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「で、ちい。写真部はどうだったんだ?」
「入れません」
「入れませんか。分かった。災難だな」
「たいしたことじゃなりませんよ。その気になればいつだって……」
私は強がりではなくて、本心から言ったのを理解した直君は手を差し出す。
「何ですか?」
「写真。持っているだろう?俺達に見せてみろよ」
「直君に促されて私は持っていた写真を手帳から取り出して見せた。
「ねえ、月ってこんなに光るもの?」
「それもそうだけど……こんなに惹きつけられるものなのか?」
皆が口々に言っているのは、望遠レンズを使って撮ったエキストリームスーパームーンだ。確か……今年も見られるはずだけど……。
「この月なら、今年も見られるはずです。天気次第ですけど。多分平日なので放課後に見る事はできるはずですよ」
「へえ、物理の先生にかけあってみるか」
「こっちは?この青い様に見える月」
「ブルームーンか?青いというより白いな」
「たまたま白いなあと思って撮影したんです。相当昔に撮影したものです。だからブルームーンじゃないです。勇也君」
「それより、ブルームーンとスーパームーンって何?」
千世さんは私に聞いてきた。私も……そこまで詳しい訳じゃないんだけど。
「ブルームーンは、二通りの解釈があるんです。月の満ち欠けの関係で一ヶ月のうちに二回満月が見える時があります。その二回目の満月事をブルームーンっていうんです。もう一つは、単純に青白く見える月の事もいいますが、一般的には最初に説明した一ヶ月内に二回目に見られる満月の事ですね」
「そうなのね。じゃあ、スーパームーンは?意味からすると特別な月って事?」
「ある意味でそれでいいと思います。月と引力の関係で月も地球に近づいたり、離れたりしますよね。地球に凄く近くに近付く事があってその月の事をスーパームーンっていうんですよ。一際近付く時はエキストリームスーパームーンともいいます」
「そうなのね。じゃあ、どうして満月に惹きつけられるのかしら?」
「それは……狼男のようなものでしょうか。そこのメカニズムがちゃんと解明されたら凄いと思います。
「ちいちゃんは偉いわね。それなら星も好きでしょう?」
どうして月に魅了されるかまでは分からないで答えられなかったのに、真理さんには褒められた。星も好きでしょう?と聞かれてちょっとだけ私の顔が強張る。それと同時に胸がチクリと痛む。久しぶりにゆう君が思い浮かんだ。私はこうやってゆっくりと彼の事を忘れていくのだろうか?それなら私は……それでいい。
「ちいちゃんは理系に進みたいの?」
「いいえ。好きなだけです。今は早い時間だと冬の星座も見られますよ」
「本当?冬の大三角形とか?」
「はい、それにここは高台だから、カノープスが見えるかもしれません」
「カノープス?」
「はい、りゅうこつ座の一等星。地平線に近いので私も肉眼では見た事はないんです」
「よーし、早く作業を終わらせて、冬の星座を見るぞ」
「いいねえ。なんか青春みたいで」
「うんうん。ちいちゃんは多趣味ね」
「そんなことないです。好きなだけで……。父から貰ったカメラなので写真を撮り始めただけだし……」
「ふうん。なあ、この足跡って猫か?」
「多分。綺麗に残っていたから撮影したの」
私は春休みに雪が降った時の写真に目をやる。ぽツンポツンと猫の足跡が可愛らしい。他には梅のつぼみに雪が積もっているのとか、空から降っている雪を犬がポカンと口を開けて見上げている姿とか……そんな写真ばかりだ。私の春休みはテスト勉強とカメラを片手に写真と撮るために出かけたりする程度でゆったりと過ごしていた方だろう。
「ちい、何かされていないか?」
「何かって……。まだ始まったばかりよ。まだ私はあいつを見かけていない。あっちは分からないけど」
「そりゃ、そうだな。何かあれば俺に言えよ」
「大丈夫だと思う。暫くの間はね」
「念の為だ。いいな」
その後、皆で星を見る事になって物理の先生から星座早見盤を借りたりした。いつもより少しだけ早い時間に作業を終わらせた私達は、先生達と一緒に屋上に来ている。屋上は普段は昼休みだけ鍵が開けられていて外に出る事ができるけど、この時間帯は外に出る事ができない。特別だからなと物理の先生に釘を刺されている。屋上はかなり寒くてひんやりとしているけれども、西の空には宵の明星が輝いている。丘の上に立つ校舎を邪魔するものは何もないのでかなり遠くまで見える。海の向こうの工業地帯の灯りもはっきりと見えた。
「あっ、金星」
私は持っていたインスタントカメラで一枚撮影をする。撮った後に星座早見盤を今日の日付に合わせる。最後に方位磁石で位置を確認した。
「ちいちゃんって細かいのね」
「時間をかけて探すのは今日の観測には適さないと思ったので。シリウスの下の方向に見えるはずです……えっと……あった!!」
私は辛うじて見えるカノープスを捉える事が出来た。やっぱり高台だと見えるなあと感心する。




