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今回はヒロイン目線に戻ります。
長時間寝るのなら着替えなさいという事で先生からジャージを借りて一番奥のベッドで休もうとしたら、保健室のドアがノックされる。こんなに朝早くても保健室は大変なのだなあと思っていた。
「おはようございます」
「綾瀬君。どうかしたの?」
「佐倉さんがいるって聞いたから」
「いるけれども、ゆっくりと休ませてあげたいから手短にね」
「はい、分かりました。佐倉さん……仕切りのカーテンを開けてもいい?」
「うん、平気だよ。先生、私のカバンを取ってもらってもいいですか?」
「はいどうぞ。それにしてもかなり重たいわね」
「あはは……おはよう。綾瀬君」
「うわあ。顔が真っ白じゃないか。英語と数学の提出物を預かろうか?」
「お願いしていもいいかな。ありがとう。とても助かるよ」
「数学は佐藤さんに助けてもらうから、今日のノートは気にしなくてもいいよ。今日は先輩とはとこ君と一緒だった?」
「うん。直君とよっちゃんと一緒だった」
「一人じゃなくて良かったな。クラスの方には俺の方から言っておくよ」
「ありがとう。心配かけてごめんね」
誰からか聞いて心配して見に来てくれた綾瀬君の気持ちが嬉しくて私は涙ぐむ。
そんな私を見て綾瀬君が息を飲んだのが分かった。
「ちいちゃん……もしかして泣き虫さん?」
「うーん、そうでもないと思うけど……気が緩んだのかもね」
「先生、いつ頃戻れそうですか」
「昼休みの後かな。午後の授業は何があるかな」
「体育と数学と社会です」
「なら、数学まではここで過ごすこと。体育科にはこちらから連絡を入れておくから」
「ありがとうございます。それじゃ、僕はこれで」
じゃあゆっくり休んでと私に声をかけてから綾瀬君はいなくなった。
「いいわねえ、青春だね」
「先生。綾瀬君には迷惑をかけちゃっているのでそれは申し訳ないです」
「そう?それよりも佐倉さんはうちの愛美と仲がいいみたいね」
「愛美?角田さん?」
「そう。いとこなのよ。私たちも知られると面倒だから周囲には基本的に明かしてはいないの。私の事はえりか先生って呼んでくれると嬉しいわ」
「はい、えりか先生」
「いとこと言えばもう一人いるのよ。うちの学校に。むしろそっちのほうが知られたら大変なのかもしれないわ」
「へえ……まなちゃんは大変そう」
「本人はね。でもお父さんがここで教師って子も何人かいるわよ。あなたたちの学年にはいないけど。こればかりは慣れでしょう。愛美は本当にいい子なの。仲良くしてあげてね」
「それはこちらからお願いしたいです」
「そう。さあ、おしゃべりはここまで。一度病院で採血検査をして貰った方がいいかもしれないわね。そうすれば貧血かどうか分かるから」
「えっと……病院で鉄欠乏性貧血って言われたことはあります」
「あら、じゃあ治療はしているのね」
「はい。でも……疲れると……すみません」
「まずは、規則正しい生活をしましょう。課題の方は、先生方にお伺いを立ててみましょうか。そうしたら少しは楽になれるかしら?」
「数学のフォロー補習は私だけなので数学の先生にお願いしたら早いと思います」
「まずはこれを食べなさい。ゆっくりと休みなさい」
プルーンを一粒食べてから、わたしはベッドに横になってゆっくりと目を閉じた。
「お父さんとお母さん。どこに行くの?」
「お父さんたちは行かないといけないんだ」
「私も行く」
「だめよ。ともちゃんはだめなのよ」
「嫌、私も行きたい」
私はガバッと起き上がるが、ぐるんと目が回ってしまってベッドに逆戻りしてしまった。
「佐倉さん、大丈夫?」
徐々に私の視界が鮮明になる。今は保健室にいるんだった。
「私……夢を見ていました。絶対にあり得ない……そんな夢でした」
「そう。まだ横になっていなさい。佐倉さんは寂しい?」
「寂しくないと言ったら嘘になります。でもそんな私を助けてくれようとしてくれる人がいます。そのことが嬉しいくせにすんなりとその手を取れない自分もいるんです」
「佐倉さんの場合は……仕方ないのかな。一人じゃないことは分かっているのでしょう?」
えりか先生に聞かれて私は頷く。うん、私は一人じゃない。
「でも、折角だからもっと周りを見てみたらどうかしら?少しずつ自分の世界を広げたらいいわ。今は辛くても大人になってからそんなに酷いものじゃなかったと思えるかもしれないわよ」
「そうですね、えりか先生と話したせいかな。また眠くなりました」
「そう。それならゆっくりと眠りなさい」
私は再び意識を手放した。




