番外 side智 The mornig when I noticed that there was not you. 君がいないと気付いた朝 5
「ちいちゃんが辛いなら…いいと思う。彼とは?そういう話をしないの?」
俺はふと、彼女の彼氏を思い出して彼女に聞く。アレだけ中が良かったんだから、相談は出来るはずだ。
そして、そんな彼女の口から出た答えは、俺にとっては意外なものだった。
「彼とは…去年の県大会の後で別れたの。私達の専門種目が違うから、別れてからは彼とは合っていないの。でもね、皆は教えてくれる。彼が全国大会のファイナルまで残ったとか。国体に呼ばれたとか…。それもテレビで見ていたけどね。私って…凄い人とつきあっていたんだぁと思った位かな」
「ちいちゃんも、そこを目指していたのか?」
「そうだねぇ…。1年遅れでもいいから近付きたかったのは本音。でもそこの手前よりもっと前の段階が今の私の限界なことは誰よりも分かってるから。もう…いいの。普通の女の子に戻る。元々目立つ事は嫌いだし…」
そう言うと、彼女は唇を噛み締めた。彼女はそう言えば…俺が知っている誰よりも負けず嫌いだったはず。
今の彼女の人間関係だと…その事を言う事ができたとしても、理解はして貰えないだろう。
彼女が今の立ち位置で満足していない事を俺は今の事で理解できたから。何よりも、泳ぐのが好きだったはずの人がそれすら拒絶しようとしている現実を目の当たりにしたらどう返していいのか分からない。
本当にこの人は自分の事に対しては不器用な人だと俺は思う。
自分の思っている本音を漏らすことでさえ、人を選んでいるのだから。ってことは、俺は選ばれたって事になるんだろうか?素直にそれは嬉しい。
「泣きたいなら…泣いたら?」
俺はそう言って、彼女の頭をポンポンと叩くように撫でた。いつもは彼女がご褒美と言って俺にしてくれるものだ。
最近は俺の方が大きくなりすぎたから、俺がかがまないとやってくれないけどさ。
「ちゃんと頑張ってたのは知ってるよ。オフの冬だって、基礎トレーニングやってたのも俺は知ってるから」
「広瀬…」
「いいよ。学校の皆には言えなかったんだろう?」
「うん。言ったら、嫌味にしかならない。こんなこと…なお君位しか言えないよ」
急に兄貴の名前が出てムッとするが、スイミングに関しては、彼女の方が兄貴の先輩に本当はなるらしい。
等の兄貴本人は、さっさと見切りをつけて泳ぐことを止めてしまった訳なのだが…。
「…だよなぁ。でも、兄貴は早々にリタイアしたのだから、ちいちゃんの方が精神的に強いんじゃないの?」
「なのかしらねぇ?どうかなぁ?」
彼女は首をかしげる。そんな可愛い仕種をされて…俺は理性を保つ事ができるのかな?そして俺は続ける。
「俺じゃ、弱音を吐く相手にはなれない?役不足?」
「そんなことないよ。でも…」
それ以上、言葉を言えなくなった彼女を俺は覗き込む。目に一杯の涙を溜めて堪えている彼女が見えた。
そんな…強がっていないで、認めちゃえば楽に慣れるのに。彼女はとにかくいろんな事を抱えう人だから。
俺で出来るのなら、その荷物を下ろしてあげたい。
やがて、彼女は膝を抱えるように顔を埋めた。小刻みに肩が揺れているから泣いているのだろう。
そんな彼女の背中を俺はゆっくりと撫でる。彼女が今、一人じゃないってことが分かってくれれば、今はそれでいい。
やがて、彼女がポツリと呟いた。
「お願い。今は…今は一人にしないで」
「うん。隣にいるよ。今の生徒会は暇だからね」
「もう少しだけ…このままでいさせて」
「うん。寒くなるまで。ちいちゃんはすぐに風邪をひくから」
俺達はしばらく隣り合って夕暮れに染まるベランダに座っているのだった。




