第三話 責任って、だいたい無料で配られる
※結果を出すと、
敵と仕事と責任が増えます。
今回は、その全部が来ます。
トラブルは、だいたい静かに始まる。
この日もそうだった。
朝の作業が始まって三十分。
解体場に、いつもと違う空気が混じり始めた。
「……今日、視線多くないです?」
俺が小声で言うと、ミリアが頷く。
「多いわね。
それも、良くない種類」
リーゼが鼻を鳴らす。
「嫉妬だ。
昨日から、早すぎた」
「やっぱり?」
ガルドは無言で刃を研いでいる。
嫌な予感がする時ほど、あの人はよく黙る。
そして、その予感は当たる。
「おい」
声をかけてきたのは、隣の班の男だった。
体格が良く、腕に古い傷が多い。
「何ですか?」
「お前ら、やりすぎだ」
来た。
「やりすぎ、とは?」
「仕事は、
“全員が同じ速度”でやるもんだ」
ミリアが首を傾げる。
「効率が上がっているなら、
問題はないはずだけど」
「問題だ」
男は即答した。
「俺たちの班が、
遅く見える」
……ああ。
「それ、
俺たちのせいじゃなくないですか?」
「うるさい」
リーゼが一歩前に出る。
「文句があるなら、
監督に言え」
「監督はお前らを贔屓してる」
贔屓、してない。
ただ結果を見てるだけだ。
でも、そういう話じゃない。
「……分かりました」
俺は一歩前に出た。
「何です?」
「今日は、
俺たち少しペース落とします」
リーゼがこっちを見る。
「なぜだ」
「今ここで揉めると、
後がもっと面倒になる」
「……納得いかん」
「分かります。
俺もです」
だが。
「“今”勝つより、
“後”に生き残りたいんで」
リーゼは舌打ちして、一歩引いた。
ガルドが小さく言う。
「……賢いが、
気に入らねぇやり方だな」
「俺もです」
本音だ。
⸻
問題は、その後に起きた。
午後、鉱石搾取場。
いつもより奥の区画に回された。
「……ここ、
昨日まで使ってました?」
ミリアが小声で聞く。
「いや。
掘り跡、古い」
ガルドが即答する。
リーゼが、耳を動かす。
「……嫌な音がする」
嫌な音。
「どんな?」
「……崩れる前の音だ」
「それ、
今すぐ言ってほしいやつ」
俺は周囲を見る。
支柱が細い。
岩盤が脆い。
「……作業止めます」
「止められるのか」
「止めます。
止めないと、死にます」
俺は声を張った。
「この区画、
一旦中止で!」
周囲がざわつく。
「何言ってる!」
「勝手な判断だ!」
別班の男が叫ぶ。
その瞬間だった。
――ミシッ。
「来る!」
リーゼが叫ぶ。
「全員、下がれ!!」
間に合わなかった。
天井の一部が崩れ、
粉塵が舞い上がる。
「うわっ!!」
俺はミリアを引っ張り、
リーゼが前に出て、
ガルドが支柱を押さえる。
――ドン!!
岩が落ちた。
一瞬の静寂。
「……生きてる?」
「たぶん」
粉塵の中で、
誰かが咳き込んでいる。
「……怪我人は?」
ミリアが声を上げる。
「足、挟まってる!」
別班の奴隷だ。
「ガルド!」
「分かってる!」
ガルドが工具を取り、
リーゼが岩を押さえ、
俺とミリアで引っ張る。
「せーの!!」
なんとか引き抜く。
「……助かった」
男が震えた声で言う。
「……言っただろ」
俺は息を整えながら言った。
「ここ、
危ないって」
沈黙。
そして。
「……お前ら」
監督の声がした。
最悪のタイミングだ。
⸻
管理棟に呼び出されたのは、
俺だけだった。
「説明しろ」
短い言葉。
「崩落の危険がありました」
「だから勝手に止めたか」
「止めなきゃ、
死人が出てました」
監督は黙る。
「……結果は?」
「怪我人一人。
死亡ゼロです」
しばらくして、監督が言った。
「……報告は正しい」
だが、続けて。
「問題は、
“判断を誰がしたか”だ」
来たな。
「……俺です」
「だろうな」
監督はため息をついた。
「お前、
立場を分かってない」
「分かってます。
奴隷です」
「そうだ」
沈黙。
「……だが」
監督は、俺を見る。
「判断は、
間違っていなかった」
心臓が一拍、遅れる。
「……明日から」
監督は言った。
「お前の班、
危険区域担当だ」
嫌な予感しかしない。
「理由は?」
「お前が止めるからだ」
「信頼、
されてるんですかね」
「使われてるだけだ」
「ですよね」
⸻
寝床に戻ると、三人が待っていた。
「無事?」
ミリアが聞く。
「とりあえず、
死刑は免れました」
リーゼが腕を組む。
「……お前、
面倒を呼ぶな」
「すみません」
「……だが」
彼女は少し目を逸らす。
「今日の判断は、
悪くなかった」
ガルドが頷く。
「……腕も、
判断もな」
ミリアが小さく笑う。
「班として、
認識されたわね」
俺は天井を見上げた。
「……だんだん、
戻れなくなってきましたね」
首輪は重い。
立場は低い。
でも。
「巻き込まれるってことは、
見られてるってことか」
そう思えた。
異世界四日目。
俺たちは、
もう“無関係”ではいられなくなった。
◇
その日、俺たちは作業に出る前に呼び止められた。
「……今日は鉱山じゃない」
監督がそう言った瞬間、嫌な予感がした。
「じゃあ解体ですか?」
「違う」
「もっと嫌なやつですね」
否定されなかった。
連れて行かれたのは、管理棟のさらに奥。
普段、奴隷が近づかない場所だ。
扉が違う。
床がきれい。
空気がちゃんとしている。
「……場違い感がすごい」
リーゼが低く言う。
「ここ、
武器を抜く場所じゃない」
「抜いても意味ないですけどね」
部屋に入ると、男が一人いた。
細身。
派手じゃない服。
でも、視線が鋭い。
戦士じゃない。
魔法使いでもない。
――商人だ。
「座って」
男が言った。
命令じゃないのに、逆らえないタイプ。
「君が、レンだね」
「はい。
ただの奴隷です」
「昨日までは、ね」
来た。
「君たちの班、
“数字”が出すぎている」
ミリアがわずかに反応する。
「どの数字ですか?」
「作業速度。
事故率。
補修コスト」
全部だ。
「……見られてたんですね」
「見ない理由がない」
商人は笑った。
「危険区域で事故ゼロ。
それは奇跡じゃない。
仕組みだ」
心臓が、少しだけ跳ねた。
「仕組み、ですか」
「そう」
商人は指を組む。
「私はね、
“仕組みを作れる人間”が好きだ」
リーゼが不機嫌そうに言う。
「要件は何だ」
「簡単だよ」
商人は俺を見る。
「君の判断を、
“個人”じゃなく
“組織”として使いたい」
……組織。
「今のままだと、
君たちは“優秀な奴隷班”だ」
嫌な言い方だが、事実だ。
「優秀な奴隷は、
壊れるまで使われる」
ミリアが小さく息を吸う。
ガルドの手が、ぎゅっと握られる。
「だから、
提案がある」
商人は続けた。
「君たちに、
“名前”を与えよう」
「……名前?」
「そう。
班じゃない。
役割を持つ組織だ」
俺は、ゆっくり考えた。
「名前をもらうと、
何が変わります?」
「責任の所在が変わる」
「……良いことですか?」
「良くも悪くも、だ」
商人は笑う。
「だが、
名前のない組織は、
守られない」
その言葉が、
妙に重かった。
⸻
部屋を出たあと、
誰もすぐには喋らなかった。
「……どう思う?」
俺が聞くと、
最初に答えたのはミリアだった。
「危険だけど、
今よりはマシ」
「理由は?」
「今は、
責任だけあって、
権利がない」
正論。
リーゼが腕を組む。
「気に入らん」
「ですよね」
「だが」
一拍。
「今のままでも、
殺される可能性はある」
それも正論。
ガルドが、低く言う。
「……名前があれば、
道具じゃなくなる」
静かな声だったが、
一番刺さった。
「……ですよね」
俺は、息を吐いた。
「俺、
昔の世界で思ってたんですよ」
三人を見る。
「名前のない部署って、
一番切られやすいなって」
沈黙。
「だから」
俺は言った。
「もし名前を持つなら、
“守るための名前”がいい」
「例えば?」
ミリアが聞く。
俺は少し考えた。
「……まだ、
決めきれません」
正直だ。
「でも」
拳を軽く握る。
「名前がないまま使い潰されるのは、
嫌です」
三人は、ゆっくり頷いた。
リーゼが言う。
「なら、
お前が決めろ」
「え?」
「判断役だろ」
「……それ、
一番重いやつですよ」
でも。
「……逃げません」
もう、
ここまで来た。
⸻
その夜。
俺は寝床で、
ずっと考えていた。
名前。
組織。
責任。
「……会社、か」
小さく呟く。
まだ遠い。
でも、確実に近づいている。
俺たちはまだ奴隷だ。
だが。
“名前を持つ存在”になる話が、
本気で動き出した。
名前のない集団は、
だいたい使い潰されます。
次回、
「組織」という概念が
本気で異世界に持ち込まれます。




