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「普通だって」
「今はそういう事にしておく。ここで何をしていたのさ」
「ちょっと前までは、皆と今日の英語の課題をやっていて……その後に数学をやっていたら、山崎先生が様子を見に来てくれて、今は物理の復習をしていたところ。私物理と化学は苦手なの」
「それは高専のはとこ君……よっちゃんとやらに聞くんだろう?」
「うん。それでダメだったら、電話で知り合いに教えて貰う事になっている」
「いつもそんなに勉強している訳?テレビとか見ないの?」
今井君は不思議そうにしている。
「テレビよりはラジオの方が好きかもしれない」
「やっぱり、ちいちゃんはかなり不思議ちゃん」
「そうかな?そんな事はないと思うけど」
「それよりも英語のノート貸してくれる?明日持ってくるから」
英語Ⅰのノートは結局佐藤さん達に貸しているから、すぐに貸せるのは英文法のノートだけになる。
「英語Ⅰのノートはみちがコピーするって言うから貸したから、今井君はみちから借りて貰ってもいい?」
「分かった。みちの家は隣だから、田中の分までコピーしてやるよ」
「サンキュー。それより、数学の補習プリントってどんな問題?」
田中君に聞かれて、私はさっきまでやっていたプリントを見せると田中君の表情が暗くなる。
「どうかしたの?」
「俺……この問題ほとんど解けないや。ちいちゃんは分かったの?」
「うん。分かったよ。今日のプリントはね、私のノートは……ここだと思う」
私は今日の問題の場所のノートを開いて田中君に見せた。
「何、このノート。凄く見やすいんだけど。部活の休みの時にノートの作り方教えて」
「うん。それはいいけど、山崎先生の板書ってすぐに消されちゃうから大変だよね」
「そうそう。だから家に帰って復習してからやっと分かるんだよ」
「それなら、教科書ガイドを移して持ち歩くといいよ。私はそうしているもの」
「成程。そのうちクラスの奴らがちいちゃんのノートを見たがるだろうな」
田中君が何気なく言った一言に、今井君が凄い勢いでのってきた。
「ん?ちいちゃんの数学のノートそんなに凄いの。ちょっと見せて」
「昭仁。お前さ……図々しくない?」
「えっ?どうして?今見るだけだから構わないだろ」
私に同意を求められるけど、どうやって答えていいのか困ってしまい、答える事ができない。
「俺、山さんの声は子守歌になってしまうんだよ。本当に何をしても無理な訳。そんな俺は可哀想だと思わない?」
確かに、可哀想だとは思うけど、そこはやっぱり自己責任でもあると思うのは私だけだろうか。
「でも、小テストで点数が悪かったって言われていないよね。だから今井君は出来ているってことだよね。田中君はどう思う?」
貸すのは簡単だけど、それはきっと今の今井君の為にはならないと思う。
「そうなんだよな。こいつ、授業を余り聞かない癖に人のノートでそれなりの点数を取るんだぜ」
「ふうん。そうなのね。田中君にノートは貸す。今井君は……田中君から教わったらどう?結果的には田中君も復習になるから丁度いいと思うんだよね」
「成程。それはいいかも。いいよな昭仁」
「分かったよ。お前が最後の砦だからな」
言い方がちょっと気になったけど、最終的には田中君から教わることで納得したようだ。なので、明日には田中君に数学のノートをコピーしてノートの作り方を教えることにした。部活の休みだと来週の水曜日になってしまうそうだから、コピーを渡して自分なりに纏めた方が時間的に無駄がないと思ったからだ。
「なんかさ、俺の扱いが……酷くない?」
「昭仁。お前のノートをちいちゃんに見せろよ」
「ええ、それは無理」
即答で拒否する今井君のノートの内容が気になる。ノートが既にらくがき帳なのか、真っ白なのか……どっちかと思うんだけど……どっちかな。
「見せてくれないのに、人のノートを見せてというのはずるいよね」
「そうだよな。昭仁のノートを見てみたいものだな。ついでに俺のも見る?」
「うん他の人のノートって自分のノート作りのアイデアになる事もあるからね」
「ちいちゃんは、まだここにいるの?」
「多分、いると思う」
「分かった。俺達ダッシュで着替えてくるから待っていてくれない?」
「うん。直君が来ても待たせるから大丈夫だよ」
「そっ、それは……ちょっと……」
「大丈夫だって。行ってきなよ」
私は二人に着替えて貰う様に促すと、二人はすぐに戻ると言って部室に向かって走って行った。
「お待たせ。ちいちゃん。これが俺のノート」早速、田中君は私に自分のノートを見せてくれた。確かに、ノートの一部が空白になっている。
「十分に書けていると思うけど……」
「それなら明日の朝にノート見せて貰おうかな。移しきれなかった所を自力で解いてから答え合わせをしたいかな」
「うん、それならいいよ」
「昭仁。お前はノート見せないのか?」
田中君に促されて、今井君も渋々ノートを見せてくれた。今井君のノートは、やっぱりという程に……白いものだった。辛うじて書かれている時もあるけど、字とというよりは模様にしか見えない。今井君なりに頑張っているのだとは思うけど、ついくすりと笑ってしまった。それから今井君にノートを返した。
「この状態で、テストで点数が取れるって……不条理に思えるから。やっぱり今井君は田中君に教わるといいよ。田中君は、今井君に教える事が復習になるよね。やっぱり今井君は……私の敵だわ」
「そんな……俺との仲じゃないか」
「うん、同じ文化祭実行委員会のね。その言い方は、周囲の人と場所を考えて欲しいわ」
「そうだよな。ちいちゃんにも好きな人がいるかもしれないし……」
何気なく言った田中君の言葉に私は固まる。今はそんな事を考えたくない。
「えっ、ちいちゃん。好きな人はいるの?誰?」
田中君がちいちゃんと呼ぶのは直君に言われた時からだから私も慣れたけれども、気がつくと今井君もちいちゃんと読んでいる。
「今はいない。でも恋って秘め事だと思うから教えない」
「いないんだ。それはいい事を聞いた」
「たいしたことではないでしょ。今井君も……ちいちゃんになるの?」
今井君にもちいちゃんと呼ぶのかと聞いてみることにした。
「だって、クラスで一番ちっちゃいよね。多分」
「そんなことないよ。多分」
強がって見たけど、多分……クラスで背が低いグループに入るのは確実。でもね、身長だけが全てじゃないと思うの。
「それに、足もちっちゃいな。女子と言うより、女の子って感じ?」
「おっとりとした小動物みたい」
「そんなことないよ。イメージが美化しすぎだって」
私は否定するも、彼らはそんなことないよと声を合わせる。今の彼らに何を言っても無駄の様な気もしなくもない。
「多分……近いうちにその思いこみは崩壊すると思うよ。絶対」
「そうかな」
「うん、絶対」
やがて、部室等の方から、ちい帰るぞ、上がって来いと直君の声が聞こえる。
「さて、王様のお世話ですか。仕方ないな。それじゃあ、明日ね」
「王様って……」
「広瀬先輩だと、それらしい表現だよな」
「そうでしょ。あっ、本人には内緒ね」
私は慌てて鞄に荷物を入れて、直君の元に向かって走り出した。




