届く
夏休みももうお終わりの八月三十一日。明日から学校が始まる。
「明日から学校だよぉ~」
『愛理は嫌なの?』
「結紀お姉ちゃんと毎日会えるのは嬉しいけど、勉強イヤー」
『ふふ、前に昔の私とは違うとか何とか言ってなかったっけ?」
「ぶー、お姉ちゃんのイジワルー」
『今度は私が勉強教えてあげるから一緒にやりましょ』
「うんっ!」
『じゃあ明日、前と同じ時間に駅でね』
「はーい。また明日」
おやすみなさいと通話は切れる。
私はベッドで横になりながらお姉ちゃんと電話をしていた。
夏休みの最初は色々あったが、それからはほぼ毎日お姉ちゃんと一緒に過ごすことが出来た。
そしてついに恋人らしい関係にまでなれたのだ。と言っても親友以上恋人未満くらいの関係かな。
そこまで行くには紆余曲折……とまでは行かないが、二人でお出掛けしたり、またお泊りしたりと充実した日々の中、親睦を深めたわけですよ。
夏休み後半には、お姉ちゃんと一緒に生徒会のお手伝いにも行った。
そこで久しぶりに会った荒野先輩と小河原先輩。聞くと、二人はしっかり恋人同士になっていた。
荒野先輩がのろけ話をしようとすると、いつものように小河原先輩の攻撃が荒野先輩にクリーンヒットする。恋人同士になっても変わらない風景だった。
荒野先輩がこっそり私に話しかけてきて、「二人っきりの時は、司は俺に甘えてくるんだぜ! それがもう凄く可愛くてぬぁぁぁぁ!? い、いたいっ! 耳が、耳がちぎれるるるぅぅぅぅぅッ!」と、小河原先輩が顔を赤に染めて、荒野先輩の軽口をふさぐため耳を引っ張るという事があった。
私に教えようとしたのがバレて痛い目に合う荒野先輩。それでも幸せそうな顔をしていた。……そうだ、荒野先輩はMだったんだ。
あと、お姉ちゃんと美那子先輩。二人の関係は良好のようだ。
私は気になったので、事前にチャットで美那子先輩にお姉ちゃんの事を嫌っているのかを不躾にも聞いたのだが、「その件は結紀と話し合ってもう大丈夫だから気にするな」ときた。それでも不安はあったのだが笑いながら会話をしている二人を見ると本当に大丈夫だったのだと感心する。
この手伝いにアイツの姿は見えなかった。
流石にあの後のことで少しは気になったが、自分から美那子先輩に聞く勇気も出ずにいたら、美那子先輩の方から、「私は草間と付き合う事になった。愛理のおかげだ。……結紀には悪い事をしたと思ってはいるが、愛理が居てくれれば結紀は大丈夫と言ってくれた。強がりで言っているのかもしれない。私がこんなことを言うのはおこがましいと思うが、結紀の事を頼む。私に出来る事があれば手伝うからな。ありがとう、愛理」と言ってくれた。
美那子先輩が負い目を感じることはないのに。私が提案しなければこんなことにはならなかったのだから。お姉ちゃんとアイツは自然と別れて、美那子先輩と付き合うという未来もあったかもしれない。それを私は無理やり壊しているのだから。
今、生徒会メンバーはみんな幸せな気持ちがあふれているのかな? それなら私がやった事は、悪い事かもしれないが、良かったと思った。
□□□
「おはようお姉ちゃん」
「あら、早いわね……じゃなくてどうしてうちの前に!?」
九月一日。朝、私は駅ではなくお姉ちゃんの家の前で待っていた。
「お姉ちゃんに早く会いたかったからさ」
「言ってくれればすぐ出て来たのに」
「待つ時間も好きだからいいの」
「そう? じゃあ行きましょう」
お姉ちゃんから私に向けて細く、すらっとした手を向けてきた。
私はその手を握り返す。よくある恋人つなぎという形で。
「えへへ」
柔らかく握り心地の良いお姉ちゃんの手を繋ぎながら私達は学校へと向かう。
「あれ?」
学校に着き、下駄箱を開けると一通の便箋が入っていた。
「どうしたのー?」
お姉ちゃんは上履きに履き替えて私の所にくる。
「こんなの入ってた……」
取り出した便箋には、『衣更月愛理さんへ 飯辺より』と書かれていた。
飯辺? 誰だろう。
「もしかして不幸の手紙!?」
お姉ちゃんは驚きながら便箋をまじまじと見ている。
もしかして私がアイツの下駄箱に手紙を入れていたことで、下駄箱に手紙が入っていることに敏感になってしまったのかな……。
「……たぶんラブレターだと思うよ?」
一般的回答を述べる。下駄箱に入っているとしたらラブレターしかないだろう。脅迫文を入れていた私が特殊なケースなのだから。これに差出人の名がなければ私も疑ったかもしれないが。
「そ、そうよね! 不幸の手紙なんて今更はやらないわよねっ」
安堵した様子で、「良かったぁ」とお姉ちゃんは呟いていた。
私の身を案じてくれたのだろうか。心と体が踊りだしそうだ。
そんな気持ちを持ちながら便箋を開ける。
「なになに、『いきなりこんな手紙をすいません。僕は前から衣更月さんの事が好きでした。いや、好きだったことに気付きました。夏休みの間あなたを思ってしまっていたのです。気持ちを伝えたいので放課後中庭に来てくれませんか? よろしくお願いします。 飯辺則安』」
「……これどうするの?」
心配した面持ちでお姉ちゃんは聞いてくる。
飯辺則安? 誰だ。全く分からんぞ。
「う~ん……折角だし取り敢えず会ってみるよ」
「えっ!? でもその飯辺……君? どんな人か知ってるの?」
「ううん。全く知らない」
「じぁ、じゃあ行かなくても良いんじゃない?」
お姉ちゃんは焦った様子である。
…………!!
もしかして。
「お姉ちゃんは私に妬いてくれてるの?」
「そ、そんなことないじゃない!? 愛理に彼氏が出来ようと……わ、わわ私は――」
最初の言っていることが変な気が……動揺しているのかな。
「ありがとうお姉ちゃん」
私はぴょんとお姉ちゃんの腕に抱き付いた。
「お二人さん朝からアツいねぇ」
「ほんとねー」
下駄箱で登校してきたバカップルと鉢合わせする。この二人の方がアツアツだと思うのは私だけでしょうか。
「そこの愛理君! 変なこと考えない!」
荒野先輩から私の脳内にツッコミが!
お姉ちゃんから離れ、荒野先輩の相手をしてあげる事にした。
「ど、どうしてそれを……!」
「フ、フ、フ、私に読めないことなどない! 例えば! 司は今の俺を見てカッコイイと思ってくれているはず………………あれ?」
きっと小河原先輩に突っ込まれると思っていたのだろう。
荒野先輩の横に居たその先輩は、とっくにお姉ちゃんと歩いて行ってしまっていた。
周りの生徒から変な目で見られる荒野先輩。
ん? これって私もその仲間に入ってしまっているのか!?
「……待ってお姉ちゃーん」
私は荒野先輩を見捨てることにした。
「ちょ、置いてかないでー!」
後ろから寂しそうな声が聞こえるのも無視をする。
□□□
放課後になる。
夏休み明け初めての学校は、始業式とホームルームだけなのでお昼で授業は終わる。
今日は、ホームルーム中にお姉ちゃんの方からチャットがよく来た。
普段は私から送っているので何か新鮮だ。
話題は勿論朝の手紙のことだ。
お姉ちゃんからは『本当に行くの?』『良いじゃない、行かなくても』『一緒に帰ろ』などのメッセージが送られてきていた。私はそれに曖昧な返事を返している。
この手紙は、私の人生初めて貰ったラブレターだ。そう考えると無下にできないのかなとも思ってしまっていた。
という訳で私は中庭に行くことにした。
帰る準備万端の状態で教室を出る。
結局、飯辺則安って誰だったんだろう。
顔も分からない手紙の主に会うために中庭に着いたのはいいが、まだ誰も居なかった。
「……少し待つか」
近くのベンチに腰を下ろし待つ。
「あ、あのっ、遅れてすいません」
待つこと数分で私に声をかけてくる人が。
この人が飯辺則安……。
スマホに落としていた顔を上げると、見たことあるような顔が私の前に立ってた。
髪型はワックスで上げているのかツンツンになっている。身長はあまり高くなく、顔もお世辞にもカッコイイとは言えなかった。中の下といったところだろうか。眉毛とかをしっかり整えれば中の上にはなるかもしれない。
そしてこの人を私は見たことがあると確信した、私のクラスで。委員会も一緒だ。
この人、飯辺って言うんだ。
風紀委員の集まりがあるとき一緒に行っていた人だ。
今更、同じ委員会の人の名前を知ったのだ。
……いつの間に髪にワックスを付け始めたんだろう。前はもっと変な髪型だったから、今の方が良いと思うけど。
「て、手紙呼んでくくれました?」
「うん」
読なければここに居ないよ。
と、心の中でツッコミを入れる。
「あ、えと、ま、前から好きでしゅた!?」
私は、自分で噛んだことに驚いてしまっている飯辺君に愛想笑いを浮かべる。
「ま、前から好きでした。良かったら僕と付き合ってください」
言い直した飯辺君は、ベンチに座っている私に頭を下げてきた。
私の答えはもう決まっていた。
飯辺君だからではない。手紙を貰ったときから、いや貰う前から決まっている。
「……ごめんなさい。手紙は嬉しかったけど、私もう好きな人がいるんです」
ベンチから立ち上がり私はそう答えた。
「……そう……ですか。分かった、ありがとう僕のために時間を割いてくれて」
目をウルッとしながら飯辺君は言う。
この人は良い人だ。そう感じた。
「じゃあまた明日」
「うん……」
早足で飯辺君は校舎に向かって行った。
私はベンチに座りふぅと一息。
きっと私より良い人が見つかるよ。
心の中で、彼の後ろ姿に語りかけた。
彼が校舎に入るのを見届けると、校舎の中に入る飯辺君とすれ違いざまに校舎から出てくる人影が。
その人は一直線で私の方へ走ってくる。
「愛理ー!」
むぎゅっ
お姉ちゃんの胸に私の顔面が挟まれた。
「モガ!? フガッ」
「愛理っ」
ぎゅっ、ぎゅっ、と私を両手で抱きしめてくるお姉ちゃんの背中をタップする。
い、息が……。
「フグーっ!」
「あっ、ごめんなさい……」
お姉ちゃんの胸で圧迫され、窒息しそうだったのに気付いてくれたお姉ちゃんは、私から体を離し隣に座った。
「ど、どうしたの?」
いきなりの荒れようで、私はお姉ちゃんの思考がついていけなかったので直接聞く。
「あ、愛理が彼氏作ったら私が一人になって……寂しいから……最後にと思って…………」
俯きながら小声で話すお姉ちゃんに胸がキュンとなる。
「前にも言ったじゃん、私はお姉ちゃんとずっと一緒だって」
「で、でも……」
お姉ちゃんの肩に頭をもたれさせ手を握る。
「大丈夫、彼の告白は断ったから。私がお姉ちゃんの前から居なくなるわけないでしょ」
「……ほんと?」
「うん」
「じ、じゃあ! わ、私とつ、つつつ」
「つ?」
横を見ると、顔を真っ赤に染めたお姉ちゃんが真剣な顔をしていた。
「つ、付き合ってほしい」
最後まで出た言葉に、私の頭は真っ白になった。
「……どこに……?」
何も考えれず、浮かんだことを口にしてしまう。
「あ、か、買い物とかじゃなくて……」
ごにょごにょと最後の方が聞き取れない。
「ん?」
「こ、恋人的な意味で……」
ちらっと私に顔を向けたお姉ちゃんは、恥ずかしさのあまりか反対方向を向いてしまった。
その言葉に、いつの間にかお姉ちゃんに恋愛対象にされていたことに驚き、私の頭は処理限界を超えた。
ボンッと音が鳴っても良いくらいの速さで顔が熱くなる。
お、お姉ちゃんに告白された!? 今のほんと!? ぼ、ぼぼボイスレコーダァァー!!
「あ、あの……返事……は?」
頭の中で変な事を叫んでいるとお姉ちゃんの声で現実に戻される。
「――は、はい。喜んで!!」
「本当!」
「うん」
今度は私が恥ずかしくなる番だった。
「ありがとう、愛理大好きよ」
首元に抱き付いてきたお姉ちゃんは、私の耳元で囁く。
「んん―――――っ!!」
お姉ちゃんの行動に驚くも私は何とか正気を保つ。
囁かれた言葉で、くすぐったくも温かい気持ちになる。お姉ちゃんに包まれた私の体に安心感を与えてくれた。
私達はそのままの恰好で、周りの視線も目に入らず、一分程抱き合った後に体を離す。
「ふふ、愛理。良かったらご飯を食べて帰らない?」
まぶしい笑顔が私一人に向けられていた。
私が求めていたもの。それが手に入ったのだ。
これからはそれを守って行きたい。いつまでも。
「うんっ。あっ、私が作ってあげようか?」
手を取り合ってベンチから立ち上がり、
「えっ、いいの?」
私達は同時に歩き出す。
「勿論。お姉ちゃんは何食べたい? 材料買って帰ろ」
お互いに顔を向けながら、
「そうねー、愛理が作ってくれたのなら何でもいいわ」
私は、お姉ちゃんの笑顔を幸せに見つめながら、
「それって一番難しい注文だよ!? でも、お姉ちゃんを満足させてあげるけどねっ!」
今日、この時、この瞬間を心に刻みつけた。
次で最終回になります!




