恋
生徒会手伝いになった次の日の放課後。
私は、お姉ちゃんとアイツを別れさせるべく行動を開始した。
昨日の帰り、お姉ちゃんにそれとなく聞いて、教えてもらったアイツの下駄箱に手紙を入れる。
それだけだけど、少しは何かが起こるでしょう。
手紙の内容は、葉月結紀と別れろ。さもなければ不幸が訪れる。といった内容だ。
手紙を入れるとき下駄箱の中には外靴がまだあったので、今日中には読まれると思う。
私はそれから生徒会室に向かった。
「失礼します」
生徒会室に入ると、入口付近で伸びている人が居た。
今日も小河原先輩が勝利したようだ。いつになったら荒野先輩が勝つのだろうか。あれだけやられてても、一度も荒野先輩が手を出している所は見たことが無い。付き合うことが出来れば荒野先輩の勝ちになるんだろうなと、勝手に考える。
「おう。毎回、失礼します何か言わなくても入って来ていいんだぞ。私だってたまにしか言わないしな」
ソファーでくつろいでいる里見先輩が私にそう言ってきた。
「で、でも私が一番下ですし」
「そうだよ。言わなくても大丈夫」
汗を拭って小河原先輩もそう言ってくれた。
……汗を掻くほどの戦いを繰り広げていたのだろうか? 荒野先輩は防御をするのが上手くなっているということかな。
「分かりました」
「今日も何もなさそうだし、結紀が来るまで遊んでよ。おいで愛理ちゃん」
入口で立っていた私を、ソファーに座った小河原先輩が呼んでくれる。私は小河原先輩の隣に座る。
「みんな揃ってるわね」
遊ぶ間もなく、私がソファー腰を掛けるとお姉ちゃんが入って来た。アイツも連れて……。
「愛理、こちらが生徒会の顧問の先生よ」
そして、もう一人居た。この人は見覚えがある。
「おっ、衣更月。生徒会入ったのか?」
うちのクラスの担任だ。
「あら? 面識ありですか」
「担任です」
「なるほど。じゃあ挨拶はいりませんね」
「そうだな。新しい子が入ったと聞いてきたが、うちのクラスの子だったとはな。なぁ衣更月」
「はぁ」
私は適当な返事を返す。
「まぁ頑張れよ」
担任はそう言って生徒会室から出て行った。
「……何か、適当な先生ですよね」
楽には楽なんだけど、先生としてあれで良いのだろうかと思ってしまう。
「そうよね。でも、あれで生徒思いな先生なのよ」
お姉ちゃんが教えてくれる。
「そうなんだ」
付き合いの短い私には分からないことなのだろう。
今日も仕事は無く、生徒会室で他愛のない話をして解散となる。
お姉ちゃんはアイツと途中まで帰るらしい。
嫌だけど、ここで文句を言っても何も始まらない。我慢だ我慢。
荒野先輩と小河原先輩は自転車通学で、私は里見先輩と帰ることとなった。
荒野先輩と小河原先輩は、挨拶をして一番に昇降口を出て行く。
あの二人、なんだかんだ言っても仲は良い。喧嘩するほどなんとやらってやつだね。
次に私と里見先輩が昇降口を出る。下駄箱の場所は三学年一緒なのだ。なので、登校時に混雑することも少なくない。
私は、お姉ちゃんにまた明日と言い、里見先輩と歩き出した。
「「…………」」
駅に向かい歩き始めたのは良いが、会話が……。
「そ、そういえば、先輩はどうして生徒会と風紀委員を掛け持ちしてるんですか?」
沈黙に耐え切れず、私は里見先輩に気になっていた事を質問した。聞くほどではないかなとも思っていたけど、良い機会だ。
こういう委員会系は生徒会の一員なら入らなくても大丈夫な気がしていたのだ。私が通っていた中学校はそうだったし。
「ん? 特に理由は無いな。生徒会の手伝いも、風紀委員も去年やっていたからその延長でやっている感じだ」
「そ、それは凄いですね」
何というか、真面目なのだろうか。一人でそんなに仕事をやったら大変だろうに。
「別に生徒会に入っていれば、他の委員会やらは入らなくても大丈夫なんだけどな。うちのクラス、やりたい人が居なかったから立候補したという訳だ」
「へ、へー……」
「生徒会に入った理由は前の生徒会メンバーに頼まれたからで、どちらも先に他の人が居れば私は居なかったことになる」
「でも、最終的には先輩がやる、やらないを決めたんですよね」
「ふむ……まぁそうだな」
人に言われてもめんどくさいと言う人が大半だと思うのに、先輩は断らなかったなんて。強制でなければ、私だったら絶対断っている。
「そうですか。私、先輩と一緒で良かったです」
だけど、先輩と出会えたのは嬉しい。先輩のクラスの立候補者が居なかったことに感謝しても良いくらいに。
「どうしてだ?」
「だって先輩、優しいじゃないですか」
風紀委員の集まりで、荒野先輩の絡みを代わりに謝ったりしてくれたりと気を使ってくれたもの。
「えっ、あっ、そ、それにしても、あいつら良いよな。青春しちゃってさ」
先輩は恥ずかしかったのか、そっぽを向いて違う話題を持ち出してきた。
「あいつらって先輩達の事ですか?」
私もそれ以上は言わず、先輩の話に乗る。
「そうそう、恋人が居たり好きな人が居たり羨ましいなぁ。ってこんな話後輩にするものじゃないな。すまん忘れてくれ」
逸らした話で墓穴を掘ったのか、照れ笑いを浮かべている。
カッコイイと思っていた里見先輩にも乙女な部分はあったのだ。
「でも、先輩カッコイイですからモテるんじゃないですか?」
優しいし、カッコイイ。これのどこにモテない要素がありましょうか。モテるに決まっておりますよ。
「モテるにはモテるのだが……主に女子に」
「えっ!?」
「驚くよな、私も最初は驚いた。現実でこんなことあるとは思わなかった。私にはその気はないというのに」
先輩も私と同じ気持ちになったことがあるかと思ったのに、どうやら違うらしい。恋愛相談に乗ってもらえるかと思ったが残念。
「魅力があるってことですよ。男子でも絶対先輩のこと好きな人いますよ」
「そ、そうか?」
「はい。むしろ先輩は好きな人は居ないんですか?」
「……居ないな。というか、好きという気持ちが良く分からない。でも恋愛はしてみたいと思ってたりする……」
「……難しいですね」
私は昔からお姉ちゃん一筋なので、先輩の気持ちはよくわからなかい。
「そうだよな……」
そうだ! 良い事思いついた。
「私が恋のキューピットになりましょうか?」
「キューピットって私と誰の?」
「先輩とお姉ちゃんの彼氏です」
「なに!?」
あれ? 分かりにくかったかな。
「えーっと、先輩とお姉ちゃんの彼氏を先輩の彼氏にするっていうのはどうですか?」
「いや、聞き直したんじゃない。本気で言っているのか?」
「勿論です。前にえっと……こ、こ」
「小春な」
「それです! 小春先輩の事見ていたじゃないですか? だから気になるのかなと思って」
先輩の表情が曇る。
聞いといてなんだが、あんな奴の事を里見先輩は好きになるのだろうか?
「き、気付かれていたか。……うまく隠せてると思ったんだがな」
ほえっ!!? 気付いていませんでしたよ! 何となくの思い付きが当たってしまったらしい。
「どうして好きになったんですか?」
私は驚きを顔に出さない様に注意して、冷静を装い聞く。
「そうだな、前に……結紀と付き合う前の話だが、先生に用事を頼まれ帰るのが遅くなったことがあって、その時、学校から駅までの帰り道で不良数人に絡まれたんだ。いきなりで怖くて、体が震えてしまい私は何もできなかった」
「先輩がですか?」
何でも優雅にこなしそうなのに。
「ああ、恥ずかしい話だがな。そして、私が動けなく恐怖に体がすくんでいると後ろから声がしたんだ。お巡りさん、こっちです。って」
なんという不良の対処方法だろうか。安全だけどカッコ良くない。
「それが、あの小春先輩だったわけですね」
「そうだ。あの時に心がキュンと締め付けられたような気がしたんだ」
いまだ!
「それが恋ってやつですよ!」
「や、やっぱりそうなのか?」
「はい。小春先輩を見るとドキドキしたりしませんか?」
先輩は考えている。
「た、たまにするな」
「やっぱり! それが好きってことなんです。私も応援しますからお姉ちゃんから奪っちゃってください!」
私は、まくし立てて喋る。
「で、でも、そういうのって良くないだろ……」
真面目な先輩だ。そう言ってくるとは思っていた。
「何言ってるんですか。学生の恋愛なんてすぐ付き合って、すぐ別れちゃうもんなんですよ」
先輩をその気にさせるために。
「そう……なのか?」
「はい。なので、大丈夫です。前、聞いた話だとお姉ちゃんも小春先輩に飽きてきたって言ってましたし」
嘘も織り交ぜて。
「そうだったのか……結紀がそんなこと言うとは思わなかった」
「昔からの仲だからつい言っちゃったのかもしれませんね。この話はお姉ちゃんにも内緒でお願いします」
「そうだな。私が知っていると言ったら、愛理しか知らないことなのだから、何で話したのと怒られちゃうものな」
「お、お姉ちゃんと家族以外で愛理と呼び捨てにされた……!」
不意の呼び捨てでつい本音を口に出してしまった。
意識していなかったが、他の先輩も居るときは平気だったのに、二人っきりのときに呼び捨てにされるとびっくりしてしまう。友達も居ない私には新鮮な出来事なのだ。
「よ、呼び捨ては嫌だったか? 司と荒野は愛理ちゃんと呼んでいるが、私はちゃんをつけるとちょっとな……恥ずかしい」
「えっ、嫌なんてありませんよ、むしろ嬉しいです。呼び捨てで構いません。それにしても恥ずかしいって……ふふ」
「わ、笑うなよ!」
照れながら里見先輩は答える。その顔は凛々しくなく、可愛らしい。
アイツにもこの顔を見せてあげればイチコロかも知れなかったのに。
「そうだ、じゃあ私の事も美那子と呼べばいい。私も呼び捨てにするんだ、愛理も呼び捨てで良いぞ」
「せ、先輩を呼び捨てはできませんよ。……み、美那子先輩と呼ばせていただきます」
下の名前を呼ぶのは少し緊張する。でも、仲良しな感じがして嫌ではなかった。
「まぁいいか。これからもよろしくな」
「はい!」
それから、駅に着き先輩と別れる。先輩と私の家は方向が逆だったため、電車のホームが違ったのだ。
途中で話が逸れてしまったが、先輩の気持ちを少し知る事が出来た。これで、新たな作戦が立てられそうだ。美那子先輩には悪いけど、私のために犠牲となってもらおう。