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今回は直也目線で話が進みます。
Side直也
突然、トンとぶつかる音がした。身動きが取れないほどではないけど、混んでいる車内では止めて欲しいよな。
「ちい?大丈夫か?直也先輩は動かないで」
ちいを挟んだ反対側にいた義人が素早く反応した。けれども、あいつは返事をしない。
「なあ。こいつって貧血持ちか?」
「今はそうですよ。だからあいつは集会とかは一番後ろにいたほうがいいですよ」
「ふうん……そうか。で、こいつどうする?次の駅で降りるか?」
「それをすると、もっと電車が混雑します。先輩まずは行きましょう。ちいを支えてください」
じゃああいつの荷物は俺が持ちますよとちいの方にかけていたスポーツバッグを取り上げて自分の右肩に引っかけた。
「まずは君塚まで行くか。その後は今日はタクシーで連れていく。義人、お前は正門でいいだろ?」
「平気です。学校についたら、親に電話で伝えます。放課後は俺が迎えに行くかもしれません」
「そうなるかもな。その時は頼むな」
「はい、こちらの方もその時はお願いします」
君塚から病院に行くことも感が言えたが、高等部には保健医がいるので、このまま学校まで運んだほうがいいだろうという事になった。
途中で親切な人がちいが座席を譲ってくれたので、俺らは座らせた。意識は辛うじてあるだろうが、真っ白な顔で目の焦点も定まっていない。
「私……学校……」
「安心しろ。俺たちが連れて行く。心配するな」
「うん。ありがとう」
「家に帰るときは……」
「安心しろ。そこは俺がどうにかする」
「よっちゃん……二人ともありがとう」
一通りの心配事を呟くように言うあいつに、何も心配するな。少し寝ていろと俺は言ってあいつを休ませることにした。
暫くすると手がもぞもぞと動く。それに気が付いた義人はあいつの手を包み込むように握る。
「大丈夫。一人じゃないから。傍にいるぞ」
子供をあやすような言い方をしてあいつを落ち着かせる。やがてあいつも落ち着いたようだ。
「直也先輩、あいつに何が起こっているんですか?」
義人は俺に噛みついてくる。いきなり聞かれても俺も全ては把握していない。
「クラスの中では問題はない。だが外野のほうがちょっとな」
「それって、理絵の奴が……」
「それもあるかもしれないが、一部の責任は俺にもある」
「なんて事をしてくれたんですか」
「落ち着けよ。部活でちょっと手伝わせただけだ。その件が変に話がねじ曲がって広がることはない。その場には部員も顧問もいたのだから。それに伴ってちょっとした逆恨みのようなものだ。ちい本人が悪い事をした訳じゃない」
「はあ……ちゃんとして下さいよ」
「そうだな。ただあいつのレベルの高さはいつまでも誤魔化せるものではないからな」
「それって、特待生のことですか」
「ああ。あいつが特待になった経緯がな……また厄介でな」
そう、あいつから聞いた話だと本来は特待生になりたかった訳ではなかった。
「あいつ……何をしたんですか」
「卒業後すぐに弁護士さんと一緒に学校に行ったんだ。どうやら家庭環境の事前説明と奨学金制度があるのなら活用したいと手続きの申請をしに行ったらしい」
「要は、奨学金の規定をクリアしていた訳ですね」
「そう、直前であったクラス分けも兼ねたテストの結果も含めると特待生規定も満たしていたという事だ」
「かなり強引と言えば強引ですね」
「まあな。特待生として見込んでいた生徒がかなり公立を選択したらしい。そのせいであいつらの年の特待生は俺が入学した時より少ないんだ。で、理事長があいつこそが特待生になるべきという一言で決まったらしい」
「成程。真相は理事会が知っている訳ですね。でもその事が快く思われていないってことですか?」
俺の説明を聞き終わった義人は大きなため息をついた
「まだ知られていない。ただ、数学の授業が付属出身者の中に一人だけ混ざっていることが悪目立ちになってしまっていてな。こればかりは、あいつを責めるのは筋違いだけど、その他絵にあいつの望む普通の女の子が程遠いものになってしまったようだ」
「俺が聞いている範囲だと、それなりに楽しんでいるように見えますよ」
「それはお前に気を遣っているな。昼休みとか朝のホームルーム前に後半クラスの奴らがあいつを珍獣扱いして見に来る事を嫌悪している」
「それなら無意識に疲れていたのかもしれないですね」
「そういう事だ」
「だったら、今日の貧血を起こして倒れたことを上手く利用しませんか」
「どうやって」
「俺達の学年では、あいつが今日のように倒れたりするのを何度となく見ています。それが嫌で体を動かしているんですが、うまくいっていません」
「それは……俺は初耳だけど」
「そうでしょう。あいつが弱音を吐いた事がありますか?」
「ない」
「だから、体が弱い事を周囲に知らしめたらいいんですよ。今日はそのチャンスです」
確かに、体の弱い優等生というキャラなら、ちいでも問題ないだろう。
「悪くはないな」
「それでは、そういう方向に導いてください。学校内の事は俺にはどうにもできません」
「分かった。そろそろ君塚に着くな。義人、あいつの荷物を持てよ」
「はい、先輩の荷物は?」
「俺はリュックだ。その代りあいつを抱くから、ホームのベンチまではこいつの左を支えろよ」
「分かりました」
やがて俺らを乗せた電車は君塚の駅に到着するのだった。
今回のエピソードは貧血を起こして倒れた彼女の一日。多少目線が変わっていくのですが、時間列はほぼずれていないはずです。




