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第三話 騎士学校へ

 気がつくと戦場の真っ只中にいた。太陽は厚い雲に覆われて肌寒さを感じる。緑の山々に囲まれた小さな盆地で、大勢の敵味方の兵士たちが直接武器を振り下ろして戦いあう白兵戦が繰り広げられていた。


 片方の軍勢は鎧兜を纏い馬にまたがる武者たちで、もう片方の軍勢は濃い紺色の軍服を着た兵士たちであった。


 男たちの雄叫びが響き、刀や銃剣の刃がぶつかり合って刃鳴りの音が所々で響き、銃声が響き、断末魔が響く。


 見覚えのある戦場であった。手にする武器は先込め式の西域銃で、銃に弾が入っていないため直ぐに射撃できる状態ではなく銃身に装着された銃剣だけが現時点での唯一の武器である。


 「来るぞ来るぞ来るぞっ!」


 と、側にいた味方の誰かが叫んだ。見覚えのある顔であったが名前を知るほど親しくはなかった人だった。


 仲間たちが見ている方を向くと十数騎からなる騎馬武者の集団が突撃してくる。今さら逃げ切る事が出来ないほどの距離まで迫ってきた。


 「足だ!人馬の足を切れ!!」


 近くにいる味方の隊長格の誰かが叫んだ。だが、もはや心の準備の余裕などなかった。騎馬武者の集団が横隊で突っ込んで来たのだ。


 前にいた味方が騎馬武者の刀や槍で切り倒されていく。真っ赤な血が勢いよく身体から吹き出していくのが見えた。


 その刹那、一騎の騎馬武者が槍を構え突進してきた。鮮やかな鎧兜を纏っているが、その目つきは鋭く目の中の小さな黒い瞳は怖さを感じさせる。


 しかし、こちらとしてもただ斬り殺される訳にはいかない。身をかがめ、銃剣を突き立てて構える。そして騎馬武者との勝負は一瞬で決まった。


 咄嗟に槍を持つ反対に飛び込み、銃剣で騎馬武者の足を突いた。


 妙な手応えとも感触とも思える感覚が銃から腕に伝わってくる。銃剣を突き刺したまま銃を持って行かれないように銃床を強く握る。


 ゴツゴツとした切り触りは直ぐに終わり急に銃剣が軽くなった。剣の刃には濃い真っ赤な血が着き、それが銃身を伝って流れ零れてくる。


 すぐ側には血を流す武者の脛の部分が転がっていた。


 初めて敵を倒した時の夢だった。


*****


 「………」


 北兵衛信三郎は、リヴォルドア騎士団国の夷竜洲国公使館の一室で夢から目覚めた。


 船旅で汚れた身体を綺麗に洗い流し、髭を剃り、伸びた髪を散髪し、怪我した左足も治療して包帯が巻かれてある。


 窓から薄い光が入ってくるが、まだ太陽はでておらず時間的にも睡眠の余裕はあった。


 しかし、信三郎は再び布団に潜って眠りにつく気にはなれなかった。


 「戦の夢か」


 そう言って部屋の明かりを点け、一息つけるために傍の机に置かれてあるコップに水を注ぎ、それを口の中に一気に流し込む。


 机の上には、水の入った透明なガラス瓶の他に数冊の本が置かれており、信三郎はコップを置き代わりに本一冊を取り上げて中を適当にめくっていった。


 本には外国の文字が並ぶ。


 「読めない事はねえんども、まだまだ外国語の勉強せんばねぇな」


 そう言って、机の椅子に座り語学の勉強を始めた。単語を読み、文字を書き意味を書く。誰かが親切に教えてはくれない。生半可な覚えでこれからの留学を務める事はできない。


 気がつけば太陽は昇り朝となっていた。腹の虫もなり始め、信三郎は勉強を止めて寝間着から軍服に着替えて松葉杖を片手に公使館の食堂へ向かうことにした。


 足の怪我は医者に見せた所、重傷でないにしても当分の間は松葉杖を使う事を余儀無くされた。


*****


 「そいで松戸さん。今日からおらはどうせばいんろっがね?」


 朝食を済ませた後、信三郎は職員室に入り自分の案内役を務める松戸に尋ねた。


 渡航の時点で本来の日程が大きく狂っているのは言うまでもない。


 「北兵衛、お前は今日からグレンヘルド騎士学校へ行ってもらう」


 「グレン…。あぁ、おらが行くリヴォルドアの軍学校の事か」


 「そうだ。馬車に乗って行け。運転手が道わかるから心配ない」


 「松戸さんは?」


 「私はお前の荷物を向こうに運ぶ準備をする」


 「準備?」


 「グレンヘルド騎士学校は全寮制だ。だからお前は次からは向こうで寝泊まりしてもらう」


 「あぁ、そういんですか」


 と、信三郎は軽い返事で頷いた。今更よその場所の寝泊まりに抵抗を抱く年齢でないし、何よりも色々な場所での睡眠には慣れていた。


 「それと、向こうに着いたらミカドと言う学生に会え。彼が騎士学校を案内してくれる」


 「はい。わかりました」


 その後も幾らかの説明を聞いてから、信三郎は自室に戻り入学の支度を始めた。


 支度といっても手の込んだ準備ではなかった。グレンヘルド騎士学校指定の制服など着用する必要は無く夷竜洲国陸軍の軍服のままでよい。上着の腹部にベルトを巻き、西域式のサーベルをベルトに吊す。最後に軍帽を被れば身だしなみは整う。


 そして、必要な教材は風呂敷に包み準備は完了した。


 「後のがんは松戸さんに任せればいいんだな」


 と、一晩だけ過ごした部屋を確認した。東側に窓が一つだけの部屋にはベッドと机しかない質素な部屋であった。もっとも、信三郎が夷竜洲国から持ってきた荷物は、数着の代えの軍服と褌だけである。その他の道具などは現地で調達できると考えていた。


 「さてと。準備は出来たし、軍学校に行きましょうがね」


*****


 リヴォルドア騎士団国には首都が定められていなかった。各騎士団の優劣からくる反発や高度な自治性など理由は多々ある。だが、十二騎士領で最大の経済力を誇るトアイキス領が首都としての機能を有していた。国政を議論する中央議会、中央省庁、諸外国の大使館や公使館など政治の中枢が置かれている。


 夷竜洲国の公使館もトアイキス領の中心街に置かれてあるが、建物は新築されたものではなく、古い屋敷を買い取ったものである。


 だが、そんな事とは露とも知らず、信三郎は公使館の入り口に停めてある馬車に乗る。


 「あなたがグレンヘルド騎士学校に行く軍人さんかぁ?」


 馬車の運転手を勤める老人が尋ねた。


 「ソウデス。オ願イシマス」


 と、片言の外国語で信三郎が応えた。


 「はいよ」


 運転手は手綱を振るい馬が歩き出した。


 「おらの外国語が通じて何よりだうぇ」


 自分の外国語が伝わって一安心した信三郎は、馬車の腰掛けに肩を沈めリヴォルドアの街並みを見渡した。リヴォルドアに着いたときは夕暮れで、何より旅路の疲れから街並みを眺める余裕はなかった。


 街を形成する建築物の形状や高さは夷竜洲国では目にする事の無い新鮮さがあり、住まうだけの価値だけでなく屋根と壁を別々の色の色彩に分けて美意識も追求されてある。


 道路も舗装され一定の距離ごとに沿って木が一本一本植えられており、街が森や自然と別離している印象を与える。


 「ひっどいもんだうぇおい。おらぁ、おとぎ話の中に迷い込んだんろっかな?」


 夷竜洲国の田舎育ちの信三郎にとって、西域の小国であるリヴォルドアでも十分に西域の文明力に圧倒された。


 その後も馬車は走り続け、街を抜け小さな橋を渡り平らな田舎道を通り森の中の道に入って行った。


 馬車に乗って十数分が経った。この時、信三郎は帽子を深く被り、腕を組み足を組み、馬車の中で夢の中に入っていた。早すぎた起床がたたり、更に太陽の照らす丁度良い暖かさに眠気を誘さそわれた。


 最初は小さな寝息を立て心地よく眠っていた。だが、次第に眠顔が強張ってきた。眉間にしわが寄り、口をへの字に閉じるも小さな寝言が漏れてくる。


*****


 「引けぇ!引け引けぇっ!!」


 雄叫びが響き渡る戦場で、味方の集まる中から大将が退散の命令を叫んだ。


 途端、紺色の軍服を着る軍勢は勢いよく走り出した。決められた方向はなく、ただ水が高いところ低いところへ流れる様に皆同じ方角を目指して走った。


 走る方角の反対に向かう者はいなかった。何故なら反対の方角から刀や槍を振るい、鎧兜を身にまとった武者の軍勢が押し寄せて来るのだ。


 負傷して逃げ遅れた者は武者たちに容赦なく殺されていく。


 逃げる軍勢は我先にと先を目指す。武器を捨てて逃げる者、草履や帽子が無くなったことに気づかず逃げる者、仲間を置いて逃げる者など、その軍勢は威勢の失せた烏合の衆に変わり果てていた。


 そして、逃げる軍勢の集団に更なる追い打ちが待ち受けていた。


 突如、どこからともなく不気味な落下音が幾つも響いてきた。人馬の声でなく、生き物の声でもない。その落下音は、人に恐怖のみを与える音であった。


 逃げ惑う軍勢の集団の中で幾つもの爆発が起きたのは、不気味な落下音が小さく鳴り止んだ直後だった。


 爆発に巻き込まれた者たちは、文字通り吹き飛んだ。五体が裂かれ、血と肉片が飛び散り、破片が肉を裂き身体にくい込む。そして、爆発した辺りには人の生々しい血と肉が散乱して異臭を放たせた。


 即死した者は、ある意味で幸せだったかもしれない。生あるものは、血を流し恐怖に苦しんだ。四肢を失った者、体内の臓器がこぼれ落ちている者、身体に開いた穴から真っ赤な血が噴き出す者。それら、苦しむ者たちの苦痛や死の恐怖の叫びが無事だった者たちの心を蝕んだ。


 爆発に巻き込まれて怪我を負うも、五体を保ち治せる者たちは味方が肩を借して助けた。中には片足を失った者を助ける者もいたが、指揮系統が無く、混乱した軍勢には命令など通用する状態では無かった。


 その中で、味方の肩を借りて起き上がる一人の負傷兵がいた。彼は、まだ年端のいかない少年兵もであった。至近距離で爆発に巻き込まれ飛ばされたが、当の本人には何が起きたのか分からなかった。しかし、身体中が痛く、特に顔と右目の中が焼けるように痛かった。


 片手で顔を触っていると、肩を借す見知らぬ味方に止められた。


 「うすら馬鹿!下手に傷をちょすなや!!」


 味方の言葉を聞き、顔を触った手を見た。先ほどまで何もなかった手に真っ赤な血がベットリとくっついていた。


 少年兵は自分が負傷したことにようやく気づいた。両方の頬が顎の近くまで長く裂け、右目は真っ赤な穴が開いており間違いなく失明状態だった。傷口から垂れ流す血で顔中が自分の血でまみれていた。


 「あっ…。あ…ぁっ!」


 負傷した少年兵は声を出そうにも裂けた両頬の傷によって口が思うように動かない。口の中にも裂けた傷口から血が漏れ入って一杯になり鉄くさい血を吐き出す。もはや普通に喋ることも出来なかった。


 これは昔の夢である。南北大乱史に名を残す、長く苛酷で残酷な戦いの幕開けとなった時の夢であった。


*****


 「軍人さん、着きましたよ」


 「…んあ?」


 馬車の運転手の言葉で信三郎は夢から目が覚めた。


 「また戦の夢か」


 左目をこする手が、自然と右目の眼帯と両頬の傷後を触る。軍帽を被り直し辺りを見渡した。


 今日で何度目の驚きだろう。森を抜けた小さな街の中に存在する大きな正面門、その後ろに広がる広々とした庭、そして庭の中に立つ巨大な屋敷と建物の数だ。建築と美術の粋を集めたと表現してもおかしくない華やかさがある。偉い人が住まう邸宅だと言うならともかく、学問の学ぶ場所だとは考えられなかった。


 「ココデスカ?」


 と、信三郎は馬車の運転手に尋ねた。


 「そうですよ。ここがグレンヘルド騎士学校です」


 「…ソウデスカ。アリガトウゴザイマス」


 開いた口が塞がらないまま、右手に荷物をくるんだ風呂敷を持ち、左手に松葉杖を持ち信三郎は馬車から降りた。


 走り去る馬車を見送り、左足を引きずりながら正面門に向かう。


 入り口には、西域式の甲冑を身に纏い槍を持ち正面門を警備する番兵が二人立っており、グレンヘルド騎士学校の学生と違う服装でなおかつ外国人の信三郎を警戒して声をかけた。


 「失礼だが、何用かな?」


 と、番兵の一人が信三郎を見下ろしながら尋ねた。身長差はだいたい50センチ以上はあるだろう。


 「東域ノ夷竜洲国カラ来タ北兵衛信三郎銃兵少尉デス。入校ノ旨ヲ取リ次イデモライタイ」


 「東域から?」


 「ソウデス」


 「少し、お待ちを」


 番兵は部下を呼び出し、やってきた部下に二三事を申しつけ、騎士学校内に向かわせた。正面門から校舎まで多少の距離があり、戻ってくるまで少々時間が掛かりそうだった。


 「暫くお待ち下さい」


 「ワカリマシタ」


 そう言って信三郎は番兵に背を向け、騎士学校の周りの街を見渡した。番兵の面を覗きつつ校舎を見渡す気にはなれなかったからだ。

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