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「どうだ?見えているか?」
生徒会顧問の藤井先生がやってきた。いかつい見た目だけど古典の先生だ。
「先生、カノープスが見えるんだよ」
「ほう。それは良く見つけたなあ。角田もはしゃぐとは珍しい」
「ほらっ、あの下……凄く光っているの」
まなちゃんは先生早くと言って先生相手に指を指している。
「で、ここまでの星の知識がある奴は誰だ?お前らじゃないよな」
「すみませんね。ロマンのかけらもなくって。直也が連れてきた中学の後輩ですよ」
「そうか、新入りな。結構秀才らしいじゃないか。両方グループAだからこれから補習続きだってな」
「そうだよ。隣のクラスなの」
「ほう、仲良くしろよ」
「うん」
「ちいちゃん、ちょっといい?」
私は自分が呼ばれた方をゆっくりと振り向くと、そこには大きく手を振っている真理さん達がいる。
「ねえ、ちいちゃん。これで冬の大三角形?」
真理さんと勇也さんの二人で形を作っている。シリウス・ベテルギウス・プロキオン……冬の大三角形。今日の空は星が綺麗に見えるから、きっと全て見つける事ができるだろう。
「冬の星座は一等星が多いので六角形も作れますよ。シリウス・リゲル・アルデバラン・カペラ・ポルックス・プロキオン……分かりますか?」
私は一つずつ辿って行く。ちゃんと六角形に形を辿る事は出来たようだ。
「すげえ……。アルデバランは牡牛座だろ?ポルックスルは双子座で……カペラは……えっと……」
「御車座です。勇也さん」
「本当に詳しいな。女の子なのが勿体無い」
「そうかな?親になったら教える位はできますよ」
「それはそれで素敵よ」
「神話の方は詳しいの?」
「真理さん、それはちょっとだけです。私……カタカナは苦手なので。全く知らない訳ではないです。天の川は英語で何と訳しますか?」
「milky way」
「それは、ゼウスがヘラクレスにヘラの母乳を与えようとしたときのやり時が神話になったとされていますね」
「うーん、神話って大らかにいやらしいな」
「ゼウスにもいろいろありますしね。そこの否定はしません。古事記にも似たような記述はありますから」
「そうよね。そういうものなのかしら?勇也はどう思う?」
「そういうのを俺に聞くのを止めて下さいよ。冬の星座をしていたはずなのに」
「私が道を反らしましたね。ごめんなさい」
「そうだ。そんな子には……デコピンだな」
勇也君にデコピンをされる。力は加減されているようだけど、やっぱり痛い。
「痛いです」
「痛くていいんだよ」
その後も、私はいつもよりはしゃぎながら星座を皆と眺めていた。
「写真はいいのか?」
「うん……いいの」
君塚から千葉方向に帰るのは、私と直君だけだ。真理さんと勇也君とまなちゃんは君塚の駅までのバスで一緒に帰った。まなちゃんは駅前のデパートで働いているお母さんと帰ると言ってデパートに向かって行き、真理さん達は海の方向に向かうバスに乗り換えるという。元々二人はご近所さんなのだそうだ。
放課後生徒会の仕事を手伝う日は、朝直君から言われるのでよっちゃんは先に帰って貰う事にしていた。
天体観測でつい長居をしてしまってもうすぐ二十時になろうとするところだ。
千葉に向かう上り電車の車内には私達以外は高校生の姿はない。
「本当の理由を言えるか?」
「あのね、理絵がいたの。だから……写真は一人で続ける」
私が写真部を止めた理由を話す。やりたい気持ちはあっても彼女と一緒は流石に勘弁して欲しい。
「じゃあ、部活はどうするつもりだ」
「うーん、暫くはやらない。文化祭もあるから」
私は少しだけ考えてから直君に答える。器用ではないから、一つの事をしっかりと取り組んだ方が確実だと思っている。
「お前にはその方がいいかもしれないな。それにうちの学校は部活は強制じゃないし。皆、忘れているだろうが文化祭後の二日間は実力テストだからな」
「そうだね。しっかりとやらないとね」
「お前の事だ。授業対策はしっかりとやっているんだろう?」
「しっかりかどうかは分からないけど、予習して分からない所は先生に聞いたりするつもりだったけどね。暫く放課後は補習があるんだって」
「どうして?」
「前半クラスのグループAは基本的に中等部でしょう?だから一般生のためだって。数学は私一人だもん」
「お前……さり気なく目立つ事やらかしたな」
「好きでなったんじゃないもの。合格してからもちゃんと勉強を続けていただけだよ。直君にあんなに脅かされたせいだからね」
「そうか、俺にも責任があるのか。それは悪かったな。補習があるのなら問題はないだろうな」
「それに、土曜日に忠君の家に行って皆で勉強会するの。直君は覚えている?スイミングの?」
「ああ、あいつはどこに行ったんだ?」
「第一高校。隆君も受かったのよ」
「ちい、お前らの学年って……何気なく嫌味だよな。そういえば、お前は本当は何処に行きたかったんだ?」
「えー、言うの嫌だ」
「笑わないから言えよ」
暫く押し問答をして根負けした私は答える事にした。
「女子高。学力的にはここよりは上になるのかなあ?」
「ここで良かったのか?」
「うん。二年の時の時の欠席がネックになっていたからね。女子高で上位とここで上位なら……そんなに変わらないと思うんだけど」
「そうだな」
「それとね、ちょっと前に知ったんだけどね。うちの学校のテキストって全て第一高校と一緒なの。だから彼らがいるお陰で私は楽をしているはずなんだ」
私は直君に話した。この事実を知ったのは四月になって皆と一緒にご飯を食べた時だ。泳ぐのを止めてもあいたいよねって話になって皆で勉強会をやろうという話になってテキストを確認したら、忠君達と同じ事が分かったのだ。他には、F高の理数科と市立高の英語かも同じである事も分かった。私も含めた八人は三年間お互いに頑張ろうという計画を立てた。皆で互いの学校の定期テストや実力テストの問題を共有している。皆は二年生の夏休みから予備校に通う予定の様だ。
「ちいらしいな。トップレベルは分かったが、下はどうなんだ?」
下か。私も全員の進路先までは把握していない。
「下は……多分O高辺りじゃなかな。ひで君あたりがそのレベル」
「ふうん。あいつと別れたんだ」
「それは中一の夏だから……完全に昔話だよ」
「それはお前だけの話だろ。ひでは?」
「さあ?」
本当は嫌って程に分かっている。それから、きっと……直君も知っているはずだ。だから私は答えない。
「まあ、お前が恋にのめり込むタイプには程遠いから心配していないし」
「なんか……酷い言い方。でも直君の言う事は間違っていない。あいつもいるから、今はいいよ」
「俺に話せるか?」
「ごめん、まだ無理。でも……皆から聞いているんでしょう?」
「それなりにな。でも、おれはお前の口から聞きたいんだよ」
直君は私の目を見る。この人に私の知っている真実を明かしたら……怖い事になるのは確実だから……やっぱり言えない。
「もう少しだけ……時間を頂戴」
「分かったよ。ところで学校は楽しいか?」
「うん。それなりにね。のんびりと過ごしたいなあ」
「泳いでいないからそれなりに過ごせるんじゃないか?」
「そうだといいんだけどね」
その後、最乗の駅に着くまで私達は今日あった事を話したのだった。




