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気象予報士 【第3.5部】  作者: 235
二家のお姫様たち
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サンスパングルの白銀姫 4

 後ろ手にバスルームの扉を閉めて、何となく溜息を吐く。

 今夜の食事は、思った程堅苦しいものではなく、むしろ楽しいものだった。

 長方形の食卓。そこにずらりと並ぶ、ベリルの家族に紹介されて、頭を下げ、世話になる事への礼を述べ、彼らの質問に答えはしたものの。

 なにぶん、人数が多いのだ。

 当主とその妻、ベリルの兄弟と、その伴侶、子供達。特に子供の年齢が低いせいで、夕食の間、気が詰まるような事は何一つなかった。彼らの言動に助けられたと言うべきか。核心をつくような、つまりベリルとの関係について問われる事はなかった。

 緋天に対してもそれは同じで、彼女は意外にもにこにこと笑って食事を摂っていた。時折、蒼羽や席の近い末娘のコーディアが彼女へ話しかけるくらいで。

 ただ、自分に向けられる家族の視線は、間違いなく、次男の相手としてみなされていたから。一番気が重いのはそこだ。ベリル自身は、部下として紹介しただけなのに。


 もう一度、息を吐き出す。

 客室として与えられた部屋。さすがにベリルとは別だった事にほっとしたのは事実。何となく、彼なら無理やり同じ部屋へと自分を閉じ込めるような気がしていたのだけれど、どうやら紳士だったらしい。

 耳に届いたノック音に返事をする。

 何度かメイドが用を窺いに来ていたので、またそれだと思った。充分すぎる程の、丁重な扱い。ベリルの部下ではなく、むしろ、ヴァーベインの娘に対する対応だった。どの使用人も。

「・・・無用心。相手が誰か確かめなよ」

「っ、サー・クロム!」

「それ違うでしょ? 二人の時は何て呼ぶんだっけ?」

 にこりと笑って部屋へと滑り込んで。

 右手には、湯気を立てるカップが二つ並んだトレイ。

「・・・了承しておりません、私は」

「うん、そうだね。とりあえず、これ飲もう。ホットチョコレート、好きだよね?」

 背中を押されて、ソファにすとん、と落ちるように座る。

 立ったまま、上から渡されたカップを反射的に受け取って。何故、好きだと分かったのだろう、と頭の隅で思う。テーブルを挟んだ向かいに彼。

 自分から口を開く、そのきっかけもなく。黙ってカップを傾けた。

 甘い液体が舌の上を転がって。その濃さと、ほろ苦さと。頬がほんの少し緩む。確かに自分の好きな味だ。同じものをベースで飲んだのは、確かシンの歓迎会の夜だった。


「美味しい?」

「はい・・・」

 柔らかいベリルの声。それに返事をする。

 静かだった。どこからも、物音ひとつ聞こえなくて。


「ちょっとさ、私の目、見て?」

 半分程、カップの中身を減らした頃に。そう唐突に言われ、顔を上げる。

 何故、こうも簡単に彼の顔を見る気になったのだろう。どこかでもう分かっていた。

 彼は、家族であったはずの彼じゃない。


 青い瞳と。金の髪。

 似ているかもしれない。それだけの、特徴で言ったら同じなのかもしれない。

 けれど、全く別物なのだ。違う、人間。


「うん。・・・ちゃんと見れるようになったんだよね。前は本当に、目を合わせようとしなかった」

「・・・はい。・・・かなりのご無礼を」

 彼の言う、過去の自分の非礼を詫びる。

「いや、私の方も色々しているしね・・・謝る必要はないよ」

 小さく笑う声がする。

 それから、カップの中身を一口飲んで、掌で包むのを眺めて。

 何だろう。彼は何を言いたいのだろうか。


「確かめたかったんだ。明日までに」

 何のご確認でしょうか、などと口を挟む隙間はなかった。


「キーディス、と。私は、違うよね? 君の中で、間違える要素はまだあるの?」

「っっ、・・・ありません」


 ベリルの口から、その名前を聞かされるなんて思ってもみなかった。

 甦るのは、雨の日。ベースの庭で、口走った救いを求めたそれ。間違えたのは、確かに自分。

 上司として当然知りえたはずのその存在に、彼は気付いたのだろう。


「ありません」


 もう一度、きっぱりと音にして。

 あの兄と、目の前のベリルは。

 根本的に、違う。器が違う、覇気も、能力も違う。


「了解。それが聞けて安心した」


 す、とカップを持ったまま立ち上がった彼。

 意味が分からない。否、何となく分かるけれど、まだそこまで考えたくない。

 つられて立ち上がった、黙って退出しようとする背中を追いかけた。何をしようとしているのだろう、自分は。

 扉の前で、くるりと振り返ったベリルが笑う。頬に上る熱は無視して、その口が再び開くのを待った。

「お見送り?嬉しいけど、ちょっと複雑」


 伸ばされた腕は、背を引き寄せて。

「お休み。私のお姫様」

 頭の上にキス。


 それに驚かなかった。何となく、予想をしていたけれど、拒まなかった。唇には触れない事も分かっていたから。

 閉じられたドアに、いつかと同じように耳をつける。

 今日は、足音は聞こえない。


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