I will graduate something? 何を卒業するんだろう?26
「やったぁ」
「皆の顔…見えた?」
何とかアヴェ・マリアを歌いきった。
私は歌いきることに集中していたから、見ている人の事まで気にする余裕はない。
「えっ…、下手だったの?私?」
「逆よ!全く。この子は」
「そうよ!!もっと自信を持ちなさい」
「じゃあ?成功?」
「それ以上よ!!大成功!!!」
「そうだよ。歌っていたのが、ちいだって気が付いていないもの」
「素顔を隠したのって正解だな」
「俺…人の歌を来てすごくドキドキした」
皆は口々に私の事を褒めてくれる。ようやく私は成功したと実感した。
「お疲れ様。佐倉」
先生に手伝って貰って、私はウェディングドレスから制服に着替えている。
「先生…この綿…どうしよう?」
私はブラジャー一杯に詰め込んだ綿を指差した。
「それは…お持ち帰りしなさい。洗ってから使いなさいね」
「先生、ドレスありがとう」
私はドレスを貸してくれた栗山先生に感謝を伝える。
「それでね…佐倉。先生のおねだり聞いてくれないかな?」
「えっと…それは…内容によります」
「うーん、佐倉…ちょっとかわいくない」
「それはどうでもいいですから。私は一体何をしたらいいんでしょう?」
「私ね春休みに披露宴をするから…歌ってくれない?」
「歌を歌うの?」
「服は?」
「何でもいいわよ。白い服とか黒い服じゃなければね」
「ふぅん。いいですよ。」
「詳しくは今日の帰りに家によるから。それよりも広瀬君待たせてるんでしょ?」
「そういえば、そうだった。忘れるところだった。良かった、先生。思い出させてくれて」
「可哀想な…広瀬。忘れられてて」
「本当。報われないね。クスクス」
「大丈夫だよ。忘れて帰っても、ぷりぷり怒りながら家に来るって」
「佐倉…前科があるんだ」
「コメントできません」
実は、2回ほど約束したのに、忘れた事がある。それはここだけの話。
「それじゃあ、私はもう帰るね。先生、勉強しに来てもいい?」
「いいわよ。図書室開けてあげるわ」
「ありがとうございます。さよなら」
私は相談室を出て、広瀬が待つ生徒会室へ急いだ。
「広瀬…いる?」
「どうぞ」
「おじゃまします」
「おぉっ!!ちいちゃん…なんか…いつもと違う」
「言うと思った。深くは追求しない事。お待たせしました」
「空いている椅子にとりあえず座ってて」
「待っている間、何をしていたの?」
「アンケートの集計や、会計のまとめや…いろいろ。手伝ってもらうことはないよ」
「そう。それは残念」
「ちいちゃん…男と別れたって聞いたけど…本当?」
「あんた、いっつもストレートに聞いてくるよね。まあ、その通りなんだけれども」
「なんで?あんなにいちゃいちゃしてたくせに」
棘のある言い方にカチンとくる。いつもはそこから言い会って喧嘩になるんだよね。
「男女の事は当事者しか分からないものよ。どころで、用事って何?」
話を元に戻そうと試みる。
「そうだった。直也から伝言。明日は行けなくなったから、必要な本のリストは明日俺と一緒に買って来いって。だから…地位ちゃん明日はでーとしよ」
「そうか。なお君大変そうだものね。直君には分かったって言っておいてね。デートというか、私の本の荷物持ちだろうけど…それでもいいならいいよ」
「デートだろ?俺と二人なんだからさ」
広瀬は頬を膨らませがちに早口に言う。
「そっか。今までは二人で行くってのはなかったね。いつもと変わらないでしょ?」
「俺…てっきりふざけるなって言われるかと思った」
広瀬は心から安心したみたいだ。そんなに私って怖い人?
「言いたいことはそれだけだったけど…」
「何かあるの?言ってみなよ」
「地位ちゃん…もう一度、今アヴェ・マリアを生徒会室で歌える…かな?」
「出来なくはないけど、ちょっと疲れているけど…それでもいい?」
「大丈夫。もう一度だけ、聞きたいくって」
「あまり出来が良くないかもしれないよ。それだけは許してね」
いつも、私は広瀬のおねだりには嫌と言えない。
私は、リクエストにこたえる形で歌う事に集中してから、自分の歌いたいペースで歌い始める。
けれども…さっきまでとは違う。歌いながら、涙が止まらない。
2月のあの日の私のような状態の私。泣いたら歌えないのに。今の私の心は棘が刺さったままのむき出しの状態の私。今日はもう…これ以上歌えない。
「ごめん…私…」
そう言って、私は下を向いて床にしゃがみ込んだ。広瀬にこんな顔を見られたくない。彼が知っているのは、強い私だけ。こんなにも弱っている私は見て欲しくない。
「ごめん…俺…調子に乗ってた。気持ちの整理がつく訳がないよな」
「本当にごめんね。いつか、ちゃんと立ち直ったら…その時まで待ってくれる?」
「分かったよ。約束。俺…歌っている地位ちゃんの事が好きだよ」
「…ありがとう」
「私は彼に向って言う。いつもはあまり笑わない彼が私に笑顔を向けている。どうしたんだろう?
「これからも…卒業してからも、俺と会って貰える?」
「それはいいけど…時間が会う時だからね?いい?」
「同じ事…兄貴も言ってた。地位ちゃんに迷惑かけたくないし」
「明日はちょっと早めにお昼と食べてから出て来てね」
「だったら。11時半にちいちゃんの家に迎えに行くね」
「うん、待ってる。私…そろそろ帰るね」
私は立ちあがった。もう、今は学校にいたくなかった。
「じゃあ、俺も帰る。一緒に帰ってもいい?」
私はコクンと首を縦に振った。
きちんと戸締りをしてから静まりかえった廊下を歩く。
「初めてだよね?」
「何が?」
「二人きりで歩くのって」
「そうだった?」
「中学に入ってからは一度もないから。話すことはあっても、出かけるときは兄貴もいたし」
「そうかもね。私は卒業するから、何を言われてもいいけれども…広瀬はいいの?私と噂になっても?」
「今更、俺らの事を言う奴っているのかな?言われても、俺は気にしてないし、むしろ大歓迎だから」
広瀬は最後に何かを言ったみたいだけども、靴を履く音でかき消された。
「特に言ってませんよ。じゃあ、帰りましょ」
私達はゆっくりとしたスピードで校舎から離れる。
「名残惜しい?」
「何が?」
「中学生活が」
「どうかな?早く卒業した言って想いが強かったから…私」
「どうして?」
「自分の意思で何かをしたかったから」
「ふぅん。俺は良く分からないや」
「分からない方が…いいと思うよ」
私は、曖昧に答える。それ以上聞かれたくないから。
私自身、卒業しても暇ではない。考えないといけない事がたくさんある。
全てが、私の希望通りになるとは思っていない。
けれども、大人の想い通りにはなりたくない。そんな事も思っていた。
その後、取りとめのない話をしたりして、明日の約束を確認してから私達は別れたのだった。
第1章本編終了です。
最後に本編番外…二人きりのデート編に続きます。
もうしばらく第1章にお付き合いください