春の雪 1
直君達とは生徒会室で別れて、一人で廊下に上靴の音を響かせている。入学式後の特別教室しかないこのエリアは本当にひっそりと静まり返っている。昇降口を出たところで私は意外な人に会った。
「あれ?佐倉さん、まだいたんだ。部活か何か?」
「えっと……綾瀬君だよね。私の中学校の先輩が生徒会の役員で放課後に生徒会室に来るようにって言われていたの。それで今までいたの」
「そうなんだ。だったら生徒会に入るの?」
「さあ?手伝えって言われたから手伝うだけ。現時点では部活は考えていないなあ」
「えっ?そうなの?」
綾瀬君は意外そうな顔をして私を見ていた。うちの高校って部活動はそんなに盛んだとは言える学校ではない。
「うん。私は不器用だから両立させるのは大変だと思うから……すぐには部活動をやるとは決めていないの。綾瀬君はどうしたの?」
「俺、自宅通学じゃなくて寮だからさ。この時間にここにいても不自然じゃないだろう?」
「そうだね。うちのクラスは綾瀬君以外に寮の人っているの?」
ちょっと気になって私は綾瀬君に問いかける。私も一時期寮に入る事を考えていたからだ。
「うちのクラスは俺だけ。でも一年生は何人かいるよ。俺達のクラスの半分は中等部だから」
綾瀬君はそう言って言葉を濁した。
「それはね……。私も最初の自己紹介でびっくりしたわ」
「でも、そんな佐倉さんは同じ出身の奴が同じクラスにいるだろう?」
「偶然にもね。でも他のクラスにもう一人いるのよ。後半クラスだけど。佐藤博子ちゃんは幼稚園からずっと一緒なの」
「それは……見事な腐れ縁だね」
「やっぱり、そう思うよね。どころで、綾瀬君はこれから何処に行くの?」
「俺は駅前の本屋。注文していた本を取りにね。佐倉さんは今から帰るの?」
「うん。だったらバスに乗るよね。一緒に行く?」
私と綾瀬君に駅まで一緒に行こうと誘う。ここまで知ってしまって知らないふりは流石に出来ない。
「そうしのうかな。明日からのオリエンテーションキャンプの準備はした?」
私と綾瀬君はゆっくりとバス停を目指して歩き始める。朝はアキレス腱泣かせの坂道が、今度は膝に負担のかかる坂道に変わる。
校舎から吹き下ろす風が、坂道に沿って咲いている桜の花を散らしている。ちょっとだけ涼しく感じる風。微かだけど……本当に微かだけど潮の香りがしたような気がした。
「きれいだね。桜」
「そうね。入学式にはもう咲いていないかと思っていたのにな」
「私も。でも、後二回はこうやって桜を私達は見るのね。来年も楽しみね」
「そうだな」
私達はお互いに素直な感想を漏らす。
「来年は、陸上トラック側の桜を皆で見るのも楽しそうよね。芝生もあるから遠足みたいだよね」
「それも楽しそうだね。今のクラスのままならできそうだな」
来年の話をした私を見て、綾瀬君は笑い出した。
「佐倉さんって、凄く真面目な人だと思っていたけど……ちょっと意外」
私が……真面目?どこを見たらそう見えるのだろうか?私が言葉を返せずにいると綾瀬君は続ける。
「だって、数学も英語もグループAだろ?」
学校のカリキュラム上、英語と数学は能力別に授業を受ける。上のクラスがグループAで逆がグループDだ。入学式前のガイダンスで、英語と数学のクラス分けと顔合わせをしている。自己紹介後に先生から渡されたのは、三月の末に受けた実力テストの結果だった。問題量も多くて、最初は基本問題なのだが、最後の問題は高校数学の範囲がしっかりと出されていた。
進学塾に通う前までは、プリンご教材で知られている塾に通っていた。進学塾と並行して通っていたけど、中学二年でとりあえず目指していた目標まで学習出来たので止めてしまったが、実力テストの最後の方に出ていた問題はその時に学習していた範囲だったので辛うじて解く事が出来た。要はやっていて良かったということだ。
私のいる前半クラスは、中等部と外部生なので、グループAは自然と中等部出身が集まってしまうようだ。英語は私を含めて外部生がいるのだけど、数学では私一人しかいなかった。
その事実は、私も内部生も茫然としていたようだ。そんな私には更なる追い打ちが待っていた。中等部の皆より、学習時間が圧倒的に少ないので、毎日の授業のほかにプリント課題と更に放課後に補習を受けるように言い渡されたのだ。
この補習は、英語も数学も両方あるので、日程の調整は後で決めると言われたが、プリント課題の方は今日からしっかりと提出をしないといけなくて、今日も明日の分も含まれてかなりの量のプリントも貰っている。
多分……先生達も私がどこまで理解しているのかチェックする為にランダムに問題を用意しているのだと思う。今の所は、主に中学の教科書の内容がメインに出されている。それにしてもハイレベルクラスなのですぐに終わるレベルのものではない。
「課題……大変じゃない?俺英語でもかなり大変なんだけど」
「もちろんよ。ずっと勉強している気がしているもの」
私達は顔を見合わせて笑いあう。ハムスターの様に滑車を回している様な気持ちに少しだけなっていたのだ。