王様と従者……その現実1
「やるとは言ったけど、何を計測するの?」
「五十メートル。マネージャーに任せられなくて」
直君から聞かされたお手伝い……今から嫌って言う訳にはいかないだろうか。
「へえ、ちいちゃん。両手で計測できるんだ」
「この作業は、今日じゃなくてもいいものだよね。私達も見てもいいですか?」
「別にいいぜ。すぐに帰れる支度をしてからならいいぞ」
直君の一言で、今日の作業の終了が決まってしまった。
「だから……私……」
「やるよな?ギャラリー連れて来るんだから」
「うっ……、鬼、悪魔。私の敵」
「言うだけ言え。ちい、そろそろ行くぞ」
「分かったってば。私へのフォローは?マネージャーさんを出し抜くんだから」
「お前の過去を明かせばいい」
あっさりと直君が答える。確かにそうだけれども、それでいいのだろうか。
「仕方ないですね。全く、この人は。ごめんね。手伝うしかないみたいだから皆は早く帰っていいよ」
私は鞄に荷物を詰め込んでいく。
「大丈夫よ。綾瀬君は寮だし、私達は徒歩通学だから。いいものが見られそうだからバスケ部の練習を見てから帰るわ」
「佐藤が言うのも一理ありそうだな。これからもこいつを頼むな。ほらっ、本当に行くぞ」
私は直君に引き摺られるように廊下に出た。
「私、急には走れないよ」
「ンな事は分かってる。その分のケアは家に帰ってからやってやる」
「それなら……いい」
「それでいい。お前は深く考えるな。頼りにしているぜ」
「それよりも急ぐんじゃなかったの?」
「そうだった:
私と直君は急いで陸上トラックに向かうのだった。
「先生、助っ人を連れて来たぜ」
直君に促されて私は先生の傍に行く。そこにいたのは、私のよく知っている人だった。
「あれっ、直也の言う助っ人は佐倉さんか。三組も文化祭の話し合いを始めたんだって?」
「もちろんです。早めに準備する事がいい結果を導くと思いませんか?牽制されている気がするなあ……。何よりも、先生がバスケット部の顧問ってことが一番の驚きだわ」
「お前、先生の見た目から……化学部とか思ったんだろ?」
「そりゃ、そう思うのが普通でしょう」
「オリエンテーションで、基礎体力があるのは知っているけど……一人で四人計測できるの?」
「スポーツテストのレベルなら……。ダメなら帰ります」
「これを使えな。一年をは知らせるけどいいか?」
直君がストップウォッチを渡してくれたけど、画面がとても見えにくい。私は渡してくれたそれを直君に戻した。
「これいらない。自分のストップウォッチがサブバッグに入っている」
私はサブバッグから自分の物を取り出した。自分のとチェックすると。やっぱり自分の物の方が使いやすい。
「こっちでやる。学校の電池交換をしたらいいと思うよ」
「そうか、頼むな。マネージャーは横でタイムを聞きとって」
「はい」
「よろしくお願いします」
私はマネージャーさんに一言かけるけれども、反応はなかった。そりゃそうだと思うけど、こっちも頼まれたからにはしっかりとやらないといけないよね。
「帰宅部女子高生の鞄には不思議だらけだ」
「先生。どんな女の子でも鞄の中は不思議です。私の場合はタイマー代わりに使うのでたまたま入っているだけです。いつでもいいですよ」
私はスタートラインに向かって叫ぶ。すると周囲の空気が一気に変わりだす。私は、大きく伸びをしてから深呼吸をした。ストップウォッチを持ち直してスタートラインのジッと見つめる。
張り詰めたその空気を身に纏う事は好きだ。どんな競技でもこの瞬間を感じるのは好きだ。泳いでいた時は、ここまで楽しむなんて余裕はなかった。自分自身もゆっくりと変化している。自分の周囲もこんな風にプラスにかわったらいいのになあ。




