21.二人目の被害者
冷めた表情で、雫は続ける。
「退職金を前借りできたから、治療開始のためにアメリカに行こうと、お父さんはいってたわ。けど、ろくなお金じゃないのはバレバレ。しかもアメリカの治療だって、廃人になるのを数年遅らせることができるだけ」
雫は立ちあがり、立花を見下ろす。
「おじさんはマフィアに銃を突きつけられても動じない、凄い刑事だとお父さんは誉めてたのに……。私相手にタジタジじゃない! 本当にそんなんで犯人、捕まるの?」
立花がなにも反論できずにいると、雫はため息のあと、「帰る」と残して去っていった。
その日、立花が家に着いたのは深夜だった。行きつけの店でやけ酒してからの帰宅となった。
玄関ドアを開けると、「お帰り、パパぁー」と由紀が甘ったるい声でやってきた。
「ねぇねぇ、パパ。近くの公園にねぇ、可哀想な猫が捨てられてたのぉ。連れてきていいでしょ。ねぇ」
「そんなもん連れてきたら、お前ごと公園に捨てるぞ」
そう吐き捨て、立花は寝室に入った。
そのままベッドに倒れ込み、服も着替えず眠りに着いた。
次の日の朝、二日酔いに耐えながら、井川のマンションに向かった。
雫に来訪したい旨をメールで送ると、「りょーかい、昨日はごめんね」との返信があった。
昨晩酒を呑みながら考えた限りでは、ブラッドオーガの犯行とは考えられない。
まだまだ金が足りないので、井川は他にも金脈を探していたはずだ。あまり考えたくはないが、捜査上知りえた情報で、脅しをかけていた可能性がある。
そして、返り討ちにあった……。
ともあれ、井川の預金通帳を確保し、銀行での取引内容をおさえておく必要があった。
課長の話では今日にでも帳場が立つ。ぐずぐずしていると、よくない形で井川のことが署員に暴露されるかも知れないのだ。
あと数分で井川のマンションというところで、課長の石倉から電話があった。
「殺しだ」
「他のやつに当たらせてください。俺は井川の件を追います」
「いいから聞け! 殺されたのはブラッドオーガ下部組織構成員のリーダー格だ。井川と同じような銃痕で、半身が吹き飛んでいる。鑑識にはまわしているが、間違いなく同一犯だ」
立花はすぐにハンドルを切ってUターンし、ブラッドオーガの本部ビルに向かった。本部ビルの前に立花の車が止まると、すぐに若いのがやって来た。
「おはようございます。立花様。神谷が中でお待ちです」
準備のいいことだな、と胸中で毒づきながら、若い男の案内で本部に入った。
一般企業のようなエントランスからエレベーターで五十階に上がり、神谷とプレートが掛かった部屋に入る。
黒革のソファーセットにアンティークの執務机、壁にはお高そうな絵画が飾ってある。警察も課長クラスから個人の執務室を持っているが、広さも豪華さも比べものにならない。
「殺された清宮の件ですよね?」執務机から立ち、神谷がいった。
「そうだ。耳が早いな」立花は遠慮なくソファーに深く腰を下ろした。
「俺らの商売でも、情報は命ですから」神谷もソファーの対面に座る。「すぐに飲み物を用意します。コーヒーでよろしいですか?」
「いらん。で、ホシに心当たりは?」
「清宮は素行が悪かったので、どこで恨まれていても不思議ではないのですが……。井川さんとの接点といわれると……特にはないです」
「それを聞かされて、はいそうですかと、俺が帰ると思うのか?」
「思いませんので、清宮の右腕だというコモタってのを預けます。若造ですが、こき使ってやってください」
神谷はコモタの名刺を差しだした。『王牙エンタープライズ 副代表補佐 小茂田龍我』とあるが、一言でいうとチンピラだ。
「俺に調べさせるってか」立花はフンと鼻を鳴らした。
神谷は笑顔を返してから、小茂田を連れてくるように部下に指示をだす。その電話を切ってすぐに、折り返しがあった。
「つかまらないって、どういうことだ?」神谷は眉をよせて、低い声をだす。
「なんだなんだ、トラブルか?」冷やかすように立花はいった。
「……そういうことか」神谷は表情を戻して、立花に視線を向けた。「小茂田なんですが、酔っ払って暴れたらしく、コウベ署の留置所だそうです」
「じゃあ、今はおとなしく帰ってやるよ」立花は席を立つ。
「俺の電話番号を送っときますんで、今度からは電話でお願いします」
「会うか、電話ですませるかは、俺が決める」そう残して、部屋を出た。
それにしても神谷は、そつがなく、隙もない男だ。疑いの目を避けるために、身内を犠牲にした可能性も充分考えられる。
立花は神谷の表情や言葉の抑揚を思いだしながら、車でコウベ署に向かった。




