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数学の課題を解いていると「何をしている」と声が聞こえた。声の方向には職員室があって、職員室の窓を開けて私の担当でもある数学の山崎先生が覗いていた。
「あっ、先生。今日貰ったプリントを解いているんです」
「あれは、家でやってもいいんだぞ」
「広瀬先輩が待っていろと言うので、待っている時間が勿体無いないから」
「そうか、ちょっと待っていろ」
先生が窓を閉めて見えなくなったので、私はプリントの続きをやる事にした。プリントをコピーしてテスト前にやりたいので、今は幼い子供がよく使うらくがき帳を計算用紙にしている。
「どうだ?進んでいるか?早いだろう、うちの授業は」
「中学に比べると早いですね」
「そうだよな。後半の八組よりは進みが早いからな。それもどうかと思うけどなあ」
「先生がそれを言ったらダメだと思いますけど」
「あはは、仕方ないだろ。あいつらも一期生だからって気負いもあるから。お前が一人で結構こっちとしては心配をしているつもりなのだが」
「ありがとうございます。補習もプリントも」
「補習は委員会の無い日以外は毎日だが……先生は誰でもいいだろうか」
「誰で持って……先生達は大学を卒業しているのだから、問題はないとは思いますけど」
「人によっては、ほらっ……いろいろあるだろうが」
先生の言いたい事は分かったけど、どの大学でも採用試験はあったはずだと思うのは私だけだろうか。
「人はいろんな人がいますから、それよりもここってこの解でいいんですか?別解も……ありますよね」
私はさっきまで自分で解いていたプリントの答えを先生に見せる。
「正解。よくそれに気がついたな」
「なんとなくです。どこかの高校入試で似たような問題があったような気がしたので……」
「成程。センスは悪くないぞ。もっと自信を持って。お前、入試も実力テストもトップクラスだったクラスだからな」
「じゃあ、特待生って実力ですか?奨学金の申請手続きをした後に聞いたので……てっきりそっちかと思っていました」
私は山崎先生に思っていた事を素直に話した。
「それはだな、特待のランクの変更があって変わったからだ。それでお前を含めて数人の通知が遅れたんだ。入試の時の最終問題が全問正解だったのは桜だけ。あのテストは外部だけだから、本当の実力だろう。俺が覚えている範囲だと……物理は頑張れよ」
「うっ、やっぱり。頑張りすぎないように頑張ります」
「佐倉は目指したくないって事か。気持ちは分かるけどな。ところで、どうしてプリントに直接書き込みをしていない?」
余り痛くなかったけれども、私はテスト前にもう一度やりたいから途中でコピーを取る予定だと伝えた。
「それは考えがなかったな。今度からは二枚お前に渡す事にしよう。こっちのプリントも希望者には渡すつもりだったから、ちょっと多めには印刷してある」
「ありがとうございます。まあ、勉強することは嫌いじゃないからいいんですけど、成績は人並みでいいんですけどね」
「今だって、十分だと思うが?大学進学は考えていないのか?」
「分かりません。ただ、勉強はいつだって出来ます」
私は中学を卒業してから進路の事を自分なりに考えていた。その中で結論として出せているのは、一日でも早く自立をすること。その為の手段に就職があるのならそれでもいいと思っている。
「奨学金を申請したって事は、気にしているのは金額面か?」
どうやら山崎先生は私の環境の事を知っているようだ。
「金額面と言うよりは、早く自立したいんです」
「だったら、うちより他の学校でも良かったのでは?」
「それはですね……いろいろあるんですよ。私なりに調べた結果がここだけだった……それだけです」
私がそう答えると、山崎先生は怪訝そうに私を見ていた。
「きちんと話してみなさい」
先生に促されて、私は渋々と明かし始めた。
「まずはプールがないこと。設備も授業もない事はチェックしました」
「うちの学校では、お約束だな。お前、泳げないのか」
確かにこの学校を選んだと言う事は、そう思われても致し方ないと思う。確かに、クラスの中には泳げないということをオリエンテーションキャンプで話していたグループもいた。運良く私は自分がどの位及べるのか聞かれていないので、きちんと自分のレベルと話した事はない。
その事を知っているのは、私と同級生だった三人だけのはずだ。
「一応、中学二年までは泳いでいました。県大会に出たレベルですからたいしたものではありません」
「それを一応と言うのか、それは違うだろう」
「それは、私の市のレベルの低さと確実に出られる種目に絞り込んだからです。私の同期には全国レベルの人も普通にいます。彼らに比べたら足元には及びません。なので、県大会に出ただけど表現するのは間違っていないのです」
山崎先生はきょとんとしている。泳げるから、プールがない学校を選ぶというのはダメなのだろうか?




