応援
五月の後半。
学校にも、もう慣れた頃にそれは始まる。
「中間試験が来週からあるから土日でしっかり復習しろよ。大丈夫だろうと思って怠けていると痛い目にあうぞー。以上、良い週末を。号令ー」
担任の言葉にクラスの連中からブーイングが飛ぶ。私もその中の一人だ。
「は、はい、起立――」
委員長の号令により帰りのホームルームはお開きとなる。
私は放課後、生徒会室ではなく図書室に行く。
この学校の図書室はそこまで大きいわけではない。しかし、来る人も少なかった。私はここで美那子先輩に勉強を教えてもらう約束をしていたのだ。学校の図書室なら少しくらい話しても大丈夫だろうし、五月で暑くなり始めている今日この頃。冷房も完備してある最高の場所なのだ。
「すいません遅れました」
私が行くと、すでに美那子先輩は図書館に来ていた。
「いや、私も来たばかりだから気にするな」
先輩は鞄から筆記用具を出しているところだった。本当に来たばかりのようだ。
「隣失礼します」
「おう」
先輩が開いた数学の教科書を覗き込む。
「うわっ、む、難しそう……」
教科書にはよく分からない数式が書いてあった。
「はは、二年になったら愛理もやるんだぞ」
「そ、その時はまた教えてください……」
テスト一週間くらい前から先輩に勉強を教えてもらっていた。
最近は授業を真面目に受けなんとかついて行けるのだが、最初の方が分からない。入学してからの半月程は授業を聞かずに、どうやって結紀お姉ちゃんとアイツを別れさせるかばかり考えていたからだ。
「ここはこの公式を使ってから――」
「あっ、なるほど」
「教科書をよく読めばわかるぞ?」
「教科書より先輩の教え方が上手だから分かるんです」
「そ、そうか。照れるな」
こんな感じで一緒に勉強を……一方的に勉強を教えてもらっていた。
五時になり図書室を出る。図書館の閉まる時間まではまだあるが、先輩にずっと付き合ってもらうのも気が引けるから、この時間でいつも帰っている。
「助かりました。あとは家でやれば何とか乗り越えられそうです」
「それは良かった。教えたかいがあるというもんだ」
駅まで一緒に帰るため、私と美那子先輩は歩き始める。
「前から聞きたかったんだけど……」
先輩は聞きにくそうに口を開いた。
「何ですか?」
「最近来てないけど、生徒会やめちゃうの?」
「……そのことですか」
お姉ちゃんを怒らせてから、生徒会室に行くのは週一回程度だった。そして二週間くらい前からは行っていない。何故かと聞かれても特に理由は無い。強いて言えば、間近でお姉ちゃんと顔を合わせずらくなったからだろう。
「正式な生徒会になれるのは二年生からだから別に大丈夫なんだけど……みんな気になっていてな」
「そうでしたか」
みんなというと荒野先輩と小河原先輩か。アイツには心配されたくもないしお姉ちゃんも起こっているからそれはないだろう。
……最近、荒野先輩と小河原先輩に会っていないなぁ。
「まだ結紀と喧嘩中なのか?」
「それは……どうでしょう。あれから話せていないから喧嘩中なのかもしれないです」
本当に一緒に学校へ行かなくなった。私はお姉ちゃんを見つけると近くに行くのだが、お姉ちゃんが私を避けるように遠くに行くのだ。それに気付いてからは少し遠めにお姉ちゃんを見ることにした。話をしなくても大丈夫。会えないわけではないのだから。
「…………」
先輩は黙っていた。
「私は完全にお姉ちゃんに嫌われたみたいです。でも、私はお姉ちゃんが好きです」
「そうか……言わない方が良いかもしれないが言うことにした。実はな、生徒会でも結紀の居るときに愛理の名前は出しにくいんだ。結紀の奴、愛理という名前に異常な反応するからさ」
どんな反応をするのかは先輩は教えてくれなかった。おそらく拒絶の反応だろう。あの時の会話でそれほど嫌われてしまったのか……。
「そう……でしたか……あれ?」
何かが頬を流れた。
「愛理? 泣いているのか?」
「……そう……みたいです」
やっぱり自分で思うのと、人から自分の居ない時の状況を聞くのでは意味が違う。
自分で嫌われていると思うのと、他人から嫌いと言われるのでは、後の方が心にくるものがある。だって嫌われてると思っていても、実は嫌われていないのではないかと思っている自分がいたりするが、他人に言われるのはその相手からの言葉をそのままということだろう。本人からの言葉ほど心にくるものはない。更にそれが本人からでなく、他人からの告げ口という形であれば尚更だ。
「……愛理」
道の真ん中で美那子先輩に抱きしめられる。
先輩の豊満な胸に顔を埋めて私は泣いた。
「取り乱してしまい、すいません」
私は、まだ大丈夫と自分に言い聞かせた。
「大丈夫。私で良ければいつでも胸くらい貸すぞ」
その言葉を聞き心がキュンとなる。
前に聞いた女子にモテる理由が分かった気がする。お姉ちゃんと会っていなければ、私も美那子先輩に惚れていたかもしれない。でも、私はお姉ちゃん一筋なのだ。それに、美那子先輩とは仲の良い先輩後輩の関係が丁度良いのかも知れない。
「あっ、あれ」
美那子先輩は通りのコンビニを指した。
「何です? ……あっ!」
コンビニにはお姉ちゃんが居た、アイツと一緒に。
「……やっぱり結紀は小春の事まだ好きなんじゃないか?」
最後のお姉ちゃんとのやり取りから一ヶ月は経っている。別れてないという事に美那子先輩が疑問を感じてもおかしくはないと思う。また誤魔化さなくては。
「そ、そんなことないですよ! 別れるきっかけが無くて、惰性で付き合っているんですよ。だから先輩がそのきっかけを作ってあげれば簡単に別れますよ」
様子見として私が何もしてこなかったのが駄目だったのだろうか。
……こう考えるのはただの良いわけだ。お姉ちゃんに近づくのが怖くなったというのが本音であり、どうしようと考えていたら今日まで経ってしまっていた。でも、さっき泣いて気持ちはすっきりした。これからはもう大丈夫。
「そう……か?」
「そうですって」
先輩は下を向き何かを考えている様だ。
「………………決めた。私、中間テスト終わったらこの気持ち小春に伝える」
先輩は告白する決意をした。
「わ、私応援します!!」
最初は美那子先輩はどうなっても良いから、お姉ちゃんとアイツの関係を壊してもらおうと考えていたのだが、今では美那子先輩に上手くいってほしいと願っている私がいた。