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In other word・・・  作者: トムトム
2章 歩いていこう ~Ich werde gehen.~
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休みは有意義に過ごすものです1

土曜日の放課後と日曜日の午前中は、高山先生の弁護士事務所でファイリングのお手伝いをしている。貧血で倒れて先生たちにも迷惑をかけてしまった最初の土曜日の放課後、いつものように事務所に行くと真っ先にこないだの貧血でお説教タイムに突入してしまった。

「倫子ちゃん、ご飯は食べているかしら?」

「はい。今は……ちゃんと食べています」

よっちゃんのおばちゃんも先生の所に報告はしてくれていたようだった。昨日の夜、おばちゃんから保険証をちゃんと持って行ってねと言われた意味が良く分からなかったけれども、お弁当を食べ終わった私は高山先生の奥さんに連れられて近所の婦人科クリニックに行くことになった。

「えっ?今からですか」

「そうよ。流石に制服はあれだから、私が来ていたラフな服を貸してあげるわ。そうしたらいいでしょう?」

「でも……」

「女の子なのだからいいのよ。やっぱり……気になる?」

「はい」

本当のことを言えば、婦人科の通院の経験はある。今だって定期的に通院している。通うことには慣れている方だとは思うけど、どうしても敷居は高いのだ。

「そっか。イメージ的には産科だよね。でも実際にはそうでもないと思うのよ」

「頭では理解しているつもりなんです。でも……年齢的に産婦人科となると……そういう目で見られることが多いじゃないですか」

体を壊して入院したのは婦人科だった。でも年齢的には小児科での入院だったから検査で外来に行かなくてはならなくなった時には本当に辛かった。外来の看護婦さんは私の訴えを分かってはくれなかったけど、入院している小児科病棟の看護婦さんは私の訴えをちゃんと理解してくれた。

検査の方も、外来が完全に終わってからに変更してくれたから辛うじて検査できたようなものの、経過観察で通院とは言っても、本当は通院すらしたくなかった。

「でも、ちゃんと通っているんでしょ?」

「もう、手術は嫌ですもの。痛いし、辛いし」

「そうよね。今日行くところは産科はないからもっと気楽に行けるわよ」

「そうですか?」

「きっとね。私の場合は、この子が生まれるまではお休みだけど」

奥さんは5月の末に出産予定日を迎える。優しい手つきでゆったりとお腹を撫でている。その仕草がもうお母さんなのだなって思える。

「どうして婦人科クリニックに?」

「貧血の治療をしましょう。生理の時とかも困るでしょう?」

奥さんは私の事を心配してくれているのは嬉しいけど、ここまで頼ってしまってもいいのだろうか。

「いいのよ。今日は倫子ちゃんにお願いするお仕事がほとんどないのよ。治療が必要なら早い方がいいでしょう?」

「そうですね」

私達はゆっくりと散歩を楽しむかのようにクリニックに向かって歩いて行った。


病院の中に入った時に感じたのは、私が産婦人科で感じた刺々しい視線は感じなかった。

「倫子ちゃん、診察の時に気になることがあったら聞いた方がいいわよ」

「あの……来ないんです。生理。手術前には一応あったのに」

私は誰にも聞けないことを奥さん……久恵さんに聞いてみた。

「あっちの病院では?」

「そのうち再開するとだけ……」

「そうなのね。確かに聞きたくても聞ける状況じゃないものね」

私は首を縦に動かす。親がいれば親に聞くことが出来たけれども、私の場合は誰に聞いていいのか分からなかったから。

「倫子ちゃんが今までの病院の先生が嫌なら、先生を変えてもいいのよ」

「本当に?」

「そうよ。婦人科の先生はその人だけじゃないでしょう?」

「でも……先生は……私の事を我儘娘と言ったから……」

「どうして、我儘娘って言われたの?私に教えられる?」

「産婦人科の……アレがどうしても怖くて嫌だったの」

私がぼそぼそと呟くように言うと久恵さんは大きなため息をついた。

「ああ……私だって嫌いよ。まあ、今になるとそう言っていられないけど」

久恵さんの一言が私には意外だった。今も嫌いなんだけど……それでもいいってことなのかな。

「手術っていつしたの?」

「……中学二年の秋」

まだ、手術をしてから二年経っていない。今でも天気が悪いと手術の痕が辛い。

「そりゃ、当たり前。先生の方がどうかしている。もう、こっちに変えなさいよ。一人で来るのが嫌ならお姑さんに頼んであげるから」

「私……頑張りたい。今の私の体ではダメってことは何となく分かるから」

「何がダメなの?」

「私の夢」

誰よりもそれは分かっているつもりだ。

「どんな夢。教えられるようなもの?」

「家族。私の家族が欲しいです」

私がぽつりと漏らすと、久恵さんは私の頭を撫でてくれた。

「今はまだ法律的には無理だけど……その夢が早く叶うといいのかな。旦那さんがいてくれたら家族が増えるものね」

私の夢を笑うことなく、聞いてくれたことが嬉しい。

「はい」

「大丈夫。私も夫も、所長も……事務所の人は皆、倫子ちゃんが好きよ。もっと子供らしいことをしてもいいのよ」

「久恵さん……子供らしいって何?私……それがよく分からない」

母が亡くなった時も、周囲はいつもしっかりとしていなさいとしか言ってくれなかった。だから私の中では、子供らしさというのがかなり曖昧なものになっている。

「そうね、義人君と一緒の時のようにしていてくれていいんだけどな」

「いいの?」

「いいのよ。私と夫は倫子ちゃんのちょっと年が離れた兄と姉のように思ってくれたらいいわ。そうそう、今日のおやつは何がいい?」

高山事務所は三時ごろにおやつタイムがある。久恵さんは病院からも特に言われていないみたいで、私達よりは少し控えめにおやつを食べている。

「今日は……少し暑いから、ゼリーが食べたいかな」

「うん。それなら病院が終わったら帰りに買って帰りましょう。倫子ちゃんはおやつを食べないの?」

おやつ……あれっておやつなのかな?

「泳いでいた時は、お握りとかふりかけご飯とかは食べていましたけど。泳ぐのをやめてからは……お菓子よりキャラメルとか飴を食べる方が好きですね」

「成程ね。これからはおやつだからって無理に合わせなくてもいいのよ」

やがて、私の名前が呼ばれて診察を受けた。その結果、久恵さんの言う通り、これからは土曜日の午後に病院に通う日が増えたのだった。


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