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第二話 やりすぎると、だいたい怒られる ――問題が起きると、だいたい俺のせいになる

※結果を出すと、

 だいたい面倒が増えます。



問題は、結果が出すぎたことだった。


 朝の解体作業が始まって、まだ一時間も経っていない。


「……もう終わり?」


 監督が、信じられないものを見る目でこっちを見ている。


「はい。

 あとは洗浄と仕分けだけです」


「……昨日の半分以下だぞ」


「昨日が遅すぎたんだと思います」


 口に出してから、

 あ、言い方ミスったな、と思った。


 監督の眉がピクリと動く。


「……生意気だな」


「ですよね。

 すみません。

 昨日まで生意気を言える立場じゃなかったんで」


 言い訳になってない。


 だが、事実は事実だ。


 作業は早い。

 無駄がない。

 事故もない。


 狼の獣人が、黙々と重い部位を運ぶ。

 眼鏡の女が数を数え、順番を整える。

 ドワーフが刃の状態を見て、手入れを挟む。


 俺はというと、

 全体を見て、時々口を出すだけだ。


「次、右から」

「それ先に」

「今は待ち」


 ……ただの指示だ。


 なのに。


「……おい」


 監督が近づいてくる。


「お前、名前は?」


 来た。


「……あ」


 ここで名前が必要になるとは思ってなかった。


「えっと……」


 一瞬迷ったが、嘘をつく意味もない。


「レンです」


「レン……」


 監督は俺の首輪を一瞥する。


「覚えておく」


 それ、

 良い意味じゃないやつだ。


 嫌な予感しかしない。



 昼前。


 次のモンスターが運ばれてきた。


 でかい。

 昨日よりさらにでかい。


「……今日、サイズ感おかしくないです?」


「今日は当たり日だ」


「当たりの基準、

 絶対ズレてますよね」


 解体を始める。


 俺は全体を見て、判断した。


「今日は三班に分けましょう」


「……は?」


 監督が声を上げる。


「解体、運搬、洗浄。

 同時進行です」


「勝手に――」


「このサイズだと、

 いつも通りだと夕方までかかります」


 監督が黙る。


 時間を計算している顔だ。


「……やれ」


「ありがとうございます」


 狼の獣人が、ちらっと俺を見る。


「……お前、

 命令するの慣れてるな」


「慣れたくて慣れたわけじゃないです」


 眼鏡の女が、小声で言う。


「でも、的確よ」


「そう言ってもらえると、

 残業が報われます」


「残業?」


「あ、こっちの話です」


 作業は、さらに加速した。


 速い。

 静か。

 無駄がない。


 ……速すぎる。


 周囲の視線が、少しずつ変わっていくのが分かる。


 羨望。

 警戒。

 嫉妬。


 あ、これ。

 嫌われる前兆だ。



 案の定、午後に呼び出された。


「レン。来い」


「はい。

 処刑じゃないですよね?」


「違う」


「即答じゃないの怖いんですけど」


 連れて行かれたのは、管理棟の一角だった。


 椅子。机。

 この世界にしては、やけにちゃんとしている。


「座れ」


「失礼します」


 監督が、腕を組んで言う。


「お前、何者だ」


 来たな。


「ただの元バイトです」


「嘘だろ」


「俺もそう思います」


 沈黙。


「……昨日から、

 作業効率が異常だ」


「たまたまです」


「たまたまで、

 事故ゼロは起きない」


 正論パンチ。


「……何が目的だ」


 少しだけ、迷った。


 でも、ここで濁すと、

 余計に怪しまれる。


「生き残ることです」


「それだけか?」


「できれば、

 楽に」


 監督は、しばらく俺を見ていた。


 値踏みする目。


「……分かった」


 そう言って、立ち上がる。


「しばらく、

 お前の班は俺が見る」


 最悪だ。


「監視付きですか」


「評価付きだ」


「どっちに転んでも、

 胃に悪いやつですね」


 監督は、少しだけ口の端を上げた。


「結果を出せ」


「……はい」


 出しすぎないように、

 頑張ります。



 作業場に戻ると、三人がこっちを見ていた。


「……何かあった?」


 眼鏡の女が聞く。


「軽く、

 目をつけられました」


「軽くで済んでる?」


「たぶん。

 たぶんですけど」


 狼の獣人が腕を組む。


「お前、

 俺たちを売る気か」


 空気が、少し張りつめる。


「……その逆です」


 俺は、正直に言った。


「売るなら、

 一人で行きます」


「……意味が分からん」


「俺も、

 今考えながら喋ってます」


 ドワーフが、ぽつりと言う。


「……お前がいると、

 仕事が楽だ」


 短い一言。


 でも、重い。


「……ありがとうございます」


 俺は、三人を見た。


「名前、

 そろそろ聞いてもいいですか」


 一拍。


 狼の獣人が、口を開く。


「……リーゼだ」


 眼鏡の女が続く。


「ミリア」


 ドワーフは、少し間を置いて。


「……ガルド」


 名前が出た瞬間、

 空気が変わった。


 ただの班じゃない。

 ただの寄せ集めでもない。


「よろしくお願いします」


 俺は言った。


「ここから先、

 たぶん面倒なこと増えます」


「……今さらだ」


 リーゼが鼻を鳴らす。


 ミリアが、苦笑する。


 ガルドは、無言で頷いた。


 その夜。


 寝床で天井を見ながら、俺は思った。


 やりすぎた。

 確実に。


 でも。


「……戻れないな」


 もう、一人じゃない。


 それだけで、

 十分すぎる理由だった。



トラブルは、だいたい静かに始まる。


 この日もそうだった。


 朝の作業が始まって三十分。

 解体場に、いつもと違う空気が混じり始めた。


「……今日、視線多くないです?」


 俺が小声で言うと、ミリアが頷く。


「多いわね。

 それも、良くない種類」


 リーゼが鼻を鳴らす。


「嫉妬だ。

 昨日から、早すぎた」


「やっぱり?」


 ガルドは無言で刃を研いでいる。

 嫌な予感がする時ほど、あの人はよく黙る。


 そして、その予感は当たる。


「おい」


 声をかけてきたのは、隣の班の男だった。

 体格が良く、腕に古い傷が多い。


「何ですか?」


「お前ら、やりすぎだ」


 来た。


「やりすぎ、とは?」


「仕事は、

 “全員が同じ速度”でやるもんだ」


 ミリアが首を傾げる。


「効率が上がっているなら、

 問題はないはずだけど」


「問題だ」


 男は即答した。


「俺たちの班が、

 遅く見える」


 ……ああ。


「それ、

 俺たちのせいじゃなくないですか?」


「うるさい」


 リーゼが一歩前に出る。


「文句があるなら、

 監督に言え」


「監督はお前らを贔屓してる」


 贔屓、してない。

 ただ結果を見てるだけだ。


 でも、そういう話じゃない。


「……分かりました」


 俺は一歩前に出た。


「何です?」


「今日は、

 俺たち少しペース落とします」


 リーゼがこっちを見る。


「なぜだ」


「今ここで揉めると、

 後がもっと面倒になる」


「……納得いかん」


「分かります。

 俺もです」


 だが。


「“今”勝つより、

 “後”に生き残りたいんで」


 リーゼは舌打ちして、一歩引いた。


 ガルドが小さく言う。


「……賢いが、

 気に入らねぇやり方だな」


「俺もです」


 本音だ。



 問題は、その後に起きた。


 午後、鉱石搾取場。


 いつもより奥の区画に回された。


「……ここ、

 昨日まで使ってました?」


 ミリアが小声で聞く。


「いや。

 掘り跡、古い」


 ガルドが即答する。


 リーゼが、耳を動かす。


「……嫌な音がする」


 嫌な音。


「どんな?」


「……崩れる前の音だ」


「それ、

 今すぐ言ってほしいやつ」


 俺は周囲を見る。


 支柱が細い。

 岩盤が脆い。


「……作業止めます」


「止められるのか」


「止めます。

 止めないと、死にます」


 俺は声を張った。


「この区画、

 一旦中止で!」


 周囲がざわつく。


「何言ってる!」


「勝手な判断だ!」


 別班の男が叫ぶ。


 その瞬間だった。


 ――ミシッ。


「来る!」


 リーゼが叫ぶ。


「全員、下がれ!!」


 間に合わなかった。


 天井の一部が崩れ、

 粉塵が舞い上がる。


「うわっ!!」


 俺はミリアを引っ張り、

 リーゼが前に出て、

 ガルドが支柱を押さえる。


 ――ドン!!


 岩が落ちた。


 一瞬の静寂。


「……生きてる?」


「たぶん」


 粉塵の中で、

 誰かが咳き込んでいる。


「……怪我人は?」


 ミリアが声を上げる。


「足、挟まってる!」


 別班の奴隷だ。


「ガルド!」


「分かってる!」


 ガルドが工具を取り、

 リーゼが岩を押さえ、

 俺とミリアで引っ張る。


「せーの!!」


 なんとか引き抜く。


「……助かった」


 男が震えた声で言う。


「……言っただろ」


 俺は息を整えながら言った。


「ここ、

 危ないって」


 沈黙。


 そして。


「……お前ら」


 監督の声がした。


 最悪のタイミングだ。



 管理棟に呼び出されたのは、

 俺だけだった。


「説明しろ」


 短い言葉。


「崩落の危険がありました」


「だから勝手に止めたか」


「止めなきゃ、

 死人が出てました」


 監督は黙る。


「……結果は?」


「怪我人一人。

 死亡ゼロです」


 しばらくして、監督が言った。


「……報告は正しい」


 だが、続けて。


「問題は、

 “判断を誰がしたか”だ」


 来たな。


「……俺です」


「だろうな」


 監督はため息をついた。


「お前、

 立場を分かってない」


「分かってます。

 奴隷です」


「そうだ」


 沈黙。


「……だが」


 監督は、俺を見る。


「判断は、

 間違っていなかった」


 心臓が一拍、遅れる。


「……明日から」


 監督は言った。


「お前の班、

 危険区域担当だ」


 嫌な予感しかしない。


「理由は?」


「お前が止めるからだ」


「信頼、

 されてるんですかね」


「使われてるだけだ」


「ですよね」



 寝床に戻ると、三人が待っていた。


「無事?」


 ミリアが聞く。


「とりあえず、

 死刑は免れました」


 リーゼが腕を組む。


「……お前、

 面倒を呼ぶな」


「すみません」


「……だが」


 彼女は少し目を逸らす。


「今日の判断は、

 悪くなかった」


 ガルドが頷く。


「……腕も、

 判断もな」


 ミリアが小さく笑う。


「班として、

 認識されたわね」


 俺は天井を見上げた。


「……だんだん、

 戻れなくなってきましたね」


 首輪は重い。

 立場は低い。


 でも。


「巻き込まれるってことは、

 見られてるってことか」


 そう思えた。


 俺たちは、

 もう“無関係”ではいられなくなった。


やりすぎました。

次回、もっと危険になります。


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