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第四話 名前を付けたら責任まで付いてきた

※この話は、

 会社ができた話です。


 立派な理念はありません。

 覚悟も、たぶん足りてません。


 それでも名前だけは付きました。

 だいたい、そんな始まりです。



 名前を付ける、という行為は。

 思っていたより、ずっと重かった。


 俺たちはまだ奴隷だ。

 首輪も外れていない。

 危険区域担当という肩書きが増えただけで、

 待遇が劇的に変わったわけでもない。


 それなのに。


「……名前を決めろ、か」


 管理棟から戻る道すがら、

 俺は小さく呟いた。


「決めるって言われてもな」


 リーゼが鼻を鳴らす。


「嫌なら断ればいい」


「断れる立場なら、

 そもそも奴隷やってないです」


 ミリアが冷静に言う。


「でも、名前を持つのは悪くないわ。

 少なくとも“まとめて処理”されにくくなる」


「……それが目的だよな」


 ガルドは何も言わない。

 ただ、工具袋の紐をきつく結び直していた。


 あの商人の言葉が、頭から離れない。


――名前のない組織は、守られない。


 守られない、というより。

 消されても困らない、が正しい。


「……」


 俺は空を見上げた。


 この世界の空は、やけに広い。

あ、なんかきもい形した鳥飛んでる

 そして、逃げ場がない。


 個人は弱い。

 それは、どの世界でも同じだ。


「……会社、か」


 口に出すと、少しだけ笑えた。


 異世界。

 奴隷。

 危険区域。


 この状況で“会社”を作る発想が出るあたり、

 自分でもどうかしてると思う。


 でも。


「個人だと、

 簡単に殺されるんですよね」


 ミリアが、ぽつりと言った。

恐ろしすぎるだろここの世界は。


「判断を間違えたら、

 その人が消える。

 責任も一緒に」


 リーゼが、少しだけ目を伏せる。


「……それは、嫌だ」


 ガルドが低く言う。


「名前があれば、

 責任は分散する。

 道具じゃなくなる」


 全員の視線が、俺に集まった。


あー、やめてほしい。

 こういう時に、期待されるの。


「分かってます」


 俺は、息を吐く。


「だからこそ、

 軽い名前にはしません」


「重い名前にするのか?」


 リーゼが聞く。

この子は屁理屈っぽい事ばかり言ってきやがるぜ。


「いや」


 首を振る。


「重さは、後から勝手に乗ってきます」


 名前を付けた瞬間に、

 責任は逃げ場を失う。


 だったらせめて、

 名前だけは――


「…ひねくれてていい」


 自分でも驚くほど、

 素直な声が出た。


「真面目すぎると、

 たぶん潰れます」


 ミリアが、少しだけ笑う。


「それ、分かるわ」


「だろ?」


 俺は肩をすくめた。


「どうせ俺たち、

 英雄向いてないんで」


 リーゼが、鼻で笑った。


「確かに」


 ガルドが、静かに頷く。


 ――こうして。


 俺たちは、

 名前を持つ準備を始めた。


 それが、

 取り返しのつかない一歩だと知りながら。


その日はいつもの作業を終え、各々寮(豚箱)へと戻って行った。


―――――


翌朝。

てかガルドのおっさんイビキうるせえよ。寝れねえよ。


 名前を決める日が来た。


 正確に言うと、

 決めないと殺されはしないけど、確実に詰む日だ。


「……顔が終わってるぞ」


 リーゼが言う。


「どの辺が?」


「全部」


 こいつほんと口悪い。

 でも正論だから腹立つ。


「緊張してるだけだ」


「緊張すると、

 そんな“残業三日目の中間管理職”みたいな顔になるのか」


「なる」


 ミリアが淡々と追撃する。


「客観的に見ると、

 今のあなたは“責任を負う気はないのに前に立たされた人”よ」


「やめろ。

 自己分析が的確すぎる」


 ガルドは無言で頷いた。

 たぶん同意している。



 管理棟の奥。


 扉が閉まった瞬間、

 空気が露骨に“仕事モード”へ切り替わった。


 机の上には紙。

 印章。

 封蝋。


 どう見ても

 **「後戻りできませんセット」**だ。


「座って」


 商人が言う。


 全員、素直に座る。


 俺は内心で思った。


(異世界来て一週間も経ってないのに、

 もう会社名決めさせられるのおかしくない?)


「では聞こう」


 商人が淡々と続ける。


「君たちは、

 名前を持つことを選ぶか?」


 リーゼが即答した。


「持たないと?」


「便利な奴隷班のままだ」


「じゃあ持つ」


 判断が早すぎる。


「思考プロセスどこ行った?」


「いらん」


 潔すぎる。


 ミリアが冷静に補足する。


「名前が無いと、

 失敗した時に“全体の問題”になる」


「名前があると?」


「“特定の誰かの問題”になる」


「……どっちも地獄では?」


 ガルドが低く言う。


「……だが、

 後者の方が生き残る」


 全員、静かに頷いた。


 俺だけ、胃が痛い。



「で」


 商人が俺を見る。


「名前は?」


 来た。


 逃げ道、完全消滅。


 俺は紙を引き寄せる。


 昨日、

 強そうな名前を十個考えた。

 全部却下。


 強そうな名前は、

 だいたい殉職フラグ。


 立派な名前は、

 だいたいブラック企業。


「……これで」


 ペンを走らせる。


 ISEKAI Co., Ltd.


 ここで一つ補足しておくと、

 この世界では文字がだいたい共通で、アルファベットも普通に通じる。


 理由は知らない。

 というか、誰も気にしていない。


「……読めるな」


 商人が、当たり前のように言った。


「読めるんですね?」


「読めるが?」


「……ですよね」


 リーゼが鼻を鳴らす。


「読めなかったら、

 ここで止まってただろ」


「確かに」


 ミリアが淡々と頷く。


「契約社会で文字が通じない世界は、

 たぶん先に滅ぶわ」


「異論はない」


 ガルドがぼそっと言う。


「……意味は分からんが、

 字はちゃんとしてる」


「評価ポイントそこ!?」


 だが、

 誰もそれ以上深掘りしなかった。


 読める。

 書ける。

 意味は分からない。


 ――十分だ。


「……イセカイ?」


 商人が首を傾げる。


「意味は?」


 来たな。


 俺は一瞬考えて、

 全力で誤魔化した。


「社内用語です」


「社内?」


「はい」


 リーゼが横から言う。


「お前の脳内用語だろ」


「黙って」


 ミリアが冷静に刺す。


「でも、

 分からない名前の方が

 管理しづらいわね」


「そうだ」


 商人が笑った。


「意味不明な名前ほど、

 記録に残る」


 封蝋が押される。


 ISEKAI Co., Ltd.


 紙に刻まれたそれを見て、

 俺は思った。


(あ、これ

 完全に“後戻り不可イベント”だ)


「本日より」


 商人が言う。


「君たちは

 ISEKAI Co., Ltd.だ」


 リーゼが俺を見る。


「で、

 お前は何だ」


「嫌な予感しかしない」


「社長か?」


「やめろォ!!」


 即座に否定した。


「その単語、

 俺のHP削る」


 ミリアが真顔で言う。


「でも判断役でしょ」


「……はい」


 ガルドが頷く。


「逃げ場、

 消えたな」


「うん」


 俺は苦笑した。


「名前を付けたら、

 責任まで付いてきました」


 商人が満足そうに言う。


「それが、会社だ」


 ――最悪だ。


 でも。


 なんだか、

 ちょっとだけ笑えた。


 その日は、仕事がなかった。


 正確に言うと、

 仕事をさせる側が「今日はもう何もさせるな」と判断した日だった。


 理由は簡単だ。


「……会社、出来たんですよね」


 俺が言うと、

 監督が露骨に目を逸らした。


「今日は解散だ」


「え、いいんですか?」


「……妙な区切りの日に働かせると、

 ろくなことが起きん」


 珍しく、まともな判断だった。



 というわけで。


「飲むぞ」


 リーゼが言った。


「え?」


「祝うんだろ」


「何を?」


「会社だ」


 あっさり言われた。


「祝うんですか、

 これ」


「名前付いたんだろ」


「付いたけどさ!」


 ミリアが冷静に補足する。


「この世界では、

 区切りの日に酒を飲むのは普通よ」


「じゃあ逆に聞くけど、

 酒どこから出るの?」


「私」


 ガルドが、小さな樽を置いた。


「……用意してた?」


「決まる気がしてた」


「お前、

 未来予知でも出来るの?」


「経験だ」


 重い。



 場所は、いつもの寝床の奥。

 誰も使っていない空間。


 酒は濁っている。

 匂いは強い。

 でも――


「……うまい」


 リーゼが言った。


「そうだな」


 ガルドが頷く。


 ミリアは、慎重に一口飲んでから言う。


「……思ったよりマシね」


「それ、

 最高評価ですよね?」


 俺も飲んだ。


「……うわ」


「不味いか?」


「いや、

 現実逃避にちょうどいい味」


「褒めてるのか?」


「たぶん」



「で」


 リーゼが、酒杯を置いた。


「役割だ」


「出た」


 嫌な予感しかしない。


「会社なら、

 役職がある」


「ありますね」


「決めろ」


「今!?」


 ミリアが頷く。


「先延ばしにすると、

 全部あなたに来る」


「それはもう来てる!」


 ガルドがぼそっと言う。


「……責任者、

 必要だ」


「それはそうだけどさ!」


 リーゼが、俺を見る。


「お前」


「はい」


「判断役だろ」


「……はい」


「なら」


 一拍。


「トップだ」


「待て待て待て待て」


 俺は即座に首を振った。


「それは違う」


「何がだ」


「俺、

 責任を背負う覚悟はあるけど、

 威張る覚悟はない」


「威張らなくていい」


 ミリアが即答する。


「判断して、

 責任を取ればいい」


「それ一番重いやつ!!」


 ガルドが静かに言う。


「……社長、

 という役職がある」


「言うな」


「事実だ」


 リーゼが追撃する。


「社長」


「言うなって!」


「似合ってるぞ」


「どこが!?」


「顔がもう、

 逃げられない顔だ」


 ひどい。


 でも――


 全員、

 冗談半分で言ってるけど。


 逃がさない目をしている。


「……分かりました」


 俺は、酒を一口飲んだ。


「社長、

 やります」


「お」


「ただし!」


 指を立てる。


「独裁はしない」


「当然」


「現場の判断は共有」


「合理的ね」


「責任は俺が取る」


 沈黙。


 ガルドが、ゆっくり頷いた。


「……なら、

 任せる」


 リーゼが酒を掲げる。


「社長」


「やめろォ!!」


「冗談だ」


 嘘だ。

 絶対定着するやつだ。



「じゃあ次」


 ミリアが淡々と進行する。


「私は管理と記録」


「はい」


「副社長とか?」


「やめて。

 胃が痛くなる」


「了解」


 リーゼが言う。


「前線は私だ」


「異論なし」


「警戒と戦闘」


「お願いします」


 ガルドが低く言う。


「……工具と設備」


「技術責任者ですね」


「……呼び方はどうでもいい」


「じゃあ

 “ガルドさんが怒ると怖い係”で」


「壊すぞ」


「冗談です」



 杯が、何度か重なった。


 笑い声が出た。


 久しぶりだった。


 ただ生きるためじゃなく、

 区切りを祝ったのは。


「……なぁ」


 リーゼが言う。


「名前、

 悪くないな」


「そう?」


「意味分からんが」


「それが狙いです」


 ミリアが小さく笑う。


「ISEKAI Co., Ltd.」


 ガルドが呟く。


「……変だ」


「ですよね」


 俺は苦笑した。


「でも、

 覚えやすい」


 その夜。


 俺たちは、

 会社を作った。


 まだ何も始まっていない。

 でも。


 名前と、役割と、酒だけは揃った。


 異世界六日目。


 ISEKAI Co., Ltd.は――

 飲み会から始まった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


ISEKAI Co., Ltd.は、

特別な使命もなく、

とりあえず酒を飲むところから始まりました。


次回から、

「会社を作った結果、どうなるか」が

容赦なく降ってきます。


社長は、もう逃げられません。

たぶん。


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