者の家族なら屋敷にいるはずだ。あたしは警備員と使用人を調べるつもりだ」

「オーケイ。行きましょ、ルーシー、シナツ」


 特務課の二人はクフィルに敬礼をしてから、ロングコートを翻して去るディゼの後を追った。


「参ったわね」


 リストデバイスで現在時刻を確認するディゼの背後から、シナツが声をかける。


「クフィルとは知り合いなのか?」

「え、ええ……」


 不意を打たれたように肩を震わせて頷く。


「あたしがセフィロト機関に入る前からの、ね。相談とかに乗ってもらってるから、頭が上がらないの」

「相談?」

「個人的な悩みよ」


 肩越しの返答は深く訊くなという意味だった。

 シナツは彼女の隣に並んでさらに問い質す。


「確か『この時期に仕事を振って』と言っていたが、何かあるのか?」


 ルシエノが表情を強張らせたが、前を歩く二人が気づくはずもない。

 ディゼはシナツを見上げ、深く息を吸い、急に視線を逸らした。


「それも個人的な用事」


 二日後に取っている休暇と関係あるのだろうか、とシナツは推測してみたが、それ以上を訊き出そうとするのはプライベートの侵害と考えた。

 代わりに「よし」と頷いてみせる。


「人間とフォービドゥン、どちらの仕業にしても、さっさと解決して帰還しよう」

「そう……ね」


 ディゼの気がかりは晴れることなく、返事もぎこちないものだった。

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