歓迎会
次の朝。
私は昨日と同じ時間から、待ち合わせの駅で結紀お姉ちゃんを待っている。
考えた末、私は生徒会に入ると決めた。
アイツの事は気にくわない。私の前から消え去ってほしいがそれは無理だと思い、腹を括ったのだ。
「お待たせ。今日も早いのね」
お姉ちゃんは昨日より五分も早く駅まで来てくれた。私を待たせないようにしてくれたのだろうか。その気持ちだけで十分なのに。
「全然、今来たところだよ」
私は待たせたと思わせない様に答える。
「良かったわ。待たせるのは悪いものね」
うう、嬉しすぎる!
「気にしないで。三十分に来てくれても大丈夫だよ」
「それだと愛理は凄い待つことになるじゃない。それはいけないわ」
私もお姉ちゃんを待たせたくはない。このまま行くと水掛け論になりそうだ。
「じゃあこのままでいいよ。私も来たばかりだったし」
「そうね。……まだ時間もあるし、取り敢えずそこに入りましょうか。あの混雑は嫌よね」
「そうだね」
私は我慢しようと思えばできるが、お姉ちゃんがそう言うのだから従います。
入ったお店は入学初日にお姉ちゃんとご飯を食べたファストフード店だ。
そこで飲み物だけを頼み、時間を潰すことにした。
私は昨日のお昼の約束を果たすべくスマートフォンを取り出す。
「お姉ちゃん番号教えて」
私は自分の電話番号を画面に出して、対面に座っているお姉ちゃんに見せる。
「そうだったわね、ちょっと持って」
お姉ちゃんも鞄からスマホを取り出して、操作をしている。
「えーっと、……はい登録完了。掛けるわね」
マナーモードにしていたため、私のスマホが震えた。
「来た!」
「それが私の番号ね。と言っても昔から変わってないんだけどね」
確かに見覚えがある番号だった。覚えてはいなかったけど、見たらお姉ちゃんだと分かる番号だ。どこかにメモをして電話番号とアドレスを取っておけば良かったと、どれだけ後悔したことか……。その番号が、今、私のもとに戻って来た。
「ありがと、お姉ちゃん」
「いえいえ。あと、アドレスじゃなくてチャットでいい?」
「チャット?」
なにそれ?
「メールの替わりみたいなのかな。愛理はやってないの?」
「……うん」
友達が居ない私には親からの連絡しか来ない。お父さんもお母さんもまだガラケーなのだ。だからアプリの情報も入ってこないし、自分から調べようともしていなかった。
「じゃあ、教えてあげるわ。隣に座っても良い? その方が教えやすいと思うのだけど」
「も、勿論!」
私は首を縦に振る。
「失礼するわね」
お姉ちゃんが横に……なんかいい香りがする……。
「愛理、聞いてる?」
「は、はいっ! 聞いておりませんでしたごめんなさい」
お姉ちゃんの香りに心を奪われてしまった。せっかくお姉ちゃんが手とり足とり教えてくれるというのに。
「ふふ、面白い反応ね。寝不足?」
お姉ちゃんは軽く笑いながら心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
お姉ちゃんの行動に私はどぎまぎしながらも、何とか言葉を発する。ちなみに昨日はぐっすり八時間は寝ました。
「う、ううん、ちょっと違うこと考えてて。も、もう大丈夫だから、お、おお姉ちゃんお願い」
「言葉が変になってるのだけど……」
「き、気にしないで!」
「……そう? じゃあ説明するわね。最初はここでアプリをダウンロードして――」
手とり足とりではなかったが、肩が触れ合ったりできただけで私は満足だ!
私は、しっかりお姉ちゃんに教えてもらい、チャットとやらの使い方は理解出来てきた。
このアプリに登録した人同士が話す感覚で文字を打ち、会話が出来るという優れものみたいだ。
こんなものがあるなんて時代は進んでいると実感してしまう。
……私は時代に遅れた存在だったんだね。
「あっもうこんな時間」
時計を見ると時刻は七時半。あと数分で電車が来てしまう時間だ。
教えてもらうのに集中していて私も時間を全く確認していなかった。
「急がないと!」
「そうね。走るわよ、愛理」
「うんっ」
急いでファーストフード店を出て、駅に向かい走り出した。
「か、間一髪。はぁ、はぁ、……なんとか間に合ったわね」
「そう、だね、はぁ」
出発のベルが鳴ったと同時にホームに着いた私とお姉ちゃんは、そのまま閉まりそうになった電車に飛び込んだのだ。
飛び込んだ時、閉まろうと動き出したドアが一度ドアが開いて、また閉まる。きっと駅員さんもイラッとしたことだろう。ごめんなさい。
私とお姉ちゃんは息を切らしながら電車の中で立っている。席は空いていなかったが昨日の電車より断然空いていた。早めに並んでいれば座れたかもしれない。
ブルブル
「ん?」
急いでいたため、しまわずに手で持っていたスマホが突然震える。
何だろう?
お姉ちゃん 『間に合って良かったね』
チャットだった。
お姉ちゃんを見ると笑顔を返してくれる。
キュン
可愛いなぁ。お姉ちゃんを私のものにしたい……。
『うん』
私はチャットで返事を返した。
お姉ちゃん 『使い方分かった?』
『なんとか。お姉ちゃんのおかげだよ、ありがとう』
「ふふ、どういたしまして」
今度は、言葉で返事をしてくれた。
「えへへ」
お姉ちゃんとの幸せな登校時間はこうして過ぎていった。
□□□
放課後。
「失礼します」
私はホームルームが終わってすぐに生徒会室やって来た。
「おー、おいでなさった」
まだ荒野先輩しか来ていないようだ。
「昨日はすいません。私、先輩の事嫌いじゃないですからね」
丁度良かったので、昨日の荒野先輩の事は嫌いという誤解を解いとかなければと思った。昨日はあのままうやむやに流れてしまったからね。
「へっ?」
「でも、好きでもないので勘違いはしないでください」
ここはちゃんと言っておかないと。私には心に決めたお姉ちゃんが居るんだから。
「……あい」
「ちわー、あら愛理ちゃん、こんにちは」
荒野先輩の返事の後に、小河原先輩が元気よくドアを開けて入って来た。
「こ、こんにちは」
「おー、司、付き――」
荒野先輩は何か言おうとしたが、刹那、小河原先輩が正拳突きを繰り出した。
「……ふっ、今まで通りの俺と思うなよ。何回も食らってるんだ、止められるよぷぐっ!!」
小河原先輩の正拳突きを荒野先輩は両手で掴み、防いだのは良かった。が、小河原先輩の反対の手でお腹を殴られている。
体をくの字に曲げる荒野先輩。
「い、痛そう……」
小河原先輩は、荒野先輩にダメージが入ったことで掴んだ手が緩んだのか、止められた手を動かして逆に荒野先輩を掴み、小河原先輩の方に引き寄せると、とどめとばかりに躊躇なく膝蹴りを荒野先輩に打ち込んでいた。
「ぐっ!!?」
勿論、荒野先輩は倒れ込む。
「あ、あぁぁぁ……ぁ」
唸り声が! 荒野先輩はまだ生きている!!
「せ、せんぱーい!」
「ぁいりちゃ…………」
荒野先輩の声が途絶えた!?
「ご臨終です! 小河原先輩、人工呼吸を!!」
「な、何でそんな奴にそんなことしなきゃいけないんだ!」
……あれ? あれれ?
「先輩、顔真っ赤ですよ。大丈夫ですか? 保健室とか――」
私の言葉の途中でドアが開き、お姉ちゃんと里見先輩が一緒に居た。
「それは大丈夫だ。な、結紀」
私の話が聞こえてたのか、里見先輩はそう言ってきた。
「そうね。いつもの事だから気にしないでいいわ」
お姉ちゃんも気にしていない様だ。
いつもって……二人はいつもこんな一方的な激しい戦いをしているのだろうか?
荒野先輩にご冥福を……。
女子のみで話をしていたら荒野先輩が復活してきた。
私とお姉ちゃんと先輩達はソファーでまったりとティータイムをしていたのだ。
これが落ち着くのなんの。お姉ちゃんも居て、先輩も二人とも優しい。居心地の良い空間だ。
「では、愛理、昼休みに私に教えてくれた事を発表してください」
荒野先輩も復活して正式な生徒会メンバーが揃ったため、お姉ちゃんが私に発言を求める。
「はいっ」
お姉ちゃんには、お昼休みにチャットで生徒会のお手伝いをすると言っていた。朝は言い忘れてしまったのだ。
どうしてお昼にしたかというと、アイツとの時間を邪魔してやろうという考えもあった。
そう言えば今日はアイツ居ないなぁ。居ないに越したことはないから黙っておこう。生徒会手伝いは正式メンバーではないみたいだし。
「私、生徒会のお手伝いをやります」
「「「おー!」」」
パチパチパチ
拍手をされる。
「ついにここにも後輩か。よろしく、愛理」
「里見、司、愛理ちゃんをこき使うんじゃないぞ。これからもよろしくなー」
「当たり前でしょー。わたしとも仲良くしてね」
三人の先輩に一気に言われる。
「は、はい」
私は何て返せばいいか分からず、返事しかできなかった。
ここでもう少し良い事を言えたらいいのにな……。少し落ち込む。
「挨拶はこれくらいで、生徒会の話をするわ。うちの学校二学期制なのは知ってるわよね?」
お姉ちゃんが説明をしてくれるみたいだ。気持ちを切り替えよう。
「うん」
入学する前に下調べは少ししているから、そのくらいなら分かる。パンフレットにも載っている情報だしね。
「簡単に言うと前期はのんびりできて、夏休み後半から後期の中旬くらいまで忙しくなると言ったところかしら」
「あと、卒業式も大変だぞ」
里見先輩はお姉ちゃんの言葉に補足する。
「あっ、そ、そうだったわね。……コホン、後期の中旬までと、冬休み明けが大変です」
恥ずかしそうにお姉ちゃんは言い直したのだった。
「他はにはー、目安箱という生徒からの要望を先生に通す仕事や、委員会や部活の書類確認くらいかな」
「と言っても、目安箱は生徒にあまり知られてないから実質書類だけだわ」
小河原先輩の言葉をお姉ちゃんが付け足した。
そんな適当で良いだろうか? まぁ楽なのは嬉しいが。
「そっ。だから大抵のんびりして仕事が無ければ好きな時間に帰る。それだけかな」
最後に荒野先輩が答えた。
「そうなんですか」
「おうよ、だから俺は帰りましゅっ!?」
帰ろうとソファーから立ち上がった荒野先輩の、制服の後ろ襟を隣に座って居た小河原先輩は掴み動きを封じていた。
「まだ駄目よ」
小河原先輩は影のかかった笑顔で荒野先輩を見つめている。
「そ、その笑顔怖いですよ司さん。でもそんな君も――」
首元を掴まれながらも振り返り、喋っていた荒野先輩。
「フゥッ!」
顔を微妙に赤らめた小河原先輩の攻撃が鳩尾に直撃。
「ぐはっ!」
そのまま押さえられた荒野先輩は動かない人となった……。
「これから愛理ちゃん歓迎パーティーをします!」
さっきの一件は無かったかのように、小河原先輩の一言で始まりました、このパーティー。
テーブルに並べられたスナック菓子とジュース。こんなものを常備している生徒会って……。
お姉ちゃんも含めた先輩四人と私は二つのソファーにそれぞれ座り、ジュースの入ったコップを持っている。
荒野先輩の回復は早かった。倒れてから一分も経たずに立ち上がり、他の先輩と一緒にお菓子とかを出していたのだ。
何回もやられていたおかげで打たれ強くなっているのもあると思うが、小河原先輩が手加減していたのだと思う。でなければこんな早く動けないでしょうに。
私も何かやろうとしたが、主役は座っててと言われ、この部屋の勝手も分からないので何もできずに準備が終わるのをそわそわしながら待っていた。
「愛理の仲間入りを祝って! 乾杯!!」
「「「「かんぱーい!」」」」
お姉ちゃんの音頭でジュースの入ったコップをぶつけ合う。
「ぷはー。司、歓迎会するなら言葉で言ってくれよな。首絞めるんじゃなくて」
ジュースを一気に飲んだ荒野先輩が、小河原先輩にそんな文句を言っている。
「はぁ! 絞めてなんてないじゃない。襟を掴んだだけよー」
「それで首が絞まったんだよ!」
「まぁまぁ」
荒野先輩と小河原先輩の口論をなだめる里見先輩。
「……荒野先輩と小河原先輩は付き合っているのですか?」
素朴な疑問だ。
「「へっ!?」」
私の言葉に荒野先輩と小河原先輩は顔を赤く染める。
「そ、そんな直球に言われると照れるな。そう俺達二人は付き合って――」
「無いよ!!」
荒野先輩の口をふさぎながら、小河原先輩は赤くした顔を更に染めて言葉を止めた。
「んーんー」
「変なこと喋るな」
「あいてっ」
口を押さえていた手で、軽く荒野先輩の頭を叩いている。
「二人はいつもこうなんだよ。そのうち元の鞘に収まるだろ。なぁ結紀」
「そうね。あの二人、一度付き合ってたんだけど別れちゃったのよ。荒野君の軽口のせいでね」
……なるほど。きっと、誰とでも同じ様に話してしまうのだろう、彼女でさえも。そんな気がする。小河原先輩はその事に大切にされてないと感じてしまって、別れたのかもしれない。
チャラい男と言われてもしょうがない。せめて彼女には普段見せない一面を見せてもいいのに。私だってお姉ちゃんに甘えられたりしたいもの。普段のお姉ちゃんは、まだそんな隙を見せてくれないけど。
という訳で、荒野先輩は良くも悪くも裏表がないのかもしれない。
「そこ三人! 変な目でこっちを見ないで!!」
小河原先輩は、まだ顔を赤く染めていた。
そんな先輩を可愛く思えても仕方がないと思います。
「小河原先輩、可愛いです」
私は正直にその気持ちを吐露した。
「なっ!?」
「違うぞ愛理ちゃん。司はいつでも可愛いのだよ」
荒野先輩が放った言葉に小河原先輩は首までも赤くしている。
「ば、バカー!!」
耐えきれなかったのか、照れ隠しなのか荒野先輩に飛び蹴りをしている。
「ちょ、グファっ!!!」
綺麗なモーションで放たれた飛び蹴りは、今日一番の飛ばし様だった。
荒野先輩が飲み物が入ったコップを持っていなかったことは不幸中の幸いだ。
楽しい時間はあっという間で、もう最終下校時刻に近い時刻になっていた。
「そろそろお開きね」
お姉ちゃんが時間を確認して言う。
「そうね……あっ、改めて、わたしは生徒会会計の小河原司ね。よろしくね愛理ちゃん」
そういえば、名前は聞いていたがお姉ちゃんが会長、小河原先輩が会計という事以外、私は何も知らない。
「はい。こちらこそよろしくお願いします!」
今度はしっかり答える事が出来た。満足。
「役職は言ってなかったな。私は里見美那子だ。生徒会書記をやっている」
幸巳先輩がそう言いだした。
書記が出たということは、もしかして……。
「俺は生徒会副会長の荒野光也だ! どうだ! 驚いたか?」
「…………」
驚いたには驚いたが、そんなドヤ顔で言われても……。
「驚いて声も出なかったか」
「荒野君はほっておいて、私は知っているかもだけど葉月結紀です。生徒会会長だわ」
お姉ちゃんも荒野先輩の扱いは雑だったことに、私は今さら気付いた。
自己紹介が終わった四人の先輩は私の方を見つめる。
「あっ! わ、私は今日から生徒会のお手伝いとしてメンバーに入らせていただく衣更月愛理です。よろしくお願いします」
私は頭を下げる。
すると、先輩達から暖かな返事が返って来たのだった。