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「お前ら、俺の可愛い妹分を虐めるなよ」
直君の一言にクラス内が凍りつく。生徒会役員様のお言葉としては、インパクトは大きいだろう。
「広瀬先輩?虐めるってはっきりと言わないで貰えませんか?今すぐに訂正して下さい?さあ」
三年前に中学に入ったばかりの頃に直君にされた仕打ちを忘れていない私はすぐに言い返した。
「先輩?」
「あっ、ああ。お前その言い方こえーからマジでやめろ。程々にな。いいか、分かったか?」
慌てて訂正しているけれども、訂正している事にはなっておりませんと言い返してもいいのだろうか?何も無く教室まで来る人でもないから気を引き締めておく。クラスの皆は私達のやり取りだけを見ている気がするんだけどなあ。
「ところで、今日はどういうご用でしょうか?何もなければ来ませんよね?」
「そうそう。ちいは今日は一人で帰れるか?」
「一人で帰れます。そこまで子供じゃないです。四時位に駅に行けば、はとこと合流できます」
「はとこ……ああ義人か。帰ったらあの家に一人か?」
「当たり前のことを聞くだけに来たのなら、とっととお帰り下さい。はい、さよなら」
私はいつものように直君をあしらう。これもいつもの私だ。悪い事はしていない。
「何かあったら、俺のところに来いよ。分かっているよな?」
「分かっています。先輩」
「御嬢ちゃん、いくつかな?」
「佐倉倫子、十五しゃいでしゅ」
咄嗟に答えたせいか、十五歳ですとちゃんと言えていない事に気が付いた。絶対にそれを狙っていたのだと今になって気が付いた。思い切り直君を睨みつける。
「相変わらず……お前サ行壊滅的だなあ。ぷっ、じゃあな」
私の頭をポンポンと撫でてから、直君は笑いながら教室を出て行った。
昔からサ行がちゃんと出ない時がある。そこをよく直君に弄られる。そんな公開処刑を受けた私は……何から最初にすべきだろうか?
「えっと……今のは……なかったことに……」
「十五しゃいか……かわいい」
「ちいちゃんか。何故かはよく分かるな」
「お兄ちゃん達とお菓子食べる?」
今井君達に早速弄られている私を加瀬君と博子ちゃんは苦笑いして見ている。
「お菓子はいいです。気持ちだけで。ありがとう」
私はそう言い返すのが限界だった。これ以降、この学校でもちいちゃんとよばれる事が決まった瞬間だった。
放課後、今井君はテニス部が忙しいので、一人で残って作業をすることにしていた。今日は通常だと六時間の授業だけども急に五時間に変更になった。多分、直君が昼休みに私の所に来たのはそれが理由だと思う。
よっちゃんの学校が最短で終わっても一時間ほど暇になるので、私は集計作業を始める。ある程度数が纏まって来るとクラスの方向性が何となく分かってきた。
皆の意見としては模擬店をやりたいという意見が多い。他の意見だと迷路とお化け屋敷が同じ位の意見だ。
まずは模擬店にしぼってどんなものにしたいのか掘り下げる為に再びアンケートを取る様に今井君に提案することにしようと思っている。
同時にダメだった時は、何をしたいか再び問いかけた方がいいだろう。大まかに作業が終わったところで私は帰宅の準備をする。
今日は、よっちゃんの学校の委員会があると聞いていたから五時にマックで待ち合わせになっている。今の時間は四時。十分に明るい君塚の町が校舎から見える。よっちゃんと合流して自宅に戻る頃には日は落ちて暗くなっているだろう。帰ってからの予定をバスに乗りながらゆっくりと考える。
明日からは、英語の補習も始まる。前日にプリント課題をもらって次の日に解説を聞くというものだ。今日はプリント二枚びっしりと書かれた文法の問題を説いて明日の朝に提出するようにと言われている。
数学は逆に私一人のはずなので、先生が週に一度ワンツーマンで教えてくれるそうだ。
中学校と事なって各教科の課題の多さに少将は驚きを隠せない。一人マックに着いた私は、ポテトとコーヒーをおやつにして英語の課題を先に片づける事にする。他の課題は物理だからよっちゃんに聞きながら解いた方が早いだろう。私はたまに直君が襲来しても穏やかに過ごせるものだとその時は思っていた。




