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皆が戻って少ししてから、連絡なしにとも君がやって来た。家には私しかいないから、彼を家に迎え入れる。
「本当に兄貴から聞いた通りだな」
「えっ?なお君ってば何か言ったの?怖いなあ。聞きたくないから言わないで。コーヒーにする?カフェオレにする?」
私はキッチンに向かいながら、とも君に問いかける。
「できたらでいいけど、甘くしたカフェオレがいいな」
砂糖たっぷりのカフェオレが好みなのは、三月に出かけた時に分かったから、少しだけ濃い目のコーヒーを入れる。同時に来鍋で牛乳を少しだけ温める。
「おばさん達は?」
「買い物しながらプールですって。7時過ぎないと誰も帰って来ないんじゃないかな」
「寂しくないの?ちいちゃん」
「どうして?」
「一人でしょう」
「平気よ。昔から……私は一人じゃない。ところで、今日はどうしたの?」
今日、とも君が来た理由を私は知らない。今日来た目的がきっとあるはずだ。
「そうそう、これを兄貴から預かって来た」
とも君が私に渡してくれたのは、三日に貰い忘れていた授業のノート。今日貰った分は少しずつ予習しているけれども、思う様に捗っていない物理が含まれている。
「ありがとう。はい、どうぞ。部活の帰り?」
「うん、今日はね」
「お疲れ様」
私は大きめのマグカップにカフェオレを入れてとも君に渡す。テーブルに少しだけお菓子を置いた。
それと常備しているチョコレートも添える。
「ごめんね。家だと私お菓子食べないんだよ」
「十分だって。それから……ちいちゃんにお願いがあるんだけど」
「ん?何?内容によるけど……とりあえず言ってみなよ」
とも君のおねだりはたまにとんでも無い時もあるからつい構えたくなってしまう。
「又……一緒に出かけようよ。ちいちゃん」
「いいよ。どこに行こうか?」
「俺が考えてもいいの?」
どこかに行こうなら、構える必要がなかったかもしれない。私はちょっと反省する。
「いいよ。決まったら教えて。バイトの調整をするから」
「えっ?ちいちゃん、アルバイトするの?」
とも君がびっくりしている。なお君から聞いているんだろうな。うちの学校……アルバイトは原則的に禁止だもの。
「大丈夫よ。ちゃんと校長先生に許可貰ったし、それに週末しかやらないから」
「何をするの?」
「弁護士事務所で事務のお手伝い。ファイルをまとめたり、新聞をまとめたりね」
「ふうん。大学に行かないの?」
「そうではないんだけど、いろいろあってね」
「ふうん。じゃあ、早めに決める」
「そんなにしっかりとアルバイトしている訳じゃないから」
私はとも君を見て微笑んだ。
「そうなんだ。そういえば、庭の桜の木って今が満開なの?」
庭には、亡くなった両親が春の花が好きで梅と桃と桜の木が植えてある。玄関を開けると今は満開の桜が見える。桜が終わると藤とツツジが咲き始めるはずだ。
「今日はあたたかいから、縁側でお花見でもする?さっきまで皆ともしていたけれども」
私が何気なく言うと。一瞬びっくりして目が丸くなった。
「何しに、先輩達は来たの?」
「雅子ちゃんは庭の絵を描きに、静香は部活が休みだったから。よっちゃんはおばさん達のお使いで書類を持って来てくれて……創君は何だろう?」
「何だろうって、俺が分かる訳ないじゃん」
今、言われるまで創君が来た理由が分からなかった。
「今度会った時にでも聞いてみるよ」
「それがいいよ。太田先輩が目的なしに来るとは思えないし。お花見してみようかな。そういえば……おれお花見した事がないや」
そう言われてみて私もお花見って一人でするものじゃないね。私はカップをトレイに移して縁側に移動する。
「千葉のお城とか……行った事はない?」
「うーん、ないなあ。あるとしたら公民館の桜……かな」
とも君は暫く考えてから答えた。彼の住む地区は公民館に桜の木が植えてある。
一方、私の住む地区ではお宮の一角にあるから秋になると銀杏が綺麗だ。
「行ってみたいな。お城の桜を見に。ちいちゃん、連れて行ってくれる?」
「もちろん、いいわよ」
「明日は入学式だけで……式が終わったら、なお君に呼ばれているけど三時にはこっちに確実に戻れると思うけど……」
「兄貴が?」
「うん。ホームルームが終わったら生徒会室に来るようにって。ところで、とも君。部活はどうなの?」
「平気。春休み練習無かった位だから。生徒会の方も落ち着いたし。君塚の駅で乗る電車が分かれば俺がその電車に乗ってもいいかな」
「それだと、時間に無駄がないよね。そうしようかな。でもさ、それで……いいの?陸上部は?」
「それはそれだからいいの。どころで、ちいちゃんは部活やるの?」
「やるとしたら文化部かな。あんまり考えていないの」
「それと、制服って変わるんだよね?」
とも君がいきなり話題を変えた。どうやら、陸上部の事は触れて欲しくないみたいだ。これ以上の突っ込みは今日は止めておこう。
「それは、とも君が入学する学年からね。私の学年はセーラー服よ」
私は苦笑いしながら答えた。慣れると実は楽チンなんだよね。セーラー服って。
「でも、明日が無理なら土曜日でもいいんだよ」
「うーん、でも明日がいいや。塾は元からないし、授業も五時間だから」
「分かった。だったら、私も着替えたいから、三時半にうちに来てくれる?」
「電話は?」
「それはしない。直接来てくれていいから」
「分かった。でも寒くない?夕方だから」
とも君は私の事を気にしてくれているみたいだ。あの頃に比べたら、今はもうそんなに弱くはない。
「でもね、風に吹かれて花が舞う所がすっごく綺麗なんだよ」
「へえ、そうなんだ。行くのが初めてだから俺凄く楽しみになって来た」
「そうなると、お城に行くのも初めてだよね。少しだけ楽しみにしていたら?」
私達は明日の約束をした後に暫く二人で庭の桜を眺めていたのでした。