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第二話 異国の地

 東域の新興国の夷竜洲国は、半年前の南北大乱まで海外との交易が殆どない鎖国状態であった。


 そのため、海外を行き来する船舶の数が非常に少ないのが夷竜洲国の海運事情だ。


 腹部の傷が回復して退院した北兵衛信三郎は、西域へ向かう日が来た。だが、その旅路は大変なものであった。まず、夷竜洲国から西域まで直接往来する船がないため最初に北朝が南北大乱中に獲得した東域大陸の未開拓地へ向かう。


 未開拓地の内陸部こそ労働力や予算の不足などで開拓が進んでおらず人跡未踏の地であったが、沿岸部は整備が行き届いており外国の船舶の補給地として機能していた。しかし、その船舶の中にも旅客船は無く交易を主とした商船が多くを占めている。信三郎は次に西域の方へ向かう商船に乗り換え海路を行く。そして、また別の港で船を乗り換え、手間こそかかるが着実に西域へと向かった。


 信三郎が留学するリヴォルドアの正式な国名は、『リヴォルドア騎士団国』と呼ばれる十二の騎士団の領土からなる連合国家である。


 西域諸国に劣らない近代的発展を遂げているが、古い慣習と近代的な制度が入り混じった国家体制が見受けられる。また、十二騎士団の合わせた所領は広くなく、西域諸国の中でも国土の小さな国だ。


 だが、近代国家である事には変わりはない。信三郎は、リヴォルドア騎士団国で唯一の近代軍事学を学ぶ事のできる『グレンヘルド騎士学校』への入学が決まっていた。軍隊が設立した軍学校では無く、国立大学として運営され十二騎士領から選抜された将来を約束された若者達が政治、経済、軍事などを学ぶ。


 十五の年から入学し、学年を上がるにつれて学習する科目が増え内容が濃くなっていく。四年間を騎士学校で過ごすのだ。


 信三郎の場合も、一学年への編入が決まった。西域暦の春の新学期に合わせての入校となった。


*****


 リヴォルドアのとある港は、商船や客船など多くの船が往来して人が集まり商店が並び活気があふれている。


 ある初老の男がその港に近頃から訪れるようになっていた。西域の洋服を着こなし、その身なりから高い身分の人間と見て取れる背丈は周りを行き交う西域人よりは低く、被る帽子の間から白髪の混じった黒い髪が見える。肌の色も白色の西域人に比べ黄色だ。それもそのはずである。初老の男は夷竜洲国北朝から派遣された公使館の役人である。


 彼の役目は、リヴォルドアに来る夷竜洲国北朝からの留学生の異国の案内役や留学先の手続きなどを手伝うことだ。


 しかし、肝心の留学生を乗せた船が来ないのだ。到着予定日は過ぎ、十二日目となる。公使館が集めた情報では、留学生を乗せた商船が途中で嵐に会い遭難したと言うが定かではない。


 この日も、夷竜洲国北朝の公使館の役人は早くから港に訪れ、来る当ての分からない留学生を乗せた船がやって来るのを待っていた。


 水平線の向こうを眺めながら煙草を吸い、時々懐から懐中時計を取りだして時間を確かめる。


 海の向こうからは絶え間なく船が港にやって来て、船が港から遠ざかって行く。だが、役人の求める船は現れない。


 港は晴天の下、気分の良い景色が一望できているが、役人の心中は気分がすぐれずにいた。


 「あの、あなたは夷竜洲国の方ですか?」


 「うん?」


 後ろから声がした。これまで港で誰からも声をかけられる事が無かったが、自分が夷竜洲国人と分かっていることから役人が振り返ると、そこにもまた自身よりも頭一個分もある若者がいた。


 食文化や食糧事情の違いから、東域の夷竜洲国人の背丈は西域人に比べて数十センチも差がある。


 因みに、夷竜洲国人の男子成人の平均身長は150センチであり、それは女性の平均身長2、3センチ高いだけである。


 軍服。と言うより軍服を模した制服を着こなした若者だった。


 「君は?」


 と、公使館の役人は若者に尋ねた。


 「グレンヘルド騎士学校のミカド・フェレルアです」


 「夷竜洲国公使館員の松戸利影(まつと としかげ)です」


 流暢な西域の言葉で自己紹介を述べた公使館員の松戸は、西域流の挨拶である握手を求めミカドもそれに応じた。ミカドと名乗る青年は、周りの西域人達とは異なり薄い黒色の髪をしていた。松戸は気にはかけたが口にしない事にした。


 「船はきましたか?」


 その問いに、松戸は無言のまま首を横に振る。


 「そうですか」


 「君は、騎士学校の方から頼まれて来たのかね?」


 「はい。僕は東域の留学生の案内を任されています」


 「そうでしたか。いや本来なら騎士学校の入学手続きを済ませている筈でしたがね、でもそうも行かなくなり困っているところです」


 留学生の死亡が確認できない以上は本国に報告する事ができないし、かたや来ない以上は外国での任務もままならない。


 そして留学生の案内役の松戸の数日間の仕事は、確実な情報が入るまで港で海の向こうを眺めて船が来るのを待つ事だった。


 「来てくれると良いですね」


 「えぇ」


 「ところで松戸さん」


 「何でしょうか?」


 「夷竜洲国からの留学生とはどんな人なんですか?」


 「私も直接は会った事はありませんが、我が国の内戦を戦って十六歳で少尉となったのですから相当な戦上手なのでしょう」


 と、松戸の言ったが、戦上手とは言葉の上での誇張であった。


 「戦上手…」


 ミカドには、その言葉が気になり小さな声で呟いた。


 「何か?」


 「あ、いえ何でもありません」


 暫くしてミカドは去って行き、松戸はその後も数時間待って公使館へ戻った。


*****


 公使館に朗報が入ったのは三日後の夕方であった。


 松戸は外出用の上着を着て帽子を被り手配した馬車に乗って港へ向かった。


 舗装された道路で数台の馬車すれ違い、脇の歩道では人々が行き交う姿を馬車の窓から目にする。


 何度も見る風景であるが、夷竜洲国と西域との文明力の差を松戸は改めて思った。


 馬車が港の方へ近づいて行くと、次第に港に向かう人々の数が多くなっていく。その多くが一般の野次であった。


 「もういい、ここで下ろしてくれ」


 人混みの多さから、松戸は馬車から飛び降りて群集に紛れて港に向かった。西域人の背丈の大きさのせいで前が見えにくく、人をかき分けては謝罪を繰り返しながら前に進んだ。


 見慣れた港である。多少服が乱れても人をかき分け広い空間に出た松戸の目の前に一艘の船が寄港していた。


 帆船のその船は商船であったが、船体はボロボロでマストの数本が折れて無くなっていた。


 十日ほど前に遭難した商船らしいと松戸の側にいた人達が話す声が耳に入る。


 「何てことだ」


 声を漏らしながら松戸はボロボロの商船に近づいて行く。


 丁度だった。船から船員達が降りて来る。みんな疲れきった顔立ちで痩せ細り、無造作な髭が目立つ。服も汚れてボロボロだ。


 船員たちが次々と降りてくる中、松戸の探す人物も遂に降りてきた。西域人によって構成された船員たちより著しく背丈が小さく、着ている服装も全体が濃い紺色で覆われた夷竜洲国北朝陸軍の軍服だ。


 そして何よりも、その人物だと見極められる特徴が顔面の傷跡である。船員たちに負けず劣らずの伸びきった髭で見づらくはなっているが、両頬に南北大乱でできた傷跡があり、右目は眼帯で覆われている。


 「おぉーい!」


 松戸は、人混みの前に出てその人物に向かって叫んだ。すると、荷物を積んだ風呂敷を首に巻いて背負うその人物は松戸に気付き近づいてきた。


 左足を負傷しているのか、左足を引きずりながらやって来る。


 「私は夷竜洲国北朝公使館員の松戸利影だ」


 「夷竜洲国北朝陸軍銃兵少尉の北兵衛信三郎です。いやよかったうぇ。公使館のしょが来てくれて」


 と、疲れ切っていた信三郎は、初めて来る異国の地で同じ国の人間に会えた安堵感から険しかった顔立ちが笑顔に変わった。


 「ひどい旅路のようだったな」


 松戸が尋ねると、信三郎はまるで情けない失敗談を話すように笑いながら応えた。


 「船が嵐にあって遭難するわ、海賊に出くわしてと捕まって大魚の餌になりかけるわ、ろくにまま食えなかったわで散々でしたわね」


 「とにかく生きていて良かった。公使館に行くぞ」


 「お願いします。腹減ってまま食いたいし、ねっぱねっぱな身体を洗いたいし、眠たい」


 松戸の肩を借り、信三郎は待機してある馬車に乗った。兎にも角にも、夷竜洲国からリヴォルドアへの渡航は終わったのだった。

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