表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第七話 予兆

 校内に予鈴が鳴り渡る。北兵衛信三郎とミカド・フェレルアは午後の授業開始前に自分たちの教室に戻ってきた。


 「何トカ、間ニ合イマシタネ」


 「シンが足を怪我していた事を忘れてたよ。大丈夫だったか?」


 「スミマセン」


 「謝る事は無いさ」


 多少、肩で息をするミカドだったが信三郎は疲れた痛がる様子など微塵もなくすましている。そして笑顔で応えた。


 「怪我ノ方ハ平気デス」


 「そうか。また後で」


 「ハイ。オ願イシマス」


 離れていくミカドに頭を下げて一礼した信三郎は自分の席まで戻り椅子に腰を掛ける。そして、怪我をしている左足を撫で回した。


 (ちっくしょうめ、少し無茶した。足がなまら(とても)痛ってぇ)


 声に出したい気持ちを押さえ込み、ミカドに面倒をかけまいと我慢していた。もっとも、怪我の痛みを我慢する事には慣れており、痛みが続く左足を少し撫で回してから次の科目の準備を始めた。何かをしたり考えている方が痛みを忘れられると言うのが信三郎は持論である。


 教室には、まだ次の科目の教師が来ていない。学生たちも集まってきていて室内は賑やかだ。友達同士が話し合って笑いあっている。


 「………」


 次の科目の教材を取り出した信三郎は声の絶えない教室の中を見渡した。


 生まれ育った場所は違えど、みんな自分と同じ年代なのかと考えてしまう。懐かしく思えた。夷竜洲国の故郷で小さい頃に近所の仲間と共に笑いあった記憶が蘇ってくる。野山で遊び、川で魚や蟹を取ったり、隣村の子ども達と喧嘩もした。何もかもが今となっては楽しい思い出だった。その仲間達は生きてはいない。南北朝の戦いで死んでしまったのだから。


 頬杖を突きながら、ふとミカドの席の方を覗いた。彼は席の隣の女性と話しをしていた。


 肩の下まで伸びる長く綺麗な白銀の髪、ミカドを覗く彼女の横顔は魅力的で男心をくすぐられる。男性に比べれば当然か弱い小柄な体付きだが、その紅い大きな瞳には何者にも動じない芯の強さを漂わせている気がした。現に二人の会話している様子を眺めていると、ミカドが生意気な妹に手を焼く兄貴に見えてしまう。


 (ミカドさんはいい人だすけ、ありゃぁ嫁さんば貰っとも尻に敷かれっろなぁ)


 と、何かと考えてクスクスと笑ってしまう。そして視線はミカドと話す女性の方に移る。男なら誰もが彼女の美しさに心が惹かれてしまうだろう。


 「…綺麗な(しょ)だ。西域の女子おなごは綺麗な人らが多いな…」


 信三郎は母国の言葉で小さく呟き、ふと先ほどの事を思い起こした。この教室まで案内してくれた担当教師のヘンリや校庭で出会った竜騎兵のイーリア、これまですれ違って来た女学生もみんな美人揃いだった。


 決して夷竜洲国には美女がいないわけではない。内戦続きの国内では民衆や若者たちの大半が流行やお洒落を楽しむ習慣が無く、信三郎のように田舎で育った男女の身なりは薄汚れた着物と草履か裸足だ。文明の進んだ西域や東域人に無い西域人の容姿が何もかも新鮮に映ってしまう。


 「…だども、ここは軍学校だよな。こんげに綺麗な女子しょらが、いざ戦場いくさばで銃ばたがいで戦えんろが…?」


 小言を呟く信三郎であったが、ミカドの隣の女性に見取れて気が抜けていた。


 その彼女が急に後ろを向いてきて目が合った時、二人の会話を眺め過ぎていた事にようやく気がついた。


 「!?」


 信三郎は咄嗟に目を逸らし、頬杖を崩して下を向いた。その途端に顔が熱くなり始め、胸の鼓動が大きくなるのを感じた。


 (女に現を抜かし過ぎた。うすら馬鹿め!この軍学校の女子しょらとおらなんぞがくっつかれる訳がねえだろっが!国が違うんぞ!身分が違うんぞ!数年もすりゃあ、おらぁ国に帰らんばならねえんぞ!)


*****


 信三郎と放課後の案内を約束したミカドは自分の席に戻る。まだ次の科目担当の教師が来ない教室は学生たちの話し声で賑やかだ。


 「ここって、いつもこんなに騒がしかったんだな…」


 入校して以来、窓際の席で周りに気をかけず読書して時間を過ごす事が日課となっていた。それが東域人との混血児である事から東域諸国から来た留学生の案内役を任された。


 本を読むのは昔から趣味であったが、その時間を留学生との時間に使い校庭を歩いた。そうした事で普段とは別の当たり前な日常を目にした。


 春の肌寒い風が吹く校舎の外には学生達が意外と多くおり、竜騎兵は一般学生とは違う時間帯の中で己の竜と訓練に励んでいる。そして、同郷の竜騎兵イーリアもいた。


 ミカドたちより二学年上の先輩で、オスプレア領主の重臣の家の子女である。彼女も容姿端麗で文武両道に長けており、幼少の頃より竜使いの才能を見いだしていた。


 「それにしても、イーリア先輩は心が広いと言うか何と言うか…。シンにも当たり前の様に接してくれたけど、彼が小さいからって子どもじゃないんだから…」


 イーリアを知るミカドは先程の事を思い返して苦笑した。


 彼女は心優しい女性で、誰にでも笑顔を絶やさず接する。年下の面倒見が良いお姉さんという一面もあり、ミカドにも昔から人種の隔てなく接してきてくれた。そして武術、竜使いともに優れ、間違いなく騎士学校で有数の実力者の一人に数えられる。


 そのためか、文明の違う東域から来た軍人の信三郎を同じ道を歩む異国の騎士として敬意を払う一方、同年代なのだが背丈の小さな彼をどうしても子どもとして見てしまうのだろう。


 「シンは顔を真っ赤にしてたっけ。ああいうのを見ると、西域人も東域人も皆同じ『人間』なんだよな」


 東域の事については父親が書いた旅行記を読んでいて幾らかの知識は持ってはいる。それには西域とは違う習慣や文化、訪れた国々の民族性について紹介されていたが、実際に東域人に会ってみるとそれといって西域人と変わり映えはない。男はみんな美女に弱い。


 なんだかんだ考えているうちに席の着いた。日当たりがよく窓際からは校庭や向こうの山々が眺められる最適な場所で気に入っていた。


 僅かだが、まだ時間はあった。叶うことなら少ない時間を趣味の読書に使いたかった。しかし、ミカドと対照的な幼なじみのリジュア・オスプレアが隣の席で待ち構えていた。


 「遅いぞミカド。どこに行っていたんだ?」


 「何だよリジュア。機嫌悪くして」


 「別に私は機嫌が悪いわけじゃない」


 とは言っているが彼女とは長い付き合いだから分かる事で、どうやらご機嫌斜めのようだ。ミカドには大体の理由は見当がついていた。


 「仕方ないだろ。シンに校舎を案内してたんだから」


 「シン?」


 「ん?ああ、そうだったな。留学生だよ。シンって呼ぶ事にしたんだ」


 「もう親しくなったのか?」


 「そうだな。幾つか言葉を交わしたが、悪い奴じゃないし。今度は東域の事について色々聞けるかもな」


 と、笑みを浮かべるミカドにリジュアは更に不機嫌になる。


 「ミカド、お前はまさか留学生の事を口実にして剣術の稽古を怠ける気じゃないだろうな?」


 「そっ、そんな事はしないさ」


 だが動揺を見せるミカドの表情をリジュアは見逃さなかった。


 「全く、オスプレア領の騎士でありながら鍛錬を怠るとは!」


 「うっ…、しょうがないだろ。シンはこの国に来たばかりで何も知らないようだし、俺みたいに周りからの偏見に悩まされるかもしれないだろ」


 「人を見た目だけで偏見する奴など器の小さい人間だ。気にする必要は無い!それに、シンと言う留学生は国を代表して遥々やって来た一国の騎士だろう。弱い人間で無い筈だ!」


 「それもそうだが、シンだけでなくて喧嘩を売って来る奴らの方も心配なんだよ」


 「どういう事だ?」


 「シンの国はずっと昔から戦争が続いていて、あいつもずっと戦い続けて来たらしいんだ。だから、何かの拍子で喧嘩してみろ。下手をすれば外交問題になりかねない」


 「何?」


 「?」


 急に態度を静めたリジュアはミカドに顔を近づけて尋ねた。


 「それじゃあ、あの留学生は戦いを知っているのか?」


 「急にどうしたんだよリジュア?顔が近いって」


 しかし、リジュアは更に顔を近づけた。慣れ親しんでいる幼なじみとはいえ女性である。ミカドの頬が少し赤くなった。


 「どうなんだミカド?」


 「シンは戦争で顔や手に傷を負ったと言っていたし、あいつの国の公使官は戦上手だったとも言っていたが」


 と、ミカドは思い出す限りの事を話した。すると、少し落ち着いたようでリジュアは近づけた顔を離していく。


 「そうか…」


 この時、リジュアは何を思ったのか後ろを振り返った。まだ多くの学生達が席に着いておらず、その先には席に座ってこちらを見ていた信三郎がいた。二人の目が合った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ