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「さあ、これから一キロは歩くわよ」
「ええ?大変じゃん」
「文句言わない。第一高校に行くにしても、私が通っている高校にしても坂道を登るのよ。とっとと歩く」
目的地の最寄り駅に着く。ホームからも見えるお城は凄く近く見える。でも、現実には緩やかな坂道を上って行かないとならないことに気がついてとも君はぼやいている。
「ほらっ、しっかりしないさい。歩くわよ」
軽く背中を叩いてから私はスタスタと歩き出す。今日の目的地である城跡は隣接する図書館と支所を抜けて行った方が近いし、桜も綺麗に見える。司書を抜けると階段を上る為、更に運動量が増える。全部で二百段程ある階段を上ってしまえば城跡の入り口。今は桜祭りが開催中だから昼間とはいえ人も多くいるだろう。
「ほらっ、もう少しだから頑張って」
「嘘……まだある……」
「そんな事を言うようなら、私が通う高校も大変よ。どうするの?」
私に言われて、彼の歩くペースが少しだけ早まる。それから私達は競い合う様に無言になって階段を上る。城跡の入り口に入って最後の坂を上る。頂上には小さなお城と桜の木しかない。とも君は気が付いていないかもしれないけれども、輪立ち達が歩いていた遊歩道の両側にもソメイヨシノが咲き乱れている・
「きれいだね」
「うん。そうだね」
微かな風邪でも、ハラリと散っていく桜の花が、この場所を異世界の様な錯覚に陥らせる。
「桜吹雪じゃないけど、こうやって散る桜は……雪みたい」
「雪?」
「さすがにそれわね。でも、なごり雪というよりは春の雪。そんな感じ」
私達は暫く優しく降り積もる薄紅色の花びらに想いを募らせる。今年の桜はいろんな人と見る事が出来た。来年は……誰と一緒にこの花を見るのだろう?
「どうして、今日ここに来る事に決めたの?桜なら他にもあるよね、ちいちゃん……ここにはよく来るの?」
とも君は不安そうに私を見ている。ここの桜の木は……いつもなら……皆と……クラブの皆で見に来ていた。去年までは当たり前にしていた城跡のお花見。今年は皆の予定が合わなくて結果的にここでのお花見が流れてしまっただけだ。
「いつもは、クラブの皆だけど……。今年は流れちゃったのよ。先月私が皆とスケートに行った事は覚えているでしょう?」
「うん。そうだったんだ。本当は一人で来るつもりだった?」
「その予定だった。人によってはもうここの桜を見ている人もいるからね。来年もどうなるか分からないの」
「どういうこと?」
「私は城跡の東側を指差す。私が示した先には第一高校がある。
「第一高校?ちいちゃんの知り合いがいるの?」
「うん。何人か通っているわ。一人は……覚えているかしら?小学校までは一緒だった隆君がいるんだけど」
「隆君か……。中学入学で引っ越したから全く会っていないかも。隆君って第一高校なの?」
「そうだろうね。今は隣町のお祖母ちゃんの家にいるよ。市も違うから全く会うことがなくなっただけで本人は元気だよ。あの頃よりは大きくなったけど」
「それだと、俺は会わないだけか。隣町って事は、ちいちゃんの家から近いよね?」
「隆君の今の家は田んぼに囲まれているから私の家からでも見えるけど、相当離れているわよ。皆の予定が合わないと分かった途端に第一高校組はさっさとお花見したんだって。あんまりだと思わない?」
「通学途中に城跡があるんだから改めてはやらないんじゃないか。仕方ないだろ」
「分かっているよ。いつまでも皆と一緒なんて……無理な事だっていう事位」
自分の居場所が不透明で主技う弱音が混ざった本音を漏らしてしまう。
「いいよ。これからもずっと一緒にここにお花見しに来ても」
「えっ?」
「ちいちゃんがいいなら、来年も一緒に行こう」
「とも君の申し出は素直に嬉しいけど、そのまま受け入れられる自信はない。
「時間があったらね」
「そうやって逃げるの?別にいいけどさ、どこにいても皆のちいちゃんだよな」
とも君に逃げると言われてしまうのは。分からなくもない。でも、まだ……自分が誰かの手を取って歩きたいとは思えない。でもどうして、どこにいても皆のちいちゃんって言われないといけないのだろう?
「何……その言い方」
「ちいちゃんは、その気がないのかもしれないけど、気が付いたらちいちゃんの周りには人がいるよね」
「気のせいです」
「今日は……そう言う事にしましょう」
とも君は私に向かって手を差し出した。
「ん?何?」
「あなたはすぐに転ぶでしょう?それにまだ帰るには時間が早いからもう少しお城の桜を見ようよ」
私が答えるよりも先に彼は私の手をひいてゆっくりとお城の展望台を目指して歩き出した。




