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第六話 竜騎兵

 時間帯は昼、グレンヘルド騎士学校での午前の授業内容が終了して学生たちは昼の休み時間を満喫する。友人たちと一緒になり食事をとり、その後の時間は午後の授業開始まで各々がおもいおもいに過ごす。


 陽が照らす騎士学校の校舎の外は暖かくもあるが春の肌寒さがまだ身にしみる。校庭には多くの学生たちがいた。ミカド・フェレルアと北兵衛信三郎は一緒に横に並んで校舎の外を歩いている。


 遠くから馬の鳴き声が聞こえる。騎士学校の校庭は広くて広大だ。馬を走らす場所もあれば、銃の射的場もある。近代騎士道に必要とする能力を身につける施設も完備されていた。そして、騎士学校内には建物も多い。学生寮や学習用校舎の他に教会、牧場などもある。


 「トテモ広クテ大キイノデスネ、コノ学校ハ」


 「ここには国中の人間がたくさん来るから不自由ないように色んなのがあるんだ。教会や競技場に劇場も、皆騎士学校の職員や生徒が運営している。この騎士学校は言わば小さな町みたいなものだな」


 「僕ハ学校ニ入ルノガ初メテデシタカラ、ドンナ所カ分カリマセンデシタガ本当ニスゴインデスネ学校ッテ」


 「シンは学校に入った事がないのか?」


 「ハイ。僕ハ軍人ノ前ハ農民デシタカラ」


 生産に従事する農民の殆どが最下級の身分にあるか士農工商という生かされず殺されずの立場にある。その生活は恵まれたものでなく、常に労働力を必要とする生産に従事せねばならない。身分と生活に縛られた農民の子どもが就学するなどあり得ないに等しいのは東域も西域も変わりはない。


 「でも西域の言葉を話せているじゃないか」


 しかし、信三郎はミカドたちと同じ年代でありながら西域の言葉を話せている。別個で教わっていたのだろうと考える。


 「僕ガ小サイ頃、悪イ子ダッタカラ村ノ社主様ニ預ケラレタンデス」


 ひねくれ曲がった根性を直させようと、村一番の知識と見識を持つ社主に預けられた信三郎は小姓として社の畑仕事など働かされた。その一方で、社主から言葉の読み書きを教わされ村で数少ない字の読み書きが出来る者となった。西域の言葉を覚えたのも社に預けられた時で、ひょんな理由から西域語の勉強を始めた。


 「トコロデ、ミカドさん」


 「うん?」


 「『シン』ッテ、僕ノ名前ノ『信三郎』ノ『信』デスカ?」


 「君の名前の発音が難しかったからな。嫌だったか?」


 ミカドは信三郎の気に障ったかと思った。西域と東域の文化の多くに差異があると父親から教わった事を今更ながら思い起こしたが、思いすごしの様だった。


 「イエ。僕ガ国ニイタ時ニモ『シン』ト呼バレテイマシタカラ、西域デモ同ジ呼ビ方ヲサレルトハ思イマセンデシタ」


*****


 ふと、遠吠えが聞こえてきた。馬でも獣でもない力強さを感じさせる生き物の鳴き声だ。その声は一つだけでなく、複数の群れが途切れることなく順番に鳴き声を挙げる。


 「コノ鳴キ声ハ…」


 信三郎は耳に手を添えて聞こえてくる遠吠えの方を向いた。空の彼方から聞こえてくる生き物の鳴き声は夷竜洲国にいた頃にも聞いたことがあったが、西域のそれは夷竜洲国のとは同じだが似てはいない。


 「『竜』の鳴き声だよ」


 ミカドが応えてくれて納得した。


 「竜デスカ。西域ノ」


 この世界には『竜』が存在する。いつから竜が誕生したかは定かではないが、高い生命力と圧倒的な身体能力は生物としては食物連鎖の頂点に立つ存在だ。


 空を飛ぶ飛竜、地を駆ける地竜、水中を泳ぐ水竜が大まか竜の種類だが、その生息数は全世界を合わせても決して多くはない。竜が成体を迎えるまでの間は全くの貧弱で、自身で餌を捕ることも適わない。幼体から成体を迎えられる竜も多くない。また、清き場所を好み種を増やすのだが、一つの場所に一組しか住めず場所自体も多くない。増えた人間の進出により住処も減らしてしまっている。


 それでも人間は竜の力を求め人工飼育に努めてきた。長い時間と経験を積み重ねて行き、どうにか西域各国が少数ながら竜の育成に成功して竜による兵種『竜騎兵』の編成させた。


 リヴォルドア騎士団国にも竜騎兵は存在する。指揮系統は各騎士団のものでなく、『中央騎士軍団』に一括されてある。グレンヘルド騎士学校には竜騎兵育成用の学科が置かれていて、厳しい倍率を合格した数少ない学生たちのみが竜に乗ることができる。


 「ココニヤッテ来ルノデスカ?」


 「そうみたいだな」


 空に幾つかの点が見えた。眺めている内に点が大きくなり、形がはっきりと確認できる。長い翼を左右して同じ動きをして上下に羽ばたかせる巨体は飛竜だ。胴体には人の姿も見える。


 「夷竜洲国ニモ竜ハ沢山イマスガ、西域ノ竜トハ若干形ガ違イマスネ」


 「シンの国にも竜騎兵はいるだろう?」


 「ハイ。戦場デ南北軍ノ竜騎兵同士ノ戦イヲヨク見マシタシ、僕モ敵竜騎兵ニ何度モ殺サレカケマシタ」


 と、まるで楽しい昔話を話すように信三郎は笑いながら喋る。


 「………」


 ミカドは思った。ヘンリの言うように彼から戦場の匂いなど感じないし、その年相応の笑顔からとても戦場で戦って来た風にも伺えない。しかし、その顔に相応しくない傷跡を見ると信じざる負えなくなる。


 また飛竜が吠えた。今度はかなり近くまで接近してきとおり、轟く竜の鳴き声は恐怖を抱くほど力強い。


 ミカドと信三郎の頭上に陰が覆った。六騎の竜騎兵が低空を飛び去って行く。その後から強い風が竜を追いかけるように吹いた。風が二人に吹き付ける。


 「凄イデスネ」


 信三郎は頭に被る帽子が風に飛んでいかないように手で押さえながら竜騎兵の飛行進路を目で追いかけた。


 既に竜たちは再び遠くへ飛んで行っており、大きな孤を書くように旋回している。また戻って来るようだ。


 「アレ?」


 ふと信三郎は声を漏らした。六騎いた竜騎兵の内、一騎足りない。別の騎と重なっているのかと思ったが、そうではなさそうだった。


 「一騎足リマセンネ?」


 と、真上を見上げた。今までの経験と勘が働いての事だ。竜騎兵の本隊が囮となって地上部隊の頭上を飛び去って注意をとり、別動の単騎が襲撃を行う戦法を受けた事があったからだ。


 案の定、二人の真上に竜騎兵が一騎いた。小さな孤を描いて旋回している。


 「何デ、アノ竜騎兵ハ僕達ノ真上ヲグルグル回ッテイルンダロウ?」


 と、信三郎が怪訝に思っているとミカドが応えた。


 「あの竜に乗っているのは俺の同郷の先輩だ」


 「?」


 間もなく竜が二人の目の前に見事に着陸を決めた。


 翼を畳む竜の背には騎士が乗っていた。精細な装飾を目立たせた西域式の白色の兜と胸甲を身に纏っている。


 兜の隙間から長い黄金色の髪が出ていて、再び頭上を飛行する竜騎兵の起こす風に揺られて綺麗に靡かせた。


 「ミカド!」


 と、竜騎兵は兜を外し素顔を表す。その人は女性だった。黄金色の長い髪が兜を脱いだ事で美しい全体を伺える。


 彼女は竜から降りてミカドの前に面と向かって立った。


 「見事な手綱さばきでしたね。イーリア先輩」


 「ふふ、どう致しまして。ところで、この“子”が東域の留学生?」


 ミカドを見上げていた竜騎兵イーリアは、彼の隣に並ぶ信三郎に視線を向けて見下ろした。


 「…?」


 「信、この人は俺と同じオスプレア領の人で……」


 「イーリア・ルフルよ。よろしく」


 と、ミカドを先のけて自己紹介したイーリアは、信三郎と同じ目線まで腰を曲げて手を差し伸べた。


 「…北兵衛信三郎デス」


 自己紹介を述べ、イーリアの差し伸べた手を恐る恐る握った。握手をする習慣に慣れておらず、どうしても奥手になってしまった。


 「!?」


 信三郎は驚いた。突然、イーリアが顔を近づけてきた。美しい顔が近すぎて呼吸を絞るように意識してしまう。彼女は無言のまま口元を微笑まして見つめている。後ずさりしようにも足の怪我で思うように動かない。宝石のような瞳に目を合わせていると顔が熱くなり、心臓の鼓動も普段よりも激しく動きだしてきた。


 「アノ…。僕ノ顔ニ何カ…着イテイマスカ?」


 と、信三郎は頭の中に浮かんだ西域語を咄嗟に並べて声にした。すると、イーリアはクスクスと笑い出した。


 「ごめんなさい。私、東域人を見るのが初めてだったから、ついまじまじと覗いてしまって」


 そう言って、今度は左手で信三郎の右頬を振れてきた。


 「!!?」


 竜騎兵用の手袋をはめているとはいえ彼女の手の温もりが感じる。戸惑う信三郎とは裏腹にイーリアは尋ねた。


 「君も一国に仕える騎士なの?」


 「騎士?」


 この言葉で先ほどまで緊張が半分は吹き飛んで行った。気づけば、周りには学生や地上に着地した竜騎兵たちが集まってきている。


 「僕ノ国ニハ騎士ニ似タ『武士』ガイマシタガ、今デハ殆ドガ先年ノ戦争デイナクナッテシマイマシタ。僕ハ武士デハナク国軍ノ軍人デス」


 「戦争?」


 「エエ。四百年ノ昔カラ、僕ノ国デハ、フタツノ王朝ガ戦ッテイマシタ」


 「じゃあ、君の顔や手の平の傷跡も戦争で?」


 「ハイ。顔ハ砲撃デヤラレテ、手ノ方ガ…」


 と、信三郎が右手の平を広げて見せた。そこには手の内側を横断する深い刀傷の跡があった。縫合の跡が無く、自然治癒によって傷が塞がっている。目立つ事は少ない傷跡の一つだが、握手する本の一瞬の時で彼女は気づいていた。


 「敵トノ斬リ合イノ時、僕ノ身体ヲ突キ刺ソウトシタ敵ノ刀ノ刃ヲ、力一杯握ッタ時ニデキタ傷デス」


 「そう…」


 すると、イーリアは腰を上げた。それを合図のように後ろにいた飛竜が太くて短かな二本足を動かして近くに寄って、強い外見に似合わない甘い声を吐きながら長い首を伸ばして彼女の右肩に頭を擦ってきた。


 「教えてくれてありがとう」


 「イエ…」


 「もう少しで午後の授業が始まるから教室に戻った方がいいわよ」


 相棒の飛竜の顔を優しく撫でるイーリアを見上げる信三郎の心臓の鼓動は激しく動くままだった。

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