仲直り
次の日。
結紀お姉ちゃんに電話を掛ける。
文字を送るより言葉の方が気持ちを伝えられると思ったからだ。
「……もしもし、愛理だけど……」
『何? 関わらないでって言ったでしょ』
そんな事を言うが、お姉ちゃんはちゃんと電話に出てくれた。
「あ、あのね、お姉ちゃんに謝りたくて……明日、私の家に来てくれないかな?」
『なんで私が行かなくてはいけないの? 謝るなら貴女が来るのが道理でしょ』
「そ、それはね、お姉ちゃんに見せたいものがあって……持って行けないから……」
『……そう。でも、私に謝るより先に謝らなきゃいけない人が居るんじゃないの?』
アイツの事だろうか? アイツは今はどうでもいい。でもお姉ちゃんを怒らせないようにしなくては。
「こ、小春先輩には謝る……、その前にお姉ちゃんと仲直りがしたいの! 昔みたいに遊びたいの!!」
勿論、アイツに謝る気は毛頭ない。
『………………』
長い沈黙が訪れる。
断られたらどうしよう。頭の中はその事でいっぱいだ。
『……分かったわ。そこまで言うのでしたら行ってあげます。で、何時頃行けばいいの?』
沈黙の後、お姉ちゃんはそう言ってくれた。
や、やったー! お姉ちゃんが来てくれる!
「時間は十時頃でいいかな!?」
『了解。そのくらいに行くわね』
「ありがとうお姉ちゃん!!」
『はいはい。じゃあまた明日』
「うんっ!」
電話はそこで終わった。
そうだ、ケーキも買ってこようかな。お姉ちゃんとの仲直りに甘いものでも一緒に食べて……うふふ。
翌日。
『ピンポーン』
十時丁度に家のチャイムが鳴る。
お姉ちゃんかな? 時間ぴったり、流石だ。
「はーい」
玄関ドアを開けると、予想通りお姉ちゃんが居た。
「き、来てあげたわよ」
お姉ちゃんは私を見るや否や腕を組んで、ツンっと少し顔を逸らした。
Vネックの白と薄緑色が交互に入ったボーダーの半袖に、真っ白で膝が見え隠れしている丈のプリーツスカートという服装で、片手に小さめのトートバッグを持っている。
「ありがとう! 入って。今私しかいないから」
……お姉ちゃんは何を着ても似合ってるなぁ。
そんなことを考えながらお姉ちゃんをうちに招き入れた。
「お邪魔します」
リビングにご案内。
「座ってて、お菓子とお茶もってくるから」
「うん。……それにしても久し振りね愛理の家に来るのは」
「中学生以来だと思うよ」
ケーキと紅茶の乗ったトレーを台所から持って来てテーブルに置く。ケーキはイチゴの乗ったショートケーキ。王道だろうとこれが一番美味しいと私は思っている。
「これが見せたかったもの?」
お姉ちゃんの方のケーキには、ごめんなさいと書かれたチョコレートのプレートが刺さっている。それのことを言ったのだろうか。
「違うよ。これも見せたかったけど、これは電話してから思い付いたんだよ」
「そうなの……じゃあ見せたかったものって?」
「私の部屋にあるの。食べたら行こう?」
「そうね。美味しそうなケーキと紅茶があるんだものね」
「うん。……お姉ちゃんこの前はごめんなさい」
私は頭を下げた。
「愛理、悪いことしたという自覚はあるのね?」
「……うん」
嫌な思いをさせてしまったお姉ちゃんに対してなら。アイツに向けるそんな感情はない。
「そう、なら許すわ。今度草間君にも謝るのよ」
それはない。
が、お姉ちゃんに許してもらうことはできた。
「ありがとう! そうそうお姉ちゃん、このケーキ美味しいんだよ。私が食べた中で一番のお気に入りなんだ」
お姉ちゃんの後半の言葉には肯定せず、話を変える。もうその話は終わったことにして。
「へー、いただくわね」
お姉ちゃんは一口食べる。
「どう?」
「本当! 美味しいわ。どこに売っているの?」
気に入ってもらえたみたいだ。良かったぁ~。このお店、少し値が張るんだけどお金を出したかいはあった。
「分かりにくい場所なんだけど、駅近くの――」
その後、三十分くらいお姉ちゃんとのティータイムを楽しむ。
上手くに誘導できたらしい。あれ以降その手の話題は出て来なかった。
ケーキと紅茶のおかわりが無くなった頃に、お姉ちゃんは思い出した様に私に話しかけてくる。
「そういえば見せたいものって何だったの?」
そうだった! 楽しい時間を過ごしていたせいで忘れていた。
「忘れてた! あ、あはは……。片付けるからちょっと待ってて」
デーブルの上のお皿やコップを台所に運ぶ。
「手伝おうか?」
お姉ちゃんがそんなことを言ってくれるが、このくらいはすぐ終わる。なんせ運ぶだけで、洗うのは後にやるつもりなのだから。
「大丈夫。……ほら、もう終わったから」
「そう」
「こっちだよ、来て」
私はお姉ちゃんを連れて、自分の部屋へと行くため階段を上る。
「愛理の部屋か、懐かしいわね」
「昔、おままごととかよくやったよね」
「ふふ、そうだったわね」
部屋の前に着いた。
「さぁ、お姉ちゃん入ってみて」
「何があるのかしら?」
お姉ちゃんは微笑みを浮かべながら部屋のドアを開けた。
「えっ!?」
ドアを開けたお姉ちゃんはその場で固まり、声を上げている。
私はその隙にあらかじめ台所に置いておき、さっき自分の懐に入れた護身用のスタンガンを、お姉ちゃんの背中に当て電源を入れた。
「――ギャァァ!?」
鋭い悲鳴と、スタンガンのバチバチっという音が響きお姉ちゃんはその場に崩れ落ちる。
このスタンガンは去年の誕生日にお父さんから貰い、自分の身は自分で守りなさいと言われたが、使わないと思ってしまい込んでいた物だ。昨日ベッドから落ちた時に勉強机の下、椅子をしまう所の奥の棚に置いてある箱を見つけて、この作戦を思い付いたという訳だ。
こんな物をプレゼントしてくれるなんて、変わった父親だと私でも思うときがある。
でも、ありがとうお父さん。こんな場面で使うとは想像もしていなかったけど。
「ぁ……な……なにぅ……?」
お姉ちゃんはしびれて呂律が回らないようだ。
「ごめんね、お姉ちゃん」
私はお姉ちゃんに一昨日買ったアイマスクをつける。
「あぁ……ぁぁ」
私の部屋にお姉ちゃんを引きずり入れた。
「愛理! どういうことよ! 早くこれを取りなさい!!」
数分でお姉ちゃんはしびれから回復したようだ。しかし、数分もあれば十分だった。
お姉ちゃんはガチャガチャと音をたてながら私のベッドの上で動いている。
部屋に入れたお姉ちゃんを、私はベッドの上まで運び、手と足におもちゃとして売っている手錠をつけていたのだ。動きを封じるために。
私は四つん這いになり、お姉ちゃんに覆いかぶさった。
「お姉ちゃんが悪いんだよ? アイツに謝れなんて言うから。私はお姉ちゃんが居ればそれでいいのに」
アイマスクを取りながら私は言った。
「こんな事していいと思ってるの? 警察が来るわよ!」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんの親には許可貰ったから」
「えっ!?」
「お姉ちゃんがしびれている間にスマホ借りてメールしといたよ。友達の家に泊まるから数日帰れないって」
私はお姉ちゃんのポケットに入っていたスマホを勝手に使わせてもらったのだ。
「そ、そんなことお母さんは許可しないわ!」
「返事はね、『あら? 彼氏のおうち? 青春ねー。数日とは言わず夏休み中でもいいのよ。楽しんできなさい。』とのことだよ。やっぱり良いお母さんだね」
お姉ちゃんのお母さんとは何回も会っている。お姉ちゃんが高校に入ってからは会っていないが、私も良くしてもらっていたのだ。
「そ、そんな……」
「あと、その彼氏とは別れといたから」
「っ!!?」
お姉ちゃんは目を見開き、声も全然出さずに驚いている。
そんな顔も絵になるなんて……。色々な表情が見れて幸せを感じながら説明をする。
「チャットで、『もうあなたの事は嫌いです。別れましよう。』って書いておいたよ。そしたら電話とかが引っ切り無しに来るから着信拒否をしてアイツのデータも全て消しておいたんだ。これでもう大丈夫っ」
「……愛理、貴女は私に何かしてほしいの?」
「要求? そうだねー……、私の近くに居てくれれば何もいらないんだけど、強いて言えばお姉ちゃんの愛かな」
「そう……、じゃあこれからも一緒に居てあげるから拘束をほどいて」
「駄目。お姉ちゃんは当分私と一緒に暮らすの。去年一年間分の思い出を作ろうね」
私はお姉ちゃんに体を預けて、首元に腕を回し耳元でささやいた。
「……うぅ」
「お姉ちゃん?」
体を起こしてお姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんは涙を流している。
どうして!? 私が重かった?
「ご、ごめんお姉ちゃん。重かったよね? すぐにどくから」
私はベッドを降りて、横になっているお姉ちゃんの方を向く。
涙で綺麗な顔がぐしゃぐしゃだ。
「大丈夫?」
「…………」
反応がない。ただ、涙を流しているのみだ。
「お姉ちゃんは私が守るよ。だから泣かないで、大丈夫だから」
お姉ちゃんの頭を撫でながら、自分で言った言葉を心に誓う。
「お姉ちゃん、少し待っててね。すぐ戻ってくるから」
やる事はまだ残っていたのだ。
「おまたせー。お、お姉ちゃん! 大丈夫!?」
リビングに置いてあった鞄と、玄関の靴を取りに行っていたらお姉ちゃんがベッドの下に落ちていた。
「な、何なのよこの部屋は」
顔だけを私に向けて話して来る。
そんなお姉ちゃんをベッドの上に戻しながら私は話す。
「説明がまだだったね。この部屋をお姉ちゃんに見せたかったんだ。凄いでしょ?」
作戦を思い付いた時、私がどれだけお姉ちゃんを好いているか知ってもらいたかった。だから、この部屋を見せたいとも思ったのだ。
私の部屋の壁にはお姉ちゃんの写真がいたるところに貼ってある。天井以外どこを見てもお姉ちゃんが居る。今は、この部屋の中に本物のお姉ちゃんも居るのだ、こんな幸せは他にない。
お姉ちゃんも私の部屋に入ったとき、これを見て足を止めたんだと思う。良い意味でか、悪い意味でかは詮索しないけどね。
「く、狂ってるわ」
「んー? そうかも。私はお姉ちゃんに狂わされちゃったのかもね」
「ひっ!?」
笑顔で答えたのに何で脅えたんだろう?
「お姉ちゃん、なんでも言ってね。私がやってあげるから」
「こ、これを外してほしいわ」
「それ以外」
「……トイレに行きたいわ」
トイレの事は考えていなかった。そうだよね、お姉ちゃんもトイレくらい行きたくなるよね。
んー。でも、この部屋から出せないし…………あっ! おむつがあるじゃん。買って来よう。
「お姉ちゃん少し我慢できる?」
「えっ……うん」
「ちょっと待っててね」
私は財布を片手に、すぐさまおむつを買いに家から飛び出した。
「はぁはぁ。お姉ちゃん大丈夫かな?」
私は急いで買い物から戻って来た。
「うぬ?」
焦っているせいか家の鍵がなかなか開けられない。
ガチャガチャ、ガチャン
開いた!
「ただいまー!!」
急いで二階へ。
と思ったら階段でお姉ちゃんが倒れている。
「お姉ちゃん!?」
「あっ!」
しまったという顔をしている。もしかして漏らしてしまったのだろうか。
「大丈夫? 漏らしちゃった?」
首を横に振っているから違うみたいだ。
「我慢できる?」
首をまた横に振る。しょうがないなぁ。
「今回だけだよ」
私はトイレまでお姉ちゃんをお姫様抱っこしてあげる。
「私重いわよ!? 足の錠外してくれたら自分で行くから」
「だ、だい……じょー、ぶ。私、これでもきた、えて、いたから」
勉強ばかりやっていた去年。気分転換にちょくちょく筋トレをやっていたのだ。肉体維持という意味合いもあったが。
ゆっくりと一歩一歩、歩いて行く。お姉ちゃんを落とさない様に。
「……到着! 私が拭いてあげるから出たら呼んで」
「だ、大丈夫よ。そのくらい手錠がついていたってできるわ」
「そう? あっ! 窓から助けは呼ばないでね?」
うちのトイレは窓がついている。人は通れる程は開かないが、声を出されたら人が来てしまうかもしれない。
「わ、分かった」
「うん」
トイレを開けてお姉ちゃんを入れてあげる。
そのままトイレのドアを完全には閉めず、私の足をドアの間に入れて少し開けた状態にする。中は勿論見えていない。
「あ、愛理、鍵がかけられないのだけど……」
「見ないから安心して」
「……そう」
戻るときは、階段のみお姉ちゃんをお姫様抱っこで運んで行く。足に手錠があっても少しずつは進めるということに気付いたのだ。
部屋に入りお姉ちゃんをベッドに寝かせる。
お姉ちゃんに、寝た状態で手から足まで一直線上になってもらう。そして、手錠で固定された両手の下、両腕の間に一階でお姉ちゃんがよたよた歩いているときに取ってきた紐を通す。それをベッドの下にも通して、反対側の紐の端と解けない様に固く結べば完成だ。
ベッドの下には収納スペースがあるから下を通すのは少し大変だったけど、やり遂げましたよ!
「な、なにこれ?」
「お姉ちゃんがベッドから落ちない様に腕を動かせる範囲を減らしたんだよ?」
「か、顔とかが痒くなったらどうするのよ」
お姉ちゃんは腕を顔に近づけ様としているが、結んだ紐がそれを阻害する。
「ん? 私が掻いてあげる。遠慮しないで言ってね」
「…………」
お姉ちゃんは何かを言おうと口を開いたが、何も言わずに閉じてしまった。
「そうだ、これ買ってきたからつけてあげるね」
「それって……」
「おむつだよ。ちゃんとおしり拭きも買ってきてるから安心だよ」
私はおむつを片手にお姉ちゃんに近づいた。
「い、イヤ! 来ないで!!」
私から遠ざかろうとしているが、ベッドのそっち側は壁であり、動きを止められている。
「そんなこと言わないでよ、これもお姉ちゃんのためなんだから」
それでもお姉ちゃんは遠ざかろうと壁にぶつかっている。
「もうトイレ行かないから! ずっと我慢するから!!」
「そんなことできないよ。さぁお姉ちゃん暴れないで」
逃げられないと悟ったのか、足にも手錠が付いているため両足を同時に動かし暴れるお姉ちゃん。
私はその足を上から抑え込む。スカートだから着替えはさせやすそうだ。
「イヤァァーーー!!!」
お姉ちゃんのスカートの中に手を入れると、絶叫が部屋に響き渡った。
し、私服を考えるのは難しいです……。苦手……で……す……。




