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「すみません。写真部の見学はこちらですか?」
私は写真部の活動場所になっている生物室の前に立っていた。
「そうですよ。どうぞ」
生物室から聞こえてくる声に甘えて私は生物室の中に入る。その途端に私の足は動けなくなった。生物室の中には久しぶりに見る彼女……理絵がいたからだ。本能的にはすぐさま回れ右をして帰りたいのだが、今は我慢するしかない。今、この場をどうにかやり過ごせばいい事だけに専念する事にした。写真部の人達に、私と理絵の関係に巻き込む訳にはいかないと思っていた。
とりあえず廊下側の空いている椅子に座る事にした。そして、そうやって入部届けを書かないで不自然に見えないで脱出するか……その事だけを考える事にした。
「皆さんは入部希望でいいですか?」
いきなりの発言で私は戸惑う。今は理絵の出方を見てから自分の行動をする事に決めた。一方の理絵の方は既に入部届に必要事項を記入している様にみえた。今日は見学だけで途中退席をする事にした方がいいだろう。
「あなたは?」
「すみません。今日は見学のみで、入部するのでしたら後日改めて入部届けを出したいのですが。それではいけないでしょうか?」
「それでも構いませんよ。では、部の活動ですが、原則的に火曜日と木曜日です。他の日は各自で活動して貰います。今まで撮ったものはありますか?」
活動内容を聞いて今まで撮影した作品はないかと聞かれる。中等部から継続して続ける人もいるようで先輩に作品を提出している人もいる。今日の見学会に私は撮影した写真を持って来ていない。生徒会室に置いてある鞄の中のミニアルバムには撮影した写真はあるのだが……今の私の答えは一つしかない。
「今は持っていません」
手ぶらで参加しているのだから、この答えで間違っていない。それに入部する意思がないのに、見せる必要もないだろう。ふと理絵の方を見ると早速入部届けにサインを終えたようで部長さんに提出をしている。これ以上ここにいるのは危険すぎる。どうやってここから逃げ出そうか?今退席すると、凄く不自然な感じがしてしまって脱出する事が出来ずに私は途方に暮れていた。
「佐倉さん、ここにいたのね。先生が探しているわ」
私を呼ぶ声が廊下からする。廊下を見ると、そこにはまなちゃんがいた。
「本当?角田さんありがとう。すみません、勝手を言って申し訳ありません。今日はこれで失礼します。ありがとうございました」
私は見学の例を言ってから廊下に出た。
「ありがとね。まなちゃん」
「で、ちいちゃん。写真部に入るの?」
「入らない。っていうか入れない」
「そうなの」
「うん。ちょっとね。今は言えないんだ……ごめんね」
私はまなちゃんに原因を言う事を控えた。今、この場で迂闊な事は言えない。
「直君が心配していたから、生徒会室に行こう」
私はまなちゃんに促されて生徒会室に行く。ゆっくりと歩いてくれているけど、かなり校舎の配置がややこしいのだ。これから一人で迷わず目的地に行けるのだろうか?
「変な校舎でしょう?皆……一度は迷うから大丈夫よ」
「そうなのね。その言葉で安心したわ」
「だからね。文化祭は一般公開にはしないのよ」
「そうなのね。その方が確かにいいかも」
文化祭が非公開の原因が校舎の配置が原因と聞いて納得する。秋の学校見学の頃は受験して通学の意思がある生徒が集まるのだからこっちは配置図を手渡せばまず迷う事はないのだ。
「でも、そうは言ってもね。何人かはうちの学校の制服を借りて潜りこんでいるわ」
まなちゃんはそう言うとくすりと笑った。高校はそれでもいいかもしれないけど、中学はそれじゃだめだと思うんだけど。
「そこまでしても、他校に入り込みたいのかな?」
「そこには、それなりの理由がある訳でね。ちいちゃんは……いないの?来て欲しい人」
「私はいないよ。そんな人。いたとしても、ちゃんと学校に行って欲しいわ」
私はまなちゃんに答える。恋人がいるのなら校内デートをしたいかもしれないだろうけど、今の私はそんなことすら考えていなかった。
ゆっくりと窓の外を見る。今の私達は五階の廊下を歩いている。五階の窓からは東京湾が見える。海の向こうは神奈川だなあとぼんやりと考えていた。
「ねえ、ちいちゃん。本当は写真をやりたいんじゃないの?」
「うん。でも、一人でも出来る事だからね。まなちゃんが気にする事じゃないよ。早く生徒会室に戻らないと直君に怒られちゃうかもしれないよ」
「そうかも。直也君は短気だもの。そのうち写真を見せてね」
「うん、生徒会室に行ったら見せてあげるね」
「やった。早く行こうよ。走るよ」
まなちゃんは私の手を取って走り出した。
次回は3月5日です。




