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ちいは相変わらず、物知りだなあ」
「そうかなあ?滅多に見られないものなら見ておきたいと思わない?」
「気持ちは分かるけど、それを見ようとするのは大変じゃないか?」
創君は、ひょっとしたら気が付いているかもしれない。この写真を撮った時の事。
「うーん、ちょっと寒さと戦う程度だって。実際に、このブルームーンを撮った時も真夜中だったしね」
「やっぱりな。ちいはその後で風邪を引いていないか?」
やっぱり気が付いていたようだ。この写真を撮った後に風邪を引いて保健室の住民になった時の事。
「創君は誤魔化せないね。確かに学校は休んでいないけど、風邪は引いたよ」
流石、創君。私と9年間ずっと同じクラスだけあるね。そこは私も少しだけ意識した時期もあった。
「ちいはさ、そこまでして写真を撮るんだから、写真家になりたい訳?」
さっきからずっとブルームーンの写真を見ていた雅子ちゃんが聞く。
「まさか。私は事務職に就きたいな。それに私は撮りたい時に撮るというスタンスでいたいの。だから、今のままでいいと思っている」
「それじゃあ続けるの?」
「うん、私の趣味ってこれ位しかないから」
私の趣味といえるもの……写真位かな?今のところは。
「そうか?本だってたくさん読んでいるじゃないか」
よっちゃんが思い出したように私に聞く。
「あれはね。家のものや、図書館や図書室の本を読んでいて自分では買っていないのよ」
買って読み直したい本があまりないのだから仕方ない。あればもちろん買っている。
そう考えると、私は本当に無趣味なのだなと痛感してしまう。
「それなら、料理を趣味にするのはどうだ?」
よっちゃんが私に聞いてくる。料理ね……。
「私の場合は、生きるための手段だから……ちょっと惜しいかも」
よっちゃんの場合は、私が作った夕食をつまみ食いしたい方がメインの目的がする。これからもそんな気がしてならない。
「服は……って、その服って6年生の時も着ていたものよね?」
静香はびっくりして私に聞いてきた。今日着ているのは、ライラックパープルのニットのセーターにシャツにジーンズ姿。至ってシンプルなものだ。家にいるのだから、特に問題はないよね?
「うん。まだ着られるから。捨てる様な状態じゃないから、捨てるには勿体無いよね?」
私がにこやかに答えた。皆は呆れているようだ。まあ、その気持ちは分からない訳じゃない。
「ちい……最近、洋服買った?」
「うん。塾の合格祝賀パーティーがあったからワンピースと靴を買ったけど?それとね、私アルバイト始めたの」
私は皆に伝えた。私の一言はちょっと意外なものと捉えられたようだ。
「えっ?S高ってアルバイトいいの?」
「良くはないけど、学校が承認してくれるといいの。私のアルバイト先はちょっと特殊だから雇主と一緒に学校に了承を貰いに行ったのよ。で、結果的に認めて貰えたってことね。原則的に週末がメインのアルバイトだし」
「どこで?」
「千葉にある弁護士事務所のファイリングのお手伝い。叔母の事でお世話になった弁護士さんの所よ。いろんなことが覚えられそうだから続けたいんだ」
「成程。事務職になりたいお前には最適だな」
「それに学校が優先だから、4月は土曜日だけって事になっているの。自分のお小遣い程度は自分の力で稼ぎたいって言ったら、このアルバイトが決まったの」
「お小遣いって……お前はそこまでしなくても」
「お嫁に行く時の支度代は親の遺産から出すんだもの。贅沢なんて出来る訳ないじゃない。それに私、入学金免除の特待生に結果的になったの。その手続きに叔母達が来るとは思えなかったから弁護士さんについて来て貰ったの」
「それって、相当学力があるってことよね?入試の成績が良かったの?」
「みたい。でも、特待生の辞退があったみたいで私の所にやって来たって感じかな」
「ふうん、それじゃあ勉強しないとダメだろう?」
「まあね、そこはしっかりとやっているつもりだよ。今だって既に宿題出されているんだもの」
「嘘」
「嘘じゃない。あの学校で過ごしていたらそこそこな大学に入れる事がよく分かった気がする」
「そうなんだ。アルバイト先がちょっと普通の女の子では選ばない場所だけどもお前らしいな」
「そうかな?普通でない事……少しは認めるよ」
「ある意味で花嫁修業だよね?」
「ええ?そんなことないでしょう?」
「普通の女の子の時間って言った方がいいのかな?」
「静香……」
「そうだね。あのおばさんじゃあ……そういうこと教えないだろうな。アルバイト時々花嫁修業でさ」
「叔母さんの事は言えるかも。お金の件も完全には解決していないから、私をバイトで雇ったのかも」
叔母さんがちゃんと支払わなくなった時のことも先生達は見越しているのかもと私も思った事はある。
先生達は、偶然だよって笑っていたけど、それはないだろう。修羅場と何度となく踏んでいるはずのプロがそう簡単に手の内を全部見せる訳がない。先生達は、事務所で大人に甘える事も覚えなさいと言ってくれた。
アルバイトの至って普通だ。お茶の準備をしたり、郵便を出しに行ったり、コピーを取ったり。
その間に、将来を見越して少しずついろんな事を教えてくれている。今は専らビジネスマナーのレッスン中だ。
その時のよってなので、電話の応対だったり、来客の対応だったり、その場・その時に教えてくれる。毎日が勉強で凄く楽しい。
「ちゃんと勉強しないと……なんか時間がもったいないって思う様になったの」
「時間がもったいないか……耳が痛いなあ」
「ちいは、S高に行ったのだから大学に行かないの?」
「えっ?決めてないよ。事務員さんなら、ビジネスの専門学校が最短じゃない?」
「それって、学校が許してくれるの?」
「さあ?早く一人で生きていける様になりたい。それが私の夢の一つだから」
私が答えると皆が一斉に溜め息を付いた。四人が揃うとちょっと辛いものがある。
「ちい。気持ちは分かるけど、もっと楽しもうよ」
「楽しむ?」
「そう。高校生になったばかりだもの。ね?」
皆に言われて、私は考えた。こないだまでは……一ヶ月前は私も含めて皆中学生だったのに、なんか不思議だ。
実際、これからの私達の道は皆……バラバラだ。それが私は寂しい訳じゃない。
けれども、どこか漠然とした不安が私の中にはあった。