第四話 突然の来訪者
着物を脱いでふんどし一丁になり、床座の中央にある囲炉裏の前に腰かけ、父さんと向かい合う。
ここで楽しい話が繰り広げられることは当然なく、お説教が待っている。
「これはどういうことなんだ。説明してみろ」
これとは、まさに汚れた着物のことを差す。父さんがそれを持ちながら尋ねた。一枚しかない服をどうして粗末にしたのかを話せ、と。
「そ、それは仕事をしていた時、薬舗にいた店主になぜかいちゃもんをつけられたんだ。俺は何も悪くないのに」
「いやお前が悪い」
「な、何で決めつけるの」
「そんなの決まってる。お前の憎たらしい目だよ」
深くしわを寄せながら、父さんが人差し指を俺の顔に指して力強く答える。
(もうそんなの知ってるよ。俺の目が気持ち悪いことなんて)
再三言われ続けてきたことだから予想はついてた。父さんは俺の目を異常なまでに毛嫌いしてる。別に好きでこの目を持ったわけじゃないのに、父さんは事あるごとに言ってくるんだ。お前の目は気持ち悪い、目力が強く見られたものじゃないと。
「でも……どうしようもできないし」
「黙れ! せめてもっと愛想よくしたらどうだ? お前に見られているこっちの身にもなれ、身に覚えがないのに睨まれているように感じるんだ。きっと店主もそうだったんだろうよ」
父さんはそうだと思い込んだら何を言っても信じてくれない。そもそも俺の言葉を信用してくれたことなんてないけどな。確かに俺は傍目から見れば不愛想な男だろうが、そんな器用に表情管理できるような人間じゃないんだよ。それでも家族のために毎日仕事に出掛けて汗水たらしてる。そんで金もらっても一銭だってもらえない。飯も少ない。褒美もない。こんな不満だらけな毎日なのにその上愛想までよくしろなんて……。じゃあもっと褒めてくれよ、愛してくれよ、頼むから。
「うん。俺が悪かったよ、ごめんなさい」
落ち度なんて一切ないのに、謝るしか選択肢がなかった。抵抗すればするだけ父さんの怒りを買うだけだから素直に謝るのが一番いい。そうすれば説教から解放される。
「お前本当に思ってるのか? 上っ面で仕方なく謝ったようにしか聞こえねえよ。ふざけるのも大概にしろ」
「そ、そんな。俺は心からそう思ってるよ」
「口では何とでも言える! お前の本心はその忌々しい目で分かるんだよ!」
父さんの声がより一層迫力を増した。胡坐から膝立ちになり、怒号を飛ばす。
俺の左耳が彼の声の余韻をより長引かせ、耳を塞ぎたくなった。
父さんの機嫌悪さを収めるすべはない。こうなったら必死に土下座して許してもらうしかないか……。
「本当にごめんなさい。これからは愛想よくします。許してください」
一つ一つの言葉を丁寧に言いながら、おでこを畳に付けて土下座の姿勢を取った。これで沸騰した頭を落ち着かせてくれるといいけど。
「おい頭を上げろ。そんな見かけだけの土下座は求めてない。もう二度とやらないように体にきっちり教え込んでやる」
俺の心臓が大きく跳ね上がり、体が小刻みにわななき始める。今から起こることに対する恐怖が体全身を巡り、吐き気を促した。
「早く頭を上げて、立ち上がれ」
呼吸が荒くなる。上手く息が吸えない。でもすぐに顔を上げないと父さんをもっと怒らせるだけだ。
俺はゆっくりと立ち上がった。前髪で視界が隠れているから父さんの顔を見ずに済んだけど、その分、俺にどんな顔を向けているのか想像するだけで恐ろしくてどうしようもなくて、渇いたはずの涙が浮かび上がりそうだった。
「死なない程度に済ませてやるから安心しろ」
その言葉を最後に勢いよく風を切る音が聞こえた。
俺は瞬時に目を瞑った。
(来る!)
「トントントン」
入口の扉を誰かが叩いた。
「―――あ? 誰だ、こんな時に!」
(だ、誰だ?)
俺は閉じていた目を少しずつ開き、殴りかけた父さんの腕と不満げな表情を目視してから、来訪者がいる扉に目線を移した。突然の訪れに戸惑いを隠しきれないが、すんでのところで暴力を止めたその人に感謝の心を向けていたことも確かだった。




