終わった恋の悲しみは 7
「ちい、私達を見下したでしょう?」
「私…そんな事…した記憶がないんだけど?元々私は他人にあまり関心が
ないんだけども。他人の人生に介入したくないだけだけども」
智子ちゃんの表情が少しだけ変わってきた。
「皆の気持ちは分かるよ。今なんて、自分ンも事で手一杯でしょ?悪いけど…私は
相手の悪評を流して、動揺させて相手を蹴落とすことまでして生きようとは
思わないよ。もう、そういう生活は疲れたし、飽きたから」
泳いでいた時の私はそんな感じだった。どんなにいつもは仲が良くっても、
チャンスがあれば相手を蹴落とそうと伺う状態。プールでそんな生活を長くしていた
反動だと思う。
智子ちゃんは、ハッとした顔をして私を見ていた。今までの話のなかで
私が言ったことは一つもないことに気がついたのだろうか?
「ねぇ、理絵がN高なんてたいしたことないって…」
智子ちゃんは唇を噛んだ。余程悔しかったみたいだ。
「それ…私が言ったって理絵が言ったのかな?」
「あれっ?皆って言ったから…つい…」
「悪いけど、私はそんな言葉を言ってはいないよ。私の性格からして、皆が決めた進路に
文句をつけると思う?」
「そう言われると…違うかも。ごめん、何があった訳?」
「実は…博子ちゃんの滑り止めがN高だったんだよね。後は…智子ちゃんでも想像がつくと
思うけどな」
「ごめん。ところで、ちいは公立はどこにしていたの?」
「私?北高だよ。私以外は誰も出願していないはずだよ。K高が受かれば出願取り消しする
からね。誰かいたら、その人に対して失礼になると思っていたしね」
「そうなんだ。ってことは、北高校に行きたい訳じゃないよね。本当はどこを
受けたかったの?」
「私は…商業高校に行きたかったの。でも、どんなに点数が良くても落とすって言われても…
智子ちゃんは出願する?」
「何…それ…?」
「おじが商業科の教師をしているんだ。だから私には来るなって」
「でも、そんな話聞いていないよ」
「そりゃそうだよね。私…言っていないもの。聞かれもしないものをペラペラと言う必要は
ないと思うんだけども…」
「本当にごめん。私が悪かった。ちいは無関係だったんだね」
「それは違うと思う。理絵は私がいかにも言ったように話したんでしょ?そうだとしたら、
それは仕方ないんじゃないかな?私は智子ちゃんを責めていないしね」
私は一つの仮説を智子ちゃんにぶつけてみた。
「それはあるかも。ちいにそんな事をして何かメリットがあるの?」
「さあ?私は理絵じゃないからねぇ」
「ってことは、安井が言っていることも…か。あいつは単純だから」
「そうだね。B高もお金がかかる学校だから…くすくす。特に推薦は寄付金が必須だよね。
智子ちゃんは何もしないでね。あいつは私が仕留めるんだから。言わせたままに
なんかさせない」
私はベランダから、ふざけている安井の方に視線を移した。
「ちい…狩りをする動物みたいだから…その目はやめて」
ちょっと目つきが鋭かったみたいだ。その位いいと思うんだけどもね。
「そう?どうやって仕留めようかな…いきなり核心をついてプライドをズタズタに
するもいいしジワジワ責めてもいいよね。どっちが…ダメージ大きいかなぁ…くすくす…」
「だから、本当に怖いから。それだけ怒っているって訳ね」
智子ちゃんは少しだけ…怯えている様に見える。
「もう一つ聞いてもいい?人の男を取ったって話は?」
「あぁ…それか。前の彼女と別れて3カ月たった人から告白された場合は取ったになるかな?」
「それは…違うね。思い切り悪意が込められてるね。ちい…どうするの?理絵…S高に行くよ」
「そうだね…そうなるね」
「そんなんでいいの?そこまで言われても」
「…嫌だとしても受け入れるしかないでしょ?私の存在がどうしてそこまでするに至るのかは
非常に気になるんだけどね。聞いても教えてくれないでしょう」
「そりゃ、そうだろうけど。いつから…ちいはそんなに強くなったの?」
智子ちゃんの問いに、私はフッと笑う。
「そんなの…皆がそうしたのよ。私は…何も望んじゃいけないの。私が欲しいと思ったものは
私の意思とは別の何かで奪われるだけなんだから」
「そこまで…思いつめる必要ないよ」
「だって…本当なんだもの。やっと手にしたささやかな幸せでさえ…もういいの。
私は何かを望んではいけないの。もう…いろんな事がありすぎて…疲れたよ。
そうそう、最後に言ったこと…ここだけの話にしてくれると嬉しい」
私はそう言ってから、智子ちゃんを置いて教室に戻った。多分…理絵はN高を受けないと
決めたんだろう。…S高が受かれば一緒に通う事になる訳か。
私にとっては、うんざりする事ばかり続いている。理絵に対しては今以上に警戒しないと。
これからは何もしていなくても、攻撃を仕掛けてくるだろう。そういう意味では、
本当にうんざりだった。今日はもう家に帰りたかった。