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「ちいちゃん。おかえり」
「うん、ただいま」
垂直飛びを跳んで暫くして、ようやく私は解放された。部活が終わるまでトラックのベンチで待っていろと直君に言われてしまった私は、今度はここから動く事ができない。
「ちいちゃんって本当に不思議」
「そうかな?」
立石君が私をジッと見ている。
「だって、あの広瀬先輩に対してきっぱりと言っているから」
時沢君の一言で私も納得してい待った。確かに普段から俺に何か?を崩さない直君は怖い人に見えている事だろう。
「そんな事はないよ。あんな人でもかなりのお節介だから」
「嘘」
「嘘じゃないわよ。私がバスケ部から離れた今は、私帰りますって言えるんだもの」
「うん、確かに」
「それをさせてくれないのは、待ってくれていた皆とまだ話があるのではないか?と思ったのと、私を送ってくれるためのものよ」
「そうなのか」
「駅から直君の家の途中に私の家があるの。それに私の家の周りは暗い所が多いからって……一緒に帰れる時は帰ってくれるのよ」
「だから、朝も一緒なんだな」
「そういう事。乗る電車も同じだから当たり前という……それだけな話なのよ。なんか噂になっているみたいね」
私は直君の事を何とも思っていない事を匂わせる。
「ふうん。かっこいいって思ったことないのか」
「えっ?誰を」
「だから広瀬先輩」
綾瀬君に聞き直してようやく意味が分かる。私にとって直君は……悪戯の共犯者みたいな存在なんだけどな。なので、私の中では憧れのお兄ちゃんであった事も一度だってない。これからもあり得ないと思う。
「ない、ありえないよ」
私がきっぱりと言い切ったものだから、皆がびっくりしている。
「そうなの」
「無理だね。悪戯の共犯者が限界だわ」
「やったんだ……二人して」
「小学校の頃ね。最近は、私が振り回されているだけだわ」
中学になってからは、表立って動いてはいないけど、直君の手駒の一つみたいな存在だろう。そして扱いもそうとも思えなくはない。
「疲れないの」
「慣れた。違うな。私が合わせてあげているって感じかな」
「ここまで言われると広瀬先輩も可哀想かも」
佐藤さんがポツリと呟く。
「そう?私にとっては……だからね。皆は違っていいんだよ。あの暴君が彼氏……まだ死にたくないわ」
「今の言葉……聞いていないから」
「うん、その方がいいよ。私達皆の幸せの為にはね」
その後、私達は今日の宿題を拡げて勉強する事になった。
「えっ、ここでやるの?」
「綾瀬は寮、俺達は徒歩。ちいちゃんは待ちぼうけ。時間は有効に使うべきでしょう」
時沢君の一言で、私達は皆で英語の宿題を解く事になった。数学は……綾瀬君と立石君がグループAではなくて、今日は宿題がないのだという。時沢君と佐藤さんは理系志望なので、今日の宿題の範囲は分からない所はなかったようだ。英語は皆グループAにいる。
「ちいちゃん、英語Iのノート借りてもいい?」
「どうしたの?」
「明日、私当番なんだけど、訳が今一つ自信がない所があって」
「そこなら、訳してあるよ。はい、どうぞ」
私は予習用ノートを見せる。
「今度ゆっくりと借りてもいい?このノート」
「そっ、それは予習用だよ。提出するノートは……こっちだから。こっちの方がいいんじゃないかな」
私は授業後に自宅で纏めるノートを佐藤さんに見せた。
「こっ、このノートがあったら……私、今年は安心かも」
「みちがそんな事を言うノートは凄く気になるな」
時沢君が私のノートを覗きこんだ。
「1レッスンが終わったらノートをコピーさせて貰ってもいい?英語でコレって事は化学とか期待してもいい?」
「化学と物理は苦手だから……私が分かるノートになっちゃうから期待して欲しくないなあ」
苦手な教科は自分が分かる事を優先に書いているから、見せる事を意識してはいない。
「この英語のノートは誰かに教わったの?」
「中学校の同級生の家族に、英語の先生をしている人がいて教えて貰ったの」
「へえ」
本当は加瀬君のお父さんが中学校の英語の先生をしている。中学2年の時にグループ課題で加瀬君の家に行った時に、どうしても英検の問題で分からなくて教えて貰った事がある。その時にノートの作り方を教えて貰った。この場にいるメンバーにその事を教えていい事ではないから話すつもりはない。
私と加瀬君の関係はそれなりに良好だけど、今のメンバーとは個人的にどうなのかも分からない。そのうち話す機会があったら加瀬君に聞いてみようかな。
英語が終わった後は、また少しだけ雑談をして私だけがベンチに残った。




