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坩堝のダンプサイト  作者: あたりけんぽ
第三話 影追えども雲掴むがごとく
11/41

[03-2]

『シナツ・ミカナギの処遇については独断専行が過ぎるのではないか、ケテル』


 ダアトと呼ばれる十人の白ずくめが円卓を囲っている。

 全員が古い神秘主義に基づくコードネームを割り当てられ、異なる立場の思想を持つ賢者だった。


 よく目を凝らせば、大男のケテルと対極の位置に座るマルクト以外は、体がうっすらと透けている。

 他の者たちはこの場に実在しない。

 議会には離れた場所からホログラムで参加しているのだ。

 アクセスには不可逆性サーバーを用いるため、誰がいずこから訪れているのかは分からない。


 同じ服装、同じ仮面を身に着けた面々は、さながら個を押し殺した宗教集団か秘密結社のような、いかがわしげな雰囲気を(かも)し出している。

 それでも、体格や声の違いから各人の素顔を想像することはできた。


 口火を切ったケテルの右隣の男、コクマーが円卓を叩く。

 その音をマイクが拾ったことから察するに、彼の目の前には机が置いてあるのだろう。


『何故、あの者と面会した。ダアトは傍観者であるべきだろう。やつは市民でもないのだぞ!』

「思い違いも甚だしいな、コクマーよ」


 ケテルの低い声には一切の怯みがない。

 十賢者は上下関係のない頭脳集団である。

 だが、王冠を意味するケテルのコードネームを持つ者は、代々にして均衡を崩す存在感を示すのだった。


「ダアトが傍観者であるとすれば、先達がこのセントラルタワーに議会室を設けた理由もなかろう。我らもまたエデナスの民であり、故に素顔を仮面で隠すのだ。それとも汝は世から隔絶された場所にでも引きこもっておるのかね?」

『くっ……』

「シナツ・ミカナギはすでにエデナスの民である、という難癖につけ加えれば、あの者は失われし技術の結晶でもあるのだ。捨て置くこともできぬだろう」

『ならば、隔離施設に幽閉しようとは考えなかったのか! 技術解明が先だろう!』


 食い下がるコクマーの怒号に、老婆の冷笑が答えた。

 ケテルの左隣、ビナーだ。


『特務課の報告に目を通していないのかしら。自殺プログラムの組み込まれたナノマシンよ。異常増殖防止のついでに機密保持対策も完璧。どう調べるおつもり?』

『……肉体から細胞を切り離さなければよいのだろう。透析装置が使えるはずだ』

『しかし、細胞の複製は不可能だわ。私たちの書庫にページを加えて、それでおしまいになるわね』

『いいや、終わりなどではない。シナツ・ミカナギを始末してしまえば、ダアトにも掌握できない技術はなかったことになる』


 不穏な発言に、ビナーは体を前後に揺らした。


『コクマー。ケテルの言った通り、彼は過去から訪れた移民でもあるのよ。それを始末するですって? いつからダアトは市民を選ぶ独裁者となったのかしら』

『その一市民がエデナス全体に危険を及ぼさないと言い切れるのか、ビナー!』

『一昔前の人種問題を思い出すわね、コクマー。ところで、ナノマシンの反乱が起きたという話は、いつ私たちの耳に届くのかしら。フォービドゥンとの戦闘報告はひっきりなしに上がってくるけれど』

『ビナー。貴様は楽観的に過ぎるのだ。私たちはこれから起きる事態を予期するためにこうして集まっているのではないか!』

『それもそうね』


 ビナーは柳のようにのらりくらりとコクマーの激昂をかわし、待ちなさい、とばかりに手のひらを向けた。

 一呼吸分の間を置いて、彼女はケテルの仮面を覗き込む。


『私の立場をはっきりさせなければね。……ケテル。私もコクマーと同じで、あなたを疑っているの。シナツ・ミカナギを、ダアトの管理下にではなく、あなた個人のエージェントにしようと考えていないかしら。独断専行にはそんな意図が窺えたわ』


 賢者たちが一斉にケテルを注目した。

 ダアトの構成員が私兵を持つということは、シナツが警戒した『システム維持のためならなんでもやる』以上の横暴に出る危険を孕む。

 賢者とて、権力に溺れないとは限らない。

 しかし、ケテルの気配には針を通す隙間すら生じない。


「杞憂だな」


 まずは一太刀で、彼らを切って伏せる。


「確かに我は汝らと協議もせずにシナツ・ミカナギを迎え入れた。いらぬ混乱を避け、対話への介入も禁じた。しかし、十賢者を揃える必要もなかろう?」

『必要、だと!?』


 コクマーが怒りを露わに立ち上がった。


『それを判断するのは貴様ではないぞ、ケテル! 傲慢ではないか!』

「では、汝らがシナツ・ミカナギを議会へ召喚すればよい。必要ならば、だがな」


 語気の荒さに呼応するでもなく、ただ淡々と説いているだけだ。

 にもかかわらず、場の空気は緊張で張り詰め、賢者たちは追及の勢いを失ってしまうのだった。

 たっぷりと時間を与えながら沈黙という答えしか返ってこないことに、ケテルは「ふっ」と息を吐く。


「野望を抱き、我が意のままに操ろうとすれば、あの者は反発するだろう。それは汝らも感づいておるはずだ。と申せど、放任するつもりもない。すでに監視はつけておる」

『……用意がよいな、ケテルよ』


 コクマーが唸り声を絞り出す。


『シナツ・ミカナギの件については我らに口出しさせないつもりのようだな』

「否、申したであろう。我一人で処する事案ではない。汝のように危険性を指摘する者がおるからこそ、再確認も可能というものだ。他に晴らすべき疑念はあるかね」


 ケテルの仮面が賢者全員を見渡した。

 もはや声高にケテルを糾弾する者はいない。

 ケテルは満足げに肩を下げ、面々に告げる。


「では、我が『事後報告』を終える。本日の議会はこれにて解散とする」


 発言をせずに見守っていた賢者からログオフし、コクマーとビナーの二人はケテルを一睨みしてから退席した。

 だが、一人だけその場に留まる者がいた。


『あー、ケテル殿。ちょっとよろしいですかね』


 軽い調子の、まだ若い男だ。


「ホドか。我に問うのであれば、次の機会まで待て」

『いやあ、コクマー殿とビナー殿の手前、僕が割って入るのも躊躇(ためら)われまして』


 ホドはコードネームを受け継いで日が浅い。

 マルクトよりかは賢者として長いが、未だに恐縮している風だった。

 そう見せかけているのだ、とケテルの目は騙せない。


「我らに序列はない。汝に思うところがあれば、そのときに物を申せばよいのだ」

『まあ、いいんです。個人的興味ですから。実はマルクト殿とお話したいんですよ』


 突然名を呼ばれたマルクトは、微妙に肩を震わせた。

 自分に矛先を向けられるとは露にも思わなかったのである。


「……私?」

『そう。マルクト殿も、シナツ・ミカナギくんには会っているはずだ。彼についてはどう思っているのかな』


 マルクトはホドを凝視し、彼の位置から見えない膝の上で両手をぐっと握り締める。


「彼の行動原理については分かっている。敵の殲滅と船員の守護。宇宙船ザトウ号の科学者、カザネ・ミカナギに与えられた命令を地上でも実行しようとしているだけ」

『遺言を守るなんて律儀な男だねえ。実にセンチメンタルだねえ』


 拍手するホドを、マルクトは冷ややかに見つめる。

 彼女とて賢者の一人である。

 つまり、一対一の腹の探り合いだ。

 基本的にマルクトはケテルの戦い方と同じだ。

 相手の反応を待ち、カウンター気味に自分の意見を述べる。

 だが、ホドという男はマルクトのリズムを狂わせる語調なのであった。


『マルクト殿も、彼とは話したのかい?』

「いいえ、何も」

『ケテル殿からは話もなかったのかな』

「私はただケテルと彼の対話を見守っていただけ。二人が暴走しないように」

『なるほど、なるほど』


 ホドは頬杖を突いて頷いた。

 それきり何も言わないので、マルクトは席を立った。


「訊きたいことはそれだけ?」

『もう一つ。僕らと違って、お二人はそこにいらっしゃるでしょう? 議会が終わった後でどんなお話をしているのかなあ、と常々疑問に思っているんですよ』


 詮索に答えたのはケテルだった。


「我らは汝のように饒舌(じょうぜつ)ではないのでな」

『……確かにそういう感じのお二人だ』


 仮面を着けているはずなのに、ホドの笑みが透けて見えた。


『さて、そろそろお(いとま)するとしよう。失礼しますね』


 仮面を押さえながら、くつくつと肩を揺らしてホドは消えた。

 風に吹かれた蝋燭の火のようでありながら、後にはきな臭い香りを残していく、そんな男だった。


「マルクト」

「はい」

「ホドには警戒しろ。あの男……我らを探っておるぞ」

「分かった」


 短いやり取りの後で、二人はようやく視線を交わした。

 ケテルは「まったく」と、初めて気の緩みを見せるのだった。


「もっともらしい言葉で取り繕うのも一苦労だ」

「ごめんなさい、お父様」


 こちらも、ホドに対する態度とは打って変わって感情を窺わせる言葉遣いだった。

 すでに議会室の記録係、セクレタリー・システムは落としている。

 二人の会話を聞き咎める者は一人もいない。

 もしもケテルとマルクトが親子だと知れたら、他の賢者たち――特にコクマー――が黙ってはいないだろう。ビナー辺りは『まあ、大きくなったわね』と思い出話を始めるかもしれない。

 しかし、二人はその関係以上に守らなければならない秘密を共有していたのだ。


「でも、シナツはエデナスのために必要な人だと思うから」

「汝がそう申さなければ、我もシナツ・ミカナギを幽閉しておるところだ」


 冗談の響きではなかった。

 実のところ、ケテルもコクマーと同じ考えなのだ。

 危険を迎え入れるほど、人類に余裕はない。

 ほんのちょっとしたきっかけで、エデナスは死都となるかもしれない。


 現に、その兆候をシナツが運んできている。

 繁華街に突如として現れたフォービドゥン。

 潜伏するルキフェル因子が時限爆弾として使われたなら、セフィロト機関の戦力でも収拾できない事態に陥るだろう。


 だが、そうしなかった。

 敵の目的ははっきりとしている。

 それが何か、ケテルも察しがついているのである。

 だからこその、コクマーが抱く警戒心よりもずっと深い危惧だった。


「大丈夫」


 マルクトは、神託を受けた巫女のように頷いてみせるのだった。


「彼は道を切り拓く」


 ケテルは再び「まったく……」と呟いた。

 今度は娘に聞こえないよう、仮面の外に洩らすことなく。

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