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それでは、始めるぜ。ちいはいいか」
「いいですよ」
「位置について、用意……」
私は次に鳴るであろうピストルの音を聞く事のみに集中する。
パンと聞き慣れた音を聞いた瞬間に私はボタンを押す。後は選手がゴールラインに入ったその時を確実に刻むだけだ。今度はゴールラインに目線を移してその時が来るのを待つだけだ。
やがて走り抜ける選手達のその時を冷静に刻みながらレーンごとに読みあげる。
私に視線を感じたので、そちらに目線を移すとそこには三年生のジャージを着た先輩と中井先生がいた。
「何か、競技やっていた?」
「マネージャーをやりたくない?」
いきなり突然の質問責めに私はうんざりする。私ってそんなに内向的に見えるのだろうか。
「九年程、競泳をやっていました。マネージャーは……ごめんなさい。文化祭実行委員なのでそちらを優先したいんです。それに私は不器用なので複数のかけもちは出来ません。直君……広瀬先輩に頼まれて生徒会の手伝いも時折しているので現状が私の限界です」
「直也がこんな隠し玉を持っていただなんてな。おい、直也。きっぱりとマネージャーは断られたぞ」
「絶対か?」
「うん。勉強時間が減る事だけは絶対に嫌」
直君は疑いの余地なしという態度で聞いてくるけど、私にだって事情がある。
「お休みの日は、アルバイトをするの。もちろん学校長の許可も貰っていますので」
「バイト?」
「うん、日曜日の午前中と土曜日の午後に。それと日曜日の午後は同期の皆で勉強会もあるから」
私は隠すことなく自分の手帳の予定を見せた。今週の土曜日はバイトにはいかないけれども次の週から行く事になっている。要はそれだけファイリングが溜まってしまっているのだ。
「新学期かだから家にいると思ったのに。諦めるか」
納得はしていないみたいだけど、直君はこれ以上追及はしてこないらしい。私は、ホッとする。
「それに、今私がやっている事もマネージャーさん達ができた方がいいと思うの。これは慣れだからしおお会いを怖がらないで欲しいな。それと一年生もできるとマネージャーさん達の負担も減るとは思うんだけど……どう思う?」
私はシュンとしているマネージャーさん達を気遣う。全てのサポートはマネージャーさん達のお仕事。外部の私が更にサポートするのが当たり前と言うのはおかしいと思う。だから今日だけが特別だときっちりと言っておく必要があると思っている。
「バスケ部のメンバーを見ると……どちらかと言えばかっこいい男子が多いと思う。例え、男の子が目当てでもやるべき事はちゃんとやった方がいい。見ている内容で人は見ていたりするのだ。
「大丈夫かな?」
「大丈夫。慣れるまでは、中井先生だって先輩たちだってサポートしてくれるはずだよ。男子もできた方がいいと思うよ。バスケ部の男子だもの。集中力はあると思うんだよね。五十メートルそう位のタイムならロスタイムより短いよね。数秒を身体に刻み込むのって役に立つと思うんだ」
「成程。暫くは一年生もマネージャーと一緒にやってストップウォッチが使えるように。俺達よりもこの子……人扱いが上手くないか?自前のストップウォッチを持っている女の子って陸上部以外は始めて見たかも」
先輩……かつて親しくしていた女の子に陸上部の子がいた事を暴露していますよ。でもそんな事を言ったら更に大変な事が起こりそうなので絶対に口にしない。不必要に発言をしたら大変な事になることは今までの直君の付き合いで嫌って位に体験しているのだから。
「使えるものは使うというのとモットーにしている為でしょうか。それとも貧乏性だからでしょうか」
「ねえ、君。中学校の水泳部のレベルじゃないよね」
三年の先輩が私に疑いの目を向ける。普通の人ならそれ以上探る事はないんだけど、この人はそういうタイプではないようだ。
「そんなことないですよ。私は完全に中学二年で泳ぐ事を止めましたから。確かに、スイミングクラブの同期には全国大会に出たり、入賞した人はいますけどね」
「そんな中にいたのだから、余程……」
「自分の限界が見えながら続けるのに嫌気がさしたんです。私は県大会にしか出られないレベルのスイマーでしたから」
そう、私はあの状況に甘えていた事なんてなかった。もっと上を自分なりに目指してはいた。現実としては叶う事は一度もなかったけど、その事には後悔をした事はなかった。




