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Side理絵
いつものようにクラスの友達と学校の坂道を登っていく。そんな私たちの隣を一台のタクシーが通り過ぎて行った。
「珍しいね。タクシーが坂の上まで行くなんてね」
「そうだよね。基本的に禁止されているものね」
「誰か怪我とかしたんじゃないの」
かなりきつい上り坂を上らないと校舎に入れない。丘の上まで歩くだけでもかなりの運動になる。私立学校だから、地元の公立にはいなかったタイプの生徒もかなりたくさんいる。私も人の事を言えないけど、プライドが高い人、見た目だけな人。中には特待生であることをひけらかしている人と様々だ。
英語と数学が共にグループBにいるのでグループAの人たちは羨ましいと思う。人伝に聞いたが、佐倉が前半クラスで両方頭もグループAにいるらしい。特に数学は佐倉以外は全員が内部生という事で、後半クラスの人たちが興味本位で三組に見に行く人をたまに目にしていた。
あいつのことだ、クラスの中心にはいなくても収まるべきところにはいるのだろう。
一度写真部の見学で鉢合わせはしたけれども、結果的に写真部には入らなかったようで私たちが同じ空間で同じ時間を過ごすことは未だに起こっていない。その方が私の方も都合がいいからありがたいっていうのが本音だけど。
「それより、数学の小テストって今日だよね」
「そうだったね。ちゃんと勉強した?」
「とりあえずやったって感じかな」
とりあえずって私は答えたけど本当は嘘だ。自分なりにちゃんとしっかりとやったつもりだ。私よりあいつのレベルが上にいることに納得ができなかった。英語が勝てないのは納得しているけれども、私の得意な数学でも彼女の方ができていたという現実をまだ受け入れることができない。
昇降口で上靴を履き替えて階段を上り始める。校舎には階段が二か所あって、私たちは昇降口に近い階段を普段使っている。階段の横は職員用の昇降口だ。階段を数段上ると、本来聞こえるはずのない声がした。
「ちい、大丈夫か?」
「駅よりは。一人で平気だし生徒用の昇降口が良かったのに」
「残念だが、それは聞いてやれないな」
「宮野先生……」
「広瀬お目付け役ご苦労様。それと頼まれていた佐倉の上靴。そうそう、広瀬はちゃんと生徒口から来るように。佐倉は先生と保健室な」
「はい、先生。直君もありがとう」
佐倉たちはその後もよく聞こえはしなかったけど何かを話していた。
「ねえ、今の生徒会の広瀬先輩でしょ?」
「うん。そうみたいだね」
内心うんざりする。私と広瀬先輩が同じ中学だとは言ったけれども、このタイミングはちょっとだけ都合が悪い。
「ねえ、理絵は親しくないの?」
「うん。なんかあの先輩って近寄りづらいじゃない。それに私の中学校は学区が広いからどうやら同じ駅を使っていないみたい」
本当は、広瀬先輩たちがどの駅を使っているのか私が知らないだけだけど。
「でも、あの人は一緒なのね……えっと……さくらさんだっけ?」
「彼女は、昔からああだもの。広瀬先輩の傍にいる」
「それって親しいってこと?付き合っているってこと?」
「私もあの子と親しくないけど、ああ見えてかなり強かな子だからどうだろうね」
あいつのことをたいしてい知らない同級生に悪いイメージを植え付けることなんて容易い。実際に親しくないと言ったのに、強かな子だと私が言った途端に表情が変わる。
広瀬先輩とあいつはかつて皆に兄妹みたいなものと言っていた。今のあいつにとってそれは今でも変わることはないのだろうか。
「ふうん。人って見かけによらないのね。でも職員口から入るってどうしたんだろうね」
「さあ、でも保健室直行か。体が弱いのかな」
友人の一人が何気なく言った言葉で私は何が起こったのかなんとなくだけど分かっていた。恐らく、電車の中で貧血でも起こしたのだろう。中学の時も集会でたまに倒れていたからね。私があいつの評価を更に下げるためにはこの機会は滅多にないチャンスにしか見えない。
「気を付けたほうがいいわよ」
「えっ?」
「あれが彼女の使う手よ。弱い自分をアピールして、男を取り込むんだから」
「ちょっと……それって本当なの?」
「そうよ。ちょっとぎくしゃくしているカップルの好きに入り込んで男を奪っちゃうんだもの」
本当は違うけどね。あの時の真実を知っている人なんてこの学校に私たち以外はいないはずだ。私もあの二人が別れてから付き合い始めたことは知っている。夏休み前に互いに思い合っていたという事は全く知らなかった。その事実を知らされたのは、合格祝賀パーティーの会場だったわけだけど。あの時もあの二人は近寄ることもなく、佐倉の方は気がついたら会場からいなくなっていた。そのおかげで私は今まで一番長い時間富田君と親しくできたのだから。
あの後、私と富田君は定期的に電話をしているし、土曜日の放課後を一緒に過ごしている。まだ彼氏彼女の関係じゃない。けど、私が少しずつ佐倉に対して悪く取れる話をしていっているせいか、富田君の態度が変化していっていることが分かる。もうひと押ししたら私の彼氏になってくれるのだろうか。
「それって女の敵じゃない。皆彼女の見た目に騙されているの?」
「私からしたらそう見えなくもないかな。今は……様子を見ているんだと思うの。新しいターゲットでも探しているのかしら」
「私、彼女のクラスに同じ中学の子がいるから教えてあげないと」
「そうだね。あの子の被害者なんてかわいそうだもの」
私の話を鵜呑みにして信じ込んでいる友達には申し訳ないけど、利用できるものは最大限に利用するわ。佐倉、あんたの思い通りには絶対にさせない。
「でね、今日の朝に佐倉さんったら、先輩に抱きかかえられるように校舎に入っていったのよ」
「そうなんだ。彼女はもう俺の事は」
「教室が離れているからちゃんと会ったことがないから何とも言えないんだけど……。富田君にやっぱり言わない方が良かったよね。ごめんね。これからはもう彼女の話は止めるね」
「うん……そうして欲しいかな。それよりも、君の事をもっと教えて」
いつものように富田君の家に電話をかける。彼のお母さんのやり取りでは私は嫌われていないような感じだ。この調子で上手くやっていけば大丈夫……なんて思っていると彼から意外な言葉が聞こえた。
それって……私に興味を持ってくれているってことだよね。そう解釈してもいいよね。今度こそ私が富田君の彼女になってもいいよね。




