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「高校で泳ぐ事は考えていないのか?」
「完全に競技は止めましたので、気分転換としては泳いでいますけど。それにスイマーじゃ食べて行けません」
「でも、それだけじゃないだろう?」
「先生達には申し訳ないですが、学費の安さですかね」
「そっ、そこは気にするな」
先生は、ちょっと顔を引き攣らせている……先生達にしたら切ない理由だとは思う。
「それと、私のいた中学校は馬鹿揃いなので、ここまで通う同級生はいないかなと思ったんですよ」
私の答えている内容がかなり後ろ向きなせいか、先生の表情に不安が見える。
「佐倉の同級生は何人いるんだ?」
「私の他には三人います。私からすると三人もいるなりますけど。思い切り計算外ですね。でも最近知った事はラッキーだったなと思う事にしました」
「そんなラッキーな事があったのか。プール以外に」
「はい、教科書が第一高校と同じだったので、知人に教科書等を貰いました。これは本当にラッキーです」
「ん?そうなると、佐倉は本当だったら第一高校を狙っていたのか?」
「あそこに入ると水泳部に入らないといけなくなりますので、最初から考えていませんよ。在校生が上級生も含めて六人いますし、卒業生にも知人がいるので、授業が分からない時は聞きやすいって位ですね」
私はきっぱり答える。成績は問題は無かったけれども欠席日数を考えると、第一高校を受けなかった洗濯は正しかったと今は思う。
「それなら、更に行った方が良かったのでは?」
「ずっとライバルだったんです。ちょっと離れた距離でいた方が気楽なんですよ」
「分からなくもないが、寂しくないか」
「どうしてですか?いずれは自立するんですよ。それに私は私らしく行きたいと思っています。第一高校だと恐らくいつまでも元スイマーがついてきます。そんな過去のしがらみ……私はいりません。過去の成績の全てを否定はしませんけど、その経歴は今の私の為には何もなりません。今の私と見て貰いたいから……丁度いいんです」
先生は私の言っている事の全てを理解していない様に見える。まあ、私も全てを理解して貰おうとは思ってもいなかった。
「広瀬が来るまでといってあまり根を詰めないように。寄り道はしないように。買える前にプリントを取りに来るように」
「はい。ありがとうございます」
山崎先生はそう言って職員室に戻って行った。ベンチにはまた私一人きりになった。
ふと時間が気になってトラックの先の時計を見ると、五時を少し過ぎた位だ。部活はいつもだと六時には遅くても終わる。いつもより早く今日は始まっているので今日はもう少ししたら部活が終わるかもしれない。
一応解き終わった数学のプリントをしまって、今度は物理の復習を始める。物理は明日の生徒会の作業の時にまなちゃんに教えて貰う予定だ。化学と物理は苦手なので、何度も復習をして完全に理解できないといけないなあと今まで受けた授業の中で思っている。私は忠君から貰った浩君の物理のノートのコピーと、自分の授業の板書ノートを見比べていた。忠君のノートもだけど、浩君のノートも分かり易いから自分のノートよりつい頼ってしまう。とりあえず、纏めノートを取り出してコピーと板書ノートを見ながらノートを作っていく。ノートを作っているとようやく授業の内容が分かった様な気がした。
家に帰って、もう一度復習をしてから、後は問題集で慣れるしかないのだろう。
「あれ?佐倉さん、なんで残っているの」
振り返ると、今井君と田中君と他に男子が数人いる。今井君はテニス部だから……テニス部はどうやら練習が終わったようだ。陸上トラックはすり鉢状なので、今井君達は私を見降ろす形になっている。
二人は、先に行っ……同じクラスの子がいたからちょっと行ってくる……なんて言ってトラックの階段を下りてきた。
「部活お疲れ様。キャラメル食べる?」
「女の子だね。貰うよ」
「俺も。今日は扱かれたからな。実行委員の作業って今までかかっていたのか?」
「そんなことないよ。広瀬先輩に私がちょっとこき使われたのよ。あの人……人使い荒いから」
「ああ……広瀬先輩ね。中学が同じなんだっけ」
「うん。夜が遅くなると私の家の周りに街灯がなくて危ないから待っているようにって言われていてね」
「まあ、先輩がいてくれたほうが安全と言えば安全か」
「そういう訳なの。直君がいなくてもいつもは高専に通っているはとこと一緒だから何ともないのだけど」
「それって……男?」
「うん。よっちゃんは生まれた時からずっと一緒だから、男の人って思ったことないなあ」
「じゃあ、加瀬も知っているって事か」
「もちろん。知っているはずだよ。私達がはとこであることは隠していないもの。よっちゃん家に泊まりに来るしね。同じ部屋で寝てないよ。私の家によっちゃんの部屋があるのよ。主に勉強用の」
私が説明すると、二人共微妙な顔をしていた。何があったんだろう。
「それって羨ましいというか、なんというか」
「どうして?」
「だって、テスト前は一緒に勉強をするんだろ?普通なら成績が上がるはずだよな」
田中君達は何を想像しているのか分からないけど、問題を間違えると本当に大変なのだから。相当のスパルタ方式の学習である事は今の二人には内緒にした方がいいだろう。




