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第四話 留学生

 グレンヘルド騎士学校は、この年も十二騎士領から選抜されて将来を約束された若者達が晴れ々々とした顔立ちで同郷の先輩達が学ぶ騎士学校へ華々しい入校式で向かへ入れられた。


 各々の若者達は、十二の各騎士団に属する騎士を身内に持つ。


 騎士は、近世以前までは武装集団として君主国の対外戦争に参加する事で封建時代の西域で騎士の存在意義を守り通してきた。しかし近世に入り、技術革新によって戦争のあり方も変わり騎士の存在感が急落する事態となった。


 西域各国が近代化による国力向上を目指す中、騎士の存続を掲げるリヴォルドア騎士団国も騎士による国内の近代化を目指すため、政治、経済、軍事、外交に優れた人材を育成する教育機関を設置した。それが、グレンヘルド騎士学校である。


 入校式から十数日が経った。新入生達も騎士学校での生活に慣れはじめ、若者達がそれぞれの組、寮などで各々の人間性が現れて自分の存在感を明確にさせていく。


 ある者は集団を作り、ある者は少数の中に入る。


 ミカド・フェレルアの場合、自分から積極的に集団を作ったりしてリーダー格になる程の人柄ではかなった。


 陽の明かりが入る教室の窓側の席に座り、手に持つ本を読み空き時間を潰す。


 時々本を机に置き、窓の外を眺めたり鼻根を抑えたりして疲れた目を休ませたりする。騎士学校に入校する以前から変わらないミカドの日常であった。


 「今日も何読んでいるんだ?」


 と、ミカドの前の席に同じ騎士学校の制服を着た男が座り尋ねた。男は何故か花束を持っている。


 「東域の大陸北方遊牧民族を記した本だ」


 この様な会話も、騎士学校に入ってからの日常になっていた。


 「俺の所じゃ見かけない本だが、お前の領には色々あるのか?」


 「まぁな。俺の父上は探検家で世界各地を見ては何かと本を書いているんだ」


 「へぇ。そいつは凄いんだな」


 「ところで、性懲りもなく今日は誰を狙っているんだ?」


 ミカドは仲間が席の机に置いた花束に目を向けた。西域人は男性が女性に花束を渡す習慣はあるが特別な事がない限り見受けられない。大抵は子が母に感謝を込めて送るか、男性が女性に求愛を告げる時に送る。


 全寮制のグレンヘルド騎士学校では前者は当てはまらない。となると、残りは後者しかなくない訳だ。


 「ミカドの領の『お姫様』だ!」


 「はぁ!?」


 仲間の言葉にミカドは顔に似合わない声を挙げた。その仲間は更に話を続けた。


 「騎士学校に入って早二週間。俺は学校内の女性という女性を見てきたが、お前の所の『お姫様』は騎士学校有数の美女だ。俺以外にも求愛を求める騎士は多い筈。だから俺は今日、お前の所の『お姫様』に愛を告げる!邪魔はするなよ!!」


 「………」


 ミカドは仲間の話しを全て聞く気になれなかった。最初のくだりだけで全てを理解しており、話す言葉を考えた。相手の浮かれた顔を見て回りくどい事は言わず、単刀直入に言おうと決めた。


 「リルス、悪いことは言わない。アイツは止めておけ」


 「へ?」


 ミカドの言葉に、友人であるリルス・ブラフはキョトンとした。


 「子どもの頃からの付き合いだが、アイツは『お姫様』って様な柄じゃないし、第一俺以外の男は全く相手にしないぞ」


 と、ミカドは本を閉じてリルスに言ったのだが、本人は口を閉ざしながら笑い声をだして言った。


 「フフフッ、ミカド。君は俺と違って本ばかり読んでいるから女性には不得手なんだろう。だから、お前は近くにいて遠い存在の『お姫様』に俺が近づくのが悔しいんだろう」


 (馬鹿だコイツは!)


 心の中でミカドは叫んだ。


 すると、静かだった教室が賑やかになってきた。入ってくる人が多くなってきた事もあるが、それだけではないようだった。特に廊下が騒がしい。


 「来たようだな」


 そう言って、リルスは花束を持ち立ち上がった。


 「あっ、おい!」


 「『先んずれば人を制す』って言うだろう」


 と、リルスはミカドの言葉を聞かず花束を手に廊下に向かって小走りに行った。


 「………」


 ミカドは、机に置いた本を取り何事なかったかのように再び読書を始めた。


 廊下の方から皆の喋り声が聞こえて来たが、本に集中して聞こえないようにした。そして、いきなり廊下から誰かの走る足音が響いていった。大体の事は想像がつく。リルスは見事に振られ、悲しさまぎれに廊下を駆けて行ったのだろう。


 (アイツは騎士学校に何しにきたんだ?)


 玉砕した友人に同情せず周りの状況を知らん顔するようにして読書するが、長くは続かなかった。


 ミカドの横の席に女子生徒が座った。肩の下まで伸びる癖のない美しい白銀の長い髪。紅い瞳は年相応に大きく潤しい。男性より一回り小柄な体つきなど容姿端麗と言う言葉に相応しい女性だ。


 彼女を初めて見て好意を抱かない男性はいないだろう。しかし、ミカドは彼女の魅力に慣れ親しんだ幼なじみである。


 「リルスに何て言ったんだ。リジュア?」


 「私は別に、他の男たちに何時も言ってる事を言っただけだ」


 と、頬杖をして尋ねるミカドに、リジュア・オプスレアは女っぽいと言うよりも男っぽい口調で応えた。彼女はリヴォルドア十二騎士団の一つ、オプスレア騎士団を束ねる騎士団長の次女である。リヴォルドア十二騎士団の騎士団長が国内における階級や身分の最上位にあたり、騎士団長の子息や娘は敬称されて呼ばれる事が多い。


 「もう少し言葉を選んだらどうだ?お前に告白した皆、リルスみたいにへこんでいるそうだぞ」


 「そんなこと言っても、私は思った事をただ正直に言ったまでだぞ」


 騎士学校に入ってから幾日も他の領の男性から不要な誘いを受ける。彼女にとって困った事であり、そんな表情をしてミカドに喋る。


 ミカドは溜め息を吐いた。リジュアには昔から男勝りな性格がある。幼少の頃から箱入り娘を嫌い、強さを求め騎士に必要な剣術や馬術などを学んだ。オプスレア騎士団の一家臣の子息であるミカドはその都度、リジュアに振り回されては実技の相手役にされてコテンパンにされてきた。


 男勝りの性格が男性との付き合いを苦手とさせ、求愛を求めてくる各騎士団から来た男子生徒に対して冷たくあしらってしまう。その性格さえ無ければ彼女にはとっくの昔に誰かと相思相愛の間柄になっていたのではとミカドは思うのだ。


 「ところでミカド、最近どうした?」


 今度はリジュアからミカドに話しかけてきた。


 「なにが?」


 「昨日の休日や今日の朝、お前を剣術の練習に誘おうとしたが居なかったじゃないか。どこにいた?」


 「あぁ。俺は昨日、トアイキス領の夷竜洲国公使館に行ってたんだ」


 「外国の公使館に?」


 「知ってるだろ。俺の母さんは東域人だから、俺が東域の留学生の案内役を任されている事」


 「でも、留学生の乗せた船は航海中に嵐で沈んだと聞いたぞ」


 と、リジュアは言った。因みに、昨日の晩に留学生の乗せた船がリヴォルドアの港に到着した事は本日の新聞に載ってある。しかし、大々的ではなく小さな記事だけの地方紙で、多くの人間に周知した訳ではない。


 「船が沈んだって話しはあくまで噂だろ。だから、どうなっているか行ってみたんだ」


 だが、ミカドが公使館に行っても何ら情報は得られず港に向かっても同じであった。


 「次の休みも行くのか。公使館に?」


 その問いにミカドは首を横に振った。


 「わからない」


 複雑な気分である。会った事も無い外国人の留学生の事であるのだが、自身も半分は東域人の血が流れており他人ごとでは無い気がミカドにはあった。


*****


 暫くして広い教室に学生たちが集まって来た。各騎士団領の出身者たちによって構成された一学年の学級の一つであるが、入学から十日以上も経ち学生たちも新しい顔ぶれにも慣れ、新しい環境にも馴染んできていた。


 教室内に人が集まれば必然的に室内は賑やかになる。勉学について話し合う者もいれば、年相応に巷の流行について話し合う者もいる。しかし今日、学級内で新しい話題が持ちっきりとなっていた。グレンヘルド騎士学校内で東域人を見かけたと言うのだ。


 本を読むミカドも、手を休め周りの話しに耳を傾けた。


 校門で衛兵と親しく話していて、後から来た職員に校内に案内されたらしい。背丈は小さく軍帽の鍔で顔は確認できなかったが、松葉杖をつきながら歩き、紺色の軍服を着た子供だったと見かけた者と話しを聞いた者は話す。


 ミカドは詳しく話しを聞こうとしたが、皆が急に静まり返り席に着く。


 「全員揃っているな」


 学生たちが教室に集まってから最後に担当教師が入って来た。グレンヘルド騎士学校指定の学生服に多少の彩色を加えた教師用の制服を着るのは女性で、教師の前は出身地の騎士団で数百騎の騎士を束ねていた強者であった。


 年も若く騎士としての才知を買われ、グレンヘルド騎士学校の教師として一学年の教育を担う事になった。名をヘリン・マハンと言う。


 彼女の騎士団時代の武勇伝は数知れず、彼女を慕う騎士学校の女子生徒も多くいるようだ。


 ヘリンの入室前まで騒がしかったクラスも彼女が来るのを感ずくと急に静まり返り皆が席につく。良く言えば威迫があり、悪く言えば怒らしてはいけない人である。


 「諸君、出席を確認する前に告げる事がある」


 と、静かな教室内で担当教師ヘリンの声だけが聞こえる。


 「我がグレンヘルド騎士学校は今年から外国の留学生を受け入れる事となった。その留学生が今日、諸君たちと一緒になる事となる」


 そう言って、ヘリンは教室のドアに向かって入れと合図を送る。すると、ドアが開き松葉杖をつく少年が入って来た。少年の着る軍服は全体が濃い紺色で肩章や飾緒など無く、彩色にこだわった騎士学校の学生服と比べて地味という印象を持つ。周りの学生たちと比べ背丈が著しく小さく、奥の席からでは留学生の帽子ぐらいしか覗けられない。ミカドの席の方でも帽子だけである。


 「諸君、彼は東域の夷竜洲国と言う国から来た北兵衛信三郎だ。背丈こそは小さいが、君たちと同じ年代だ」


 「皆サン、初メマシテ。北兵衛信三郎デス。ヨロシクオ願イシマス」


 軍隊時代とは違い同じ年代の揃う異国の学校と言う事と年齢的未熟さも現れ出てあり、信三郎は少々緊張気味で挨拶を述べる。

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