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気象予報士 【第3.5部】  作者: 235
二家のお姫様たち
29/65

サンスパングルの白銀姫 5

「あらま、随分と上機嫌だこと」

 空が傾きかけた頃、左手に箱を抱えて、男子禁制の部屋の扉をノックする。それを開けたのは、姉のヴィオラン。ラフな服装のままなので、彼女の準備は一番後という事なのだろう。

 奥の部屋から賑やかな話し声がする。響くのはコーディアの声だったけれど。

「まぁね。アルジェにこれを着させて。私からっていうのは内緒で」

「一足遅いんじゃないの? 彼女には叔父様から届いているわよ」

 にやりと歪んだ笑みを浮かべて、意地悪く姉がそう言った。

「は!? 聞いてないですよ!」

「ふーん。でもね、叔父様、緋天ちゃんにも贈ってるし、可愛い娘達にあげたいんでしょ」

「緋天ちゃんのは知ってますけど・・・叔父さんめ、騙したな」

 少し前に、オーキッドが嬉しそうに緋天のドレスについて説明していたが。まさか、その影でアルジェにも同じように作っているとは思わなかった。きっと今頃、ほくそ笑んでいるに違いない。

「ま、これは渡しとくわ。あの子がどっち選んでも文句は言わないようにね」

 くす、と笑って、素早く箱を取り上げて。

 ばたん、とあっという間に目の前で扉が閉められた。何となく、腑に落ちないのは確かだけれど。姉はきっと、彼女に両方を着させてみる事はしてくれるだろう、と後を任せる。自分の選んだドレスを着てくれるのが一番だが、それを無理強いして機嫌を悪くさせるのは避けたい。

 けれど、自信はあった。叔父の贈ったものを凌駕する、自信。

 アルジェがにこりと微笑むのを夢想して。

 自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

「緋天ちゃん、大丈夫よ、変じゃないから。アイリス、飾りはそこの使ってね」

「う~」

「かしこまりました、ヴィオラン様」

 真珠色のドレスに着替えた緋天の髪を、メイドの一人がカールさせていた。それを気にしてそわそわする緋天を、部屋に戻ってきたヴィオランが優しくなだめる。

 心細そうな、唸り声めいた音を出す彼女と、嬉しそうに頷くアイリスと呼ばれたメイド。使命感に燃えている戦士のようにも見えた。

「さて。こっちのお姫様には選択権が出てきたわ。開けてみて」

「え、でも・・・」

「いいから。どっちか好きな方を選んで着てね」

 ここを出る時にはなかった大きな箱を、彼女が差し出して。きれいにラッピングされたそれを、言われるままに開ける。銀色のリボンをといて、薄水色の紙をはがして、こげ茶色の箱を。

「あ・・・」

「あら、いいじゃない」

「素敵。きっとアルジェ様にお似合いだわ」

「わーっ、きれいな色! アルジェさんの目の色だね」

「え~、あたしも見たい・・・」

「ほほ、緋天様、動かないで下さいませね?」

「むぅ」


 箱に収まっていたのは、光沢のある水色のシルクドレス。右腰から裾に向かって斜めに銀糸で花の刺繍と。膝上まで入れられたスリットが、かなり大人仕様になってはいたが、性的な匂いは感じさせないような上品な作りだった。

 口々に感想を述べた、三姉妹と、それから実際に箱を覗き込めない緋天の声。

「きれい・・・」

「気に入ったみたいね。こっちにしちゃう?」

 

 指先に触れる生地。背中の方にも刺繍があるのだろうか、と夢見心地でドレスを反転させる。

 そこで、手が止まった。

 

「・・・いいえ。とても素敵なのですが、これは私には着ることができません」

「え!? なんで!? こっちのがセクシーだよ?」

 ベッドの上に座ったコーディアが驚愕の表情を浮かべてそう言う。横でドレスを広げるのを手伝ってくれたヘリオドールも、同じように自分を見ていた。

「・・・・・・っ」

 目の前にうっすらと膜が張る。腕から力が抜けて、ドレスを箱の中に戻した。

 アクセサリーが入っていると思われる、ベルベットの箱が手の甲に触れた。

「もしかして・・・ベリルからの贈り物、って分かっちゃった?」

 小さな沈黙を破って、ヴィオランが呟いて。

 シルバーの華奢なサンダル、ドレスと共布のバッグまで。全部揃えられたそれを見て、溜息が落ちた。これをベリルは選んでくれたのだ、自分の為に。

 ヴィオランが言い出さなくても、それは何となく分かっていた。第一、パーティーの為に自分に贈り物をする人間など、オーキッド以外には思い当たるのは彼しかいない。

 

「違うんです。このデザインは、・・・着れないんです」

 

 せっかく楽しい空気だった部屋を、自分のせいで台無しにするのだけは避けたかった。

 何とか彼女達を嫌な気分にさせずに、うまく説明したかった。ただ、事実を口にするのだけはどうしてもできなくて、曖昧な言葉で濁す。

 

「え・・・? だって、アルジェさん、スリムだし、絶対着れるよ?」

「コーディアちゃん、違うわ、そういう意味じゃないわ。ごめんなさい、嫌な事だったら、無理に仰らないで下さいな」

 

 俯いた自分に、ヘリオドールの柔らかい声がかかる。

 オーキッドの贈ってくれたドレスには、何の問題もない。彼は知っているからこそ、ちゃんとデザインを考えて、自分が着られるものを贈ってくれたのだ。

「ねぇ、でもさ、こっちは使えるわよ。ほら、叔父様はドレスしかプレゼントしてないじゃない? もしかして、あの子が一式揃えるのを見越していたのかしら」

 場をとりなす様な明るい声のヴィオランに促され、ベルベットの箱を開けた。

 銀で縁取りのされたピアス。ドレスの刺繍と同じ花を(かたど)ったネックレス、アンクレット。全てが同じ水色の石から出来ていて、どれも見事な品だった。こんな細工は、養家で上流階級の娘であった時にも見た事がない。それ程、素晴らしく繊細で。

「・・・完璧でしょ。やる時はやるのよ、ベリルは」

「わぁぁ、すごい、ベリル兄様。本当にアルジェさんの為の一式だよね!」

「さすがですわね」

「見たいよぅ・・・」

「緋天様、首を動かすのはもう少し我慢してくださいね」

「う~・・・」

 

「ところで・・・ベリル兄様、納得されるかしら?」

「無理」

「ダダ捏ねるでしょうね。うるさいわよ、きっと」

 

 再び沈黙が訪れる。

 ヴィオランが言ったように、ベリルは自分のものを、と勧めるに違いない。オーキッドのドレスを身に纏ったのを見ても、素直に頷かないだろう。うぬぼれる訳ではないが、ここまで完璧に揃えたのが彼だから、一分の隙もなく着こなすのを望んでいる気がする。

 

「・・・サー・クロムには、私からお話します。準備ができたら、お見せしますから」

 

 そうね、と一言ヴィオランが答えたのを合図に、それぞれが自分のドレスに着替え始めた。

 それを見て、自分もオーキッドのドレスを手に取る。

 詳しい説明を求めることをしない、三姉妹に感謝して。

 嫌な顔を見せるベリルを思い浮かべ、来るべき時間に備えた。




 

 呼ばれた。

 アルジェから、話がある、と呼ばれた。


 そんな風に彼女からコンタクトを取ってきたのは初めてだった。

 多分、贈り物をしたのが自分だと気付いて、型通りの礼を言われるのだろう、と予想はできたが、それだけでも嬉しい。

 再び訪れた女性陣の集まる部屋。ノックして、扉が開かれて。


「っっ!?」

 出迎えたのは、アルジェ本人。

 ただし、身につけているのは、自分が選んだものではなく。

「サー・クロム、素敵な贈り物をありがとうございます」

 頭を下げた、アルジェを。薄水色のドレスが包んでいる。ふわりと裾へ広がる生地。銀糸の刺繍は見覚えがある。細かく縫い付けられた石がきらきらと光を反射して。

「・・・それ、叔父さんの?」

 仕立屋で彼女の為に選んだ刺繍と全く同じだった。どうして叔父はそれを知りえたのだろう。しかも、彼が贈るドレスに同じものを縫いつけるなんて。

「はい。・・・サー・クロムに頂いたドレスは、私には着ることができません」

 淡々とした、その口調に少し苛立った。

 何故。

 叔父のものより、自分が贈ったものの方が、アルジェを惹き立てる。

「何で? サイズだって、ぴったりのはずだ・・・」

「ええ。ですが、私には無理なんです」

 目線を床に落とした、彼女の首筋。そこに固定されているのは、特注したネックレス。良く見れば、耳も、その足も。飾り立てるのは、自分が選んだアクセサリーであるのに、ドレスだけが叔父のもの。

「わからない。何が無理なの? 叔父さんのは着れても、私のものは身につけたくないという事?」

 混乱する。

 静かな口調は、出会った頃の彼女のようだ。


「ねぇ、触られたくないって事かな?」


 飛び出したその声が、随分と意地悪げに響いた。

 こんな風に責めてはいけない、何を着るかは彼女の自由であるのに。そう思っても、悔しかった。アルジェのあまりにも冷静な声音が、それを煽った。自分を嫌な人間へ変えるように煽る。

「っ、やはり、納得頂けませんか?」

「納得できるわけない。説明してよ、何で駄目なのか」

 一歩前に出たら、びくり、と彼女が身を(すく)ませた。他の皆は奥の部屋でまだ準備中なのだろう。誰もいないせいで、アルジェを腕の中に入れて、自分のものだと過信してしまいそうだった。

 もう、無理やりそういう事はしない、と決めているのにも関わらず。

「・・・少々お待ち下さい。着替えて参りますので・・・っ」

 くる、と踵を返した彼女が、足早に隣の部屋へと消える。最後に耳に届いた声が、何だか消え入りそうだった。


 奥で、複数の話し声。

 それも、少々上擦ったような、焦ったような。そんな声音が、姉と、それから二人の妹、三人分響いて。何を言っているのかは良く判らないが、扉の向こうで一騒動起こっているようだった。


「バカ! あんたちょっと、頭使いなさい!!」

 ばん、 と勢いよく開いた扉から、姉が憤怒の形相で飛び出してくる。

「え? 何、を・・・」

「いいんです。直接見て頂いたら、説明しなくても済みますから」


 またも静かな、冷たい、とさえ感じる声。

 奥から出てきたアルジェは、ゆっくりと自分の前まで歩いてきた。動く度に揺れて光る、美しいドレス。すらりと伸びた足がスリットからのぞいて。

 完璧だった。

 それを着こなした彼女は、美しい。


「一生悔やみなさいよ、ばか」

 何故だか急に元気をなくした姉の声が、そんな事を言っても。その目がこちらに向かうアルジェの背中を見ているなんて、全く気付かなかった。

 それきり黙って隣の部屋へと姉が消えたのは、自分に謝罪をさせる為だった事も気付かずに。


「きれいだ」

 細い腰に腕を伸ばして、最後の一歩を引き寄せる。目を伏せた彼女は何も言わずにそれを受け入れた。

 白い肌、手触りのいい、その皮膚。

 水色の目を見て。背中に手を這わして。


「っっ!!」

 震えていた。触れたそばから、彼女の体に震えが走る。

「なに・・・? こうするのは嫌・・・?」

 怯えているようで。夢を見ているような感覚から我に返る。

「どうし、っ!?」

 更に彼女を引き寄せたところで、首筋から背中へのラインが目に入った。

 大きく開いた背中側。


 そこに見えていたのは、痛々しい傷痕。


「っごめん!!」

 彼女が何を訴えていたのか、ようやく分かった。

 美しい肌に残された傷痕は、このデザインでは丸見えで。

 叔父はそれを、知っていたのだ。


「・・・髪が長ければ、隠せたのですが」

 あくまでも、平常を装おうとする、その声。

 自分にはそれが、悲痛な叫びにすら聞こえる。

 傷つけてしまった。思い出したくもないだろうに。その事実を口に出すのさえ、躊躇っていたのだ。直接自分に見せることで、説明を避ける程。

「ごめん・・・知らなかったとは言え、知る手掛りはあったのに・・・」

「いえ、ご理解頂けたならいいんです」

 す、と離れようとするアルジェを、もう強引に手元に戻すことはできず。


 ただ、その傷のついた背中を見送る事しかできなかった。



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