セラの巡礼祭-後日談-
ゼルディウス「へー…。《セラ》の巡礼祭ねぇ…。
あのストーカーと。」
リィナ「もぅっ、ノクシスさんのこと〝ストーカー〟
呼ばわりしちゃだめですってば!
お役目なのですから。」
ゼルディウス「へーへーへー。」
空返事を返しながら、ゼルディウスは手にした
サンドウィッチを大きく頬張った。
秋の陽が、柔らかく大聖堂の中庭を照らす。
今日もリィナの午前休憩を見計らったように現れた
ゼルディウスは、〝今日は暖かくて気持ちいいから〟
とリィナの提案で聖堂中庭に通された。
軽いピクニック気分で、リィナは張り切って
サンドウィッチを作り、聖堂の薄い石畳の上に
敷物を広げ、ブーツを投げ捨てた。
相変わらず無愛想な面持ちのゼルディウスは、
「また面倒な事をー」 と口では悪態吐きながらも、同様に
ブーツを脱ぎ、リィナの隣に大人しく腰を下ろす。
黄金色に染まりはじめた木々の葉が、風に攫われ
ひらひらと舞う。
小麦色に焼けたパン、バターの香り。
間から覗く、鮮やかな野菜とハム。
傍らのポットから、立ち上がる香茶の湯気。
シチュエーションは、あまりにも穏やかだった。
その分、ゼルディウスの表情に滲む苦さだけが
浮いている。
「四季巡礼祭」の土産話が重ねられるたび、
その顔色は、秋に踏み砕かれた枯葉のように、
音もなく濁り、深く沈んでいくようだったが
リィナは、そのことに気付かない。
リィナ「ーそれでね、六つの柱の参道とか、
天に浮いているかのような王城とか…
本当にどこも凄くて。
職人市場では素敵な御守りをノクシスさんが
選んで下さってー。」
ゼルディウス「………は?」
ゼルディウスの顔がサンドウィッチからリィナに向く。
眉根が大きく上がったその顔に気付かず、リィナは
首元に掛けたチェーンを引いて見せた。
リィナ「これです。チャームが付いていたので、
ネックレスにしました。」
嬉しそうに微笑む。
ゼルディウス「……………。」
リィナ「それで、代わりにわたしはノクシスさんのを
選んだんですよ。
「楯と翼」が刻まれていて、とても
ノクシスさんぽいのが目に入りまして。」
ゼルディウス「……揃いにしてんの?」
リィナ「はいっ。
この銀細工、本当に精巧で素敵でしょう?
小ぶりで携帯し易いのも気に入ってしまってー。」
ゼルディウス「おまえそれを。」
低くなったゼルディウスの声色が割り込んだ。
ゼルディウス「ーそれを俺に見せんのかよ…。」
一体どこから響いているのか分からない。
喉を通ったはずなのに、
理性を削ぎ落としたまま落ちてきたような、
低く、濁った声。
リィナの胸元のチェーンに指をかけ、軽く引くと
チェーンが切れないよう、リィナの身体は無意識に
引き寄せられる。
驚いた大きな瞳が、ゼルディウスを真っ直ぐ見詰める。
互いの額さえ重なってしまいそうな距離の狭間で、
銀の「花と月」が無邪気にきらきらと揺れる。
ゼルディウス「……ムカつくぜ。」
吐き捨てるように言い、
そのままゆっくり顔を近付けるー。
吐息が掛かる距離で
リィナが小さく呟いた。
リィナ「ーあの、大丈夫ですよ?」
ゼルディウス「は?」
予想外の言葉で、ゼルディウスの動きが一瞬止まる。
リィナはそっと、ゼルディウスの手からチェーンを外すと、
サンドウィッチと共に小脇に置いた小さな紙袋から、
包みをひとつ、ゼルディウスに差し出した。
リィナ「ゼルの分もあります!」
ゼルディウス「……なにが。」
タイミングを奪われ、耳を赤くするゼルディウスが
ぶっきらぼうに言う。
赤く色付いた葉がひとひら、ふたひら…、
再び穏やかな時間の流れを告げる。
リィナ「ですからー…。」
手渡したゼルディウスの手のひらで、包みを広げる。
伏し目になるリィナの長い睫毛が、
秋の陽に照らされて影をつくっている。
やがて、茶色い包みの中から
リィナの胸元に掛かるチャームと同じ形をした
御守りが姿を現した。
鋭い目をした小狼。
その足元に麦の実が彫られている。
リィナ「お揃いですよ。」
にこっと微笑みながら、自身のネックレスの先で
光る御守りを並べた。
ゼルディウス「ー…三人でかよ。」
男と揃いにされても嬉しくないし、
そもそもゼルディウスに〝御守り〟なんか必要ない。
(しかも何だ…。俺が土産無いことを駄々こねた
みたいに思われてんのがまたムカつく……。)
リィナ「〝狼〟は生命力の強さを表すらしいですよ。
ご利益は《満腹成就》です。」
ゼルディウス「てめ、やっぱ乞食扱いしてんじゃねぇかッ!」
誇らしげに説明するリィナの両頬をつねった。
リィナ「ふぎゃっ!? ら、らってシェル(ゼル)が
顔をみしぇるときはらいたい『飯くいにきら』って
言ってりゅりゃないれすか〜っ。
そ、それぇにっ…。」
リィナはゼルディウスの両手から頬を取返すと、
両頬を撫でながら続けた。
リィナ「ーこの〝狼〟、ちょっとゼルに似てません?
お店で見てたらゼルのこと思い出しちゃって。」
ゼルディウス「… 俺が送り狼になりそうなのを何度
堪えてやってるかもしらねーで…。」
リィナ「ん?」
ゼルディウス「なんでもねーよ。」
そう言いながら、御守りを指先でひらつかせた。
確かにこの小ささにこれほど精巧に細工を施せる、
職人の腕を感じる。
陽の光を受けてーリィナ曰く、ゼルディウス似の
狼は、無邪気に輝きを放つ。
(なんだかな……。)
ポットから香茶を注ぐリィナを覗き見て思う。
世の中色んな境遇の奴が居るように、
女もたくさんいる。
もっと察しが良くて、気が利いててー
…どうせならもっとナイスバディな女。
それなのに。
こうも容易く、自然に自分のテリトリーに
入ってくる女は居なかった。
ーもっと近くに寄せてみたい。
自分だけが一番近くで
その笑顔も仕種も、
声色でさえ確認できる…
たったそれだけでささくれ立つ波が凪いでいく。
ゼルディウスはぽつりと呟いた。
ゼルディウス「…なんでおまえみたいなのがいいんだか……。」
ー本当、心底そう思う。
リィナ「…あまりお気に召しませんでした…?」
顔色を伺うように差し出された香茶を一口啜って、
横に置いた。
ゼルディウス「別に。タダで貰えるってんなら
貰ってやるよ。乞食だからな。
……つーかもう面倒くせぇ。膝貸せ。」
返事も待たず、頭に手を添え、
そのまま正座するリィナの膝へ倒れ込む。
(ほらな……。)
悪態をつこうが粗忽だろうが、皮肉ろうが…
この女はゼルディウスのテリトリーを拒まない。
ゼルディウスの機嫌が悪くないと察したリィナは、
にこっと笑い、そのまま膝枕を受け入れた。
見上げるゼルディウスの視界に、
彼女の胸元で揺れる「花と月」が映る。
ゼルディウスはそれを、指先で軽く弾いた。
(……そういや、西区の裏路地に、腕はいいくせに
気弱な金具屋があったな。)
あの店主には貸しがある。
安くチェーンを仕入れて俺も首から下げておけば─
……多少は、あのストーカー野郎より
“揃い感”が出る、か?
夏よりも柔らかな秋の陽。
風を運ぶ〝ヴェント〟が葉を散らすたび、
中庭は暖色に染まっていく。
香ばしいパンとバターの匂い。
湯気の立つ香茶。
そして、ほんの少しだけ甘いリィナの香りに包まれて。
ゼルディウスはそんなことを、瞼を閉じながら考えた。
リィナ「それとね。」
ゼルディウス「ん?」
不意のリィナの接続詞に
ゼルディウスは片目だけ開けた。
先ほどの紙袋をもう一度ごそごそと漁り、嬉しそうに
包みを掲げて見せた。
リィナ「これがリィゼの分で、こっちがマコラ。
オルフェンさんのはこれです!」
ゼルディウス「全員あんのかよ!」
ゼルディウスの鋭いツッコミに驚き、中庭の鳥たちが
一斉に羽ばたいていく。
その喧しさとは対照的に、リィナの膝の上だけは
相変わらず柔らかい陽だまりのままだった。
─今日も、どうしようもなく心が騒がしい。
なんか続きが書けそうだったので(笑




