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乙女のお茶会ꕤ︎︎


王都アストリア、北東に位置するのは創造の神

アルケア神を守護とする学問の地区。

古い書庫や職人街が主だが、実はこの地区には

もうひとつ、隠れた魅力がある。


「ーあ! リィナ、リィゼ! こっちです〜!」


低い鐘の音のようなドアベルが

来客者を告げた。

先に来店していたマコラはすぐに気付くと、

大きく手を振って待人を導いた。

目に優しい煉瓦色の造りと淡い薄藤色の壁紙。

壁の小さな燭台に火の精霊〝フラム〟が

ふわふわと漂い、スパイス香と甘い焼き菓子の香りが風の精霊〝ヴェント〟に乗って流れてくる。


リィナ「遅くなってすみません。」


リィゼ「姉さま、膝掛けお使いになって。

それからー…フラムよ… ひとしずくの温もりを…

〝フライム・ヒート〟。」


リィゼが手にしたハンカチに小さく祈りを込めると、

灯火のように火の精霊〝フラム〟が寄り添う。

そうして、温もったハンカチを冷えた姉に差し出した。


リィナ「わ、ありがとう、リィゼ。

今日は冷えるねー…。」


リィナは妹の過剰気味な気遣いにも慣れた様子で

礼を返し、木目の浮かぶオーク調の椅子を引いて、

マコラの向かいに腰掛けた。

リィゼも並んで腰を下ろす。


マコラ「今夜から雪が降るみたいですからね。

お二人はアストリアの冬、初めてですよね。」


リィナ「そうなの。

まさか王都で年を越すなんて想像もしてなかった…。」


リィゼ「本当ね。私たちの故郷じゃ、

この時期はもう寒過ぎて外に出れないわ。

それに比べると… 王都は冬も賑やかで驚くわ。」


店内奥の大きめの暖炉にもふわふわと精霊たちが

集まり、まるで暖をとっているかのようだ。

大陸唯一の大都市でもあるアストリアに、それぞれの事情で身を寄せる三人の乙女たちは

小さな茶房で穏やかに友情を育んでいた。


リィゼ「ーそれで、ここは何がお勧めなの?」


挨拶と近況報告をそこそこに、

リィゼは膝を揃えながらマコラへ視線を向けた。

マコラは待ってました、と言わんばかりに

口角を上げ、人好きのする琥珀と青の入り混じった瞳をきらきらと輝かせた。


マコラ「ふふふー。それは見てのお楽しみ、ですよ!

ーあ、ちょうど来ましたね!」


マコラの視線をリィナとリィゼも追う。

深緑のエプロンを揺らした初老の女性が

ゆっくりとした足取りで、円柱に伸びる

三段のティースタンドを乙女たちの前にそっと置いた。


リィナ「わぁー…。」


リィナから感嘆の息が漏れる。


金の支柱に支えられた三枚のトレイは

ライトブルーで縁取られた六角形をしており、

螺旋階段のように上へ上がる度、小ぶりに曲線を描く。

シンプルながらに、一見しただけで北東の守護

〝アルケア神〟を象徴させる姿が見事だ。

その上に並べられた甘味は、文字通りアルケア神の〝守護〟を受け、宝石さながら。


リィナ「綺麗ー……。」


マコラ「本当…。いい仕事してますね……。」


リィゼ「あなた見てるところ違わない?」


香茶も顔を揃えたところで、マコラが改めて説明をする。


マコラ「このアルケア区ではですね、

実はパティスリー店も魅力なのですよ。

甘いものは学業の動力となりますからね!」


マコラ「今日はお二人にそれを堪能して頂きたく!

三種三用のお菓子を選ばせて頂きました!」


リィゼ「そういえばエルフォード門をくぐった

あたりから、甘美な香りが強くなったと思ってたわ。」


リィナ「素敵ですねー。」


マコラ「素敵なのは見た目だけではありませんよ!

さっ、いただきましょう!」


大聖堂とはまた違う、落ち着いた文化地区。

書庫や工房の立ち並ぶ一角で、乙女たちのささやかなお茶会が始まった。


≣≣≣✿≣≣≣≣≣≣


三段ティースタンドのその頂上、

一番小ぶりな皿に並ぶのは金色に輝くフィナンシェ。

淡い黄金色から優しいアーモンドとバターが香る。


リィナ「ん〜〜!甘過ぎなくていいね。」


リィゼ「…ほっとしますわね。期待を裏切らない。

王道ながらに堅実な味。」


マコラ「めっちゃ美味しい!!!」


カリッとした食感からしっとりと、

口の中で広がっていく。

一段目に相応しい軽さを仲よく味わっていると、

ふわり、リィナは呟いた。


リィナ「……なんだかノクシスさん思い出すなぁ……。」


リィゼ・マコラ「「え!!?」」


暖炉の薪がパキン、と音を立てた。


リィナ「……え? ……え??」


リィナは二人の反応が予想外に大きくて、

きょとんと目を丸めた。

マコラが勢いよく椅子を蹴ったかと思うと、

前のめりにリィナへ詰め寄る。


マコラ「ノクシス…ってあの護衛の聖堂騎士さんですか!? え!? いつからそんな仲に!!?」


リィゼ「ちょっとお店の方!この焼き菓子、

媚薬か何か混ざってますわよ!」


マコラは恋の匂いに目を輝かせ、リィゼは

姉の無自覚な爆弾発言に血の気を失っていく。

二人の反応だけが華やかに跳ねる中、

状況を理解できないリィナだけがこの暖かい空間で

一人、切り離されていくようだった。


【候補① ノクシス・フォトナイト《王都聖堂騎士》】


香茶の水面が静かに波紋を広げる。

主役の甘味を邪魔しないよう調合された、

ほのかな香りの湯気に、マコラは想像を重ねる。


マコラ「…いいじゃないですかー…、ノクシスさん。

あの黄金の髪にキリッとしたお顔立ち…!

確か騎士として由緒ある血筋の方でしたよね?

将来安泰ですよ!」


リィゼ「ーだけれど、あれは〝崇拝者〟でしょう?

憧れと恋情を混同してはいけないわ。」


マコラ「え〜〜!?同じようなものじゃないです!?

リィナには絶対誠実!浮気の心配もなし!」


リィゼ「似て非なるものよ。

ー大体、姉さま一筋だなんてどうなの!?重いわよ!」


マコラ「…それリィゼが言う?」


リィナ「…あの、何のお話…でしょうか……?」


全く会話に入れないまま、

リィナは曖昧に笑い続けているうちに

あっさりと一段目のフィナンシェは無くなった。


二段目はチョコレートのスコーンのようだった。

ココア色が美しいが、その表面はざっくりと

荒く割れ、所々に赤くスパイスの粒が散らされている。

一口噛んだマコラが悲鳴を上げた。


マコラ「ふぎゃっ!辛い!刺激強っーーー………

…あれ?でも甘くなってきました…、か…?」


リィナ「香りもシナモンに唐辛子…?で

強めですけど…… 癖になりますね…。」


リィゼ「……嫌だわ、こういうの。

あの浮浪者みたいじゃないの……。」


マコラ・リィナ「「!!」」



【候補② ゼルディウス・ゼロ《スラム出身の太刀使い》】


マコラ「ごめんなさいリィナ!

そうですよね、リィナにはゼルディウスさんが

居ましたよね!」


リィナ「はい……?」


目の前で手を合わせるマコラを尻目に、

リィゼは腕と足を組み、不快感を露にした。


リィゼ「…振っておいてなんだけど……。

論外、愚問、荒唐無稽、よ。」


マコラ「辛辣な……。いやでも、それはリィゼの

意見でしょう?

現実的に今最も近いのはゼルディウスさんですよ!

…色々問題はあるのかもしれませんが、

やっぱり何を置いても一番!リィナを想ってます!」


リィゼ「……あの不衛生なねずみ色の頭に

悪い目付きと口調…。

…あんなのが日々姉さまの視界に入ってるかと思うと頭痛がするわ……。」


リィナ「ふふ、二人ともゼルのことよく見てるんですねぇ。嬉しいです。」


すっかり虜になってしまった

チョコレートスコーンをお代わりしながら、

リィナは花を散らして微笑んだ。

ーその横でリィゼが机にふっ潰したのを、

マコラは見逃さなかった。


二段目の急激な味変に、給仕が

気を利かせてお茶のお代わりを装いでくれた。

再び立ち上がる湯気で息を整えたのも僅かー

三人の視線は残る三段目へと吸い寄せられていく。


マコラ「…なんか、ここまで来ると……。ねぇ?」


リィゼ「……あなたこれワザとやってるんじゃないのよね?」


リィナ「楽しみですね〜。」


三皿の中で最も大きい下段には

形で辛うじてタルトだと分かるものが

行儀良く並んでいる。

三人は肩を寄せ合い、覗き込んだ。


リィナ「これ… なんていうんですっけ……、

薄明色…?」


マコラ「匂いもよく分かりませんね…。ベリー…?

オレンジ? ……蜂蜜??」


リィゼ「食べて大丈夫なの?これ……。

見たこともないわ…。」


この見た目から不思議で妙な存在感を放つもの…。


リィゼ・マコラ「「…………。」」


二人は暗黙にうちに目を合わせた。



【候補③オルフェン・ピエトロ《道化師》】


正体不明のひし形のタルトは

意外にも味わい深く、舌の奥にじんわりと広がる

甘みと酸が魔性のように美味しかった。


マコラ「… 実際のところどうなんですかね……、

オルフェンさんって。」


特に気に入った様子のマコラは

次々とタルトにフォークを刺す。


リィナ「……悪い人では…ないと思うのですけどね…。」


リィゼ「だめよ、姉さま。素性のしれない男なんて。

ーていうかどうなの、改めて考えて!

姉さまに群がる男共って! 不安要素ばかりじゃないの!」


リィゼは投げやり気味にフォークを置くと、

天井を仰いだ。

ろうそくの灯りを灯していたフラムたちが、

リィゼの叫ぶような悲嘆にびくっと揺れる。

マコラが慌てたようにフォローに入った。


マコラ「い、いやでも! 人間誰しも短所もあれば

長所もあるものじゃないですか! ねっ、リィナ!」


リィナ「もちろんです!」


話の本質を分かっていないリィナだけが

意気揚々と答える。


マコラ「ですよね!?

じゃあ、それを踏まえた上でー どうなんですか!?」


リィナ「ん?」


マコラ「ですからもう率直に!

今一番惹かれてるのは誰なんですか!?」


マコラの瞳が再び興味を映して輝く。

核心を得ようとするマコラの問に、

固めた表情のまま、リィゼも意識を向ける。


リィゼ「…………。」


リィナ「え…?え?え……??」


謹厳実直、だが柔軟さに欠けるノクシス。

無骨に不器用に、一途なゼルディウス。

危険な魅力のオルフェンー。


その選択に正解はない。

そう、すべては〝リィナの心ひとつ〟なのだ。


リィナ「わたし……。」


リィナ「……わたし、は……。」


ごくん、と深く吸った息を

ゆっくり吐き出すように口を開いたーーその時。


カランカランカランーー。


大きく戸が開かれたと思ったら、淡い水色の球体が

水滴を纏いながら、リィナへと一直線に飛んできた。


「リィナーーーーーーー!」


リィナ「リメディア!」


声ですぐに反応したリィナは

蝶のような羽を懸命に羽ばたかせた水の精霊ー

リメディアを手のひらに乗せるように受け止めた。


少年のように大きな瞳に、大粒の涙を浮かべる

リメディアにマコラとリィゼも驚きの声を上げる。


マコラ「リメディアちゃん!?」


リィゼ「どうされました?ーなぜここが?」


リィナの手の上でぐずぐずと鼻を啜りながら、

リメディアは訴えた。


リメディア「うっ… ぐずっ……

リィナの波長を追ってきたんじゃあー…。

あいつらっ…この寒さでは感覚が鈍るというのを聞かんで、長時間飛ばせおって……。」


リィナ「あいつら?」


カランカランカラン!


状況を把握しようとするリィナの背後から、

来訪を告げる鐘が乱暴な音を上げた。ーと同時に

怒号が店内に響く。


ゼルディウス「どこ行った蝿ーーーッッ!!」


リメディア「ぎゃーーー!!!」


リィナ「ゼル!?」


ゼルディウス「ー!リ、リィナ………!?」


………………。


一拍の沈黙と視線。

温かい茶房に冬の冷気が流れ込んでくる、

その感覚だけがその場に居た者を支配する。


茶房の針を動かしたのはリィナだった。

悴んでいるのかー怯えているのか…その両方なのか…

ともあれ、とんだ災難を被った様子の精霊を

胸元で抱きしめたまま、リィナはゼルディウスへ

駆け寄った。


リィナ「ゼル。どうかしたのですか?…大丈夫?」


眉根を寄せて一心に気遣わしむリィナに、

ゼルディウスはバツが悪そうに仰け反る。ー可愛い…。


ゼルディウス「い、いや、リィナ……、

これは……その…。」


ノクシス「リィナ様!こちらですか!?」


オルフェン「やぁ、戦乙女(ヴァルキリー)

ーおや、他の乙女も勢揃いだね。」


リィナ「ノクシスさん!?

オ、オルフェンさんまで……!」


リィナに見上げられ、口篭るゼルディウスの

後ろから必死な顔のノクシスと、

いつもの悠長な調子でオルフェンが顔を覗かせた。

ゼルディウスの顔色が曇り、舌打ちが溢れる。


リィナ「み、皆さんこそ…お揃いで……

えっと…一体何が…。」


戸惑うリィナにノクシスが一歩前に出、

律儀に頭を下げた。


ノクシス「申し訳ございません…、

護衛不要と言われておきながら…やはり心配で…!

リメディア様はリィナ様の波長を拾えると伺いまして…。」


リィナ「ノクシスさん……。」


オルフェン「(みな)、君に会いに来たのだよ。

年の暮れだ、特に君が恋しくもなるさ。」


オルフェンが滑るようにリィナへと近付き、

その手をいとも容易く取った。

今にも口付けそうな仕草に、リィナの瞳は

さらに丸くなり、頬がぱっと紅潮する。


ゼルディウス「おっ、俺は違ぇ。

今日はいつもよりポーカーで勝ったから…

たまにゃあメシでも連れてってやるかと思ってー…

…別に探してた訳じゃねぇよ。」


リィナ「オルフェンさん…。ゼル……。」


リィナは驚きつつも、三人の顔を見比べ、

緊張が嬉しさで溶けていくのを感じた。

冬の間はよく目にするフラムが、自分の胸にも

宿ってきたかのようだ。


リィナ「皆さ……。」


ゼルディウス「つかコラ、てめぇは何堂々と

手ぇ握ってやがる。」


ゼルディウスがリィナを背に隠すように割り込む。

珍しく仮面を外したままのオルフェンが

夜空のように瞬く瞳を細めた。


オルフェン「はは、そんなに警戒せずとも

何もしないさ。ー今はね。」


ゼルディウス「妙な含み持たせんなッ。」


ノクシス「リィナ様!外は冷えます、肩掛けと

ミトンをお持ちしました。他に寄るところは

ございますか?お供致します!」


リメディア「のぅ、リィナーー。ワシ腹減った…。

今日はきのこのシチューが食べたい。」


ゼルディウス「てめーもいつまで

くっ付いてやがる。

ロクに道案内もできねぇであっちこっち

連れ回しやがって。」


柔らかなリィナの手のひらに包まれ、ぬくもりを

取り戻したリメディアが、甘えるように頬を擦り寄せる。


その光景をゼルディウスは見逃さず、

蝶のような羽を爪先でつまみ、乱暴に引き剥がした。


リメディア「ぎゃッ!痛い!!やめんか無礼者がッッ。

ワシは水の神ルミエル様の遣いじゃぞッ。」


オルフェン「やれやれ、存外に器が小さいな、君は。

弱い者虐めはやめたまえ。」


リメディア「ワシは弱くないッ!!」


心が一息ついたのも束の間のこと。

「女三人寄れば姦しい」とはよく言うが、

これが好意を寄せる乙女が前だと、

男も口を閉じては居られなくなるものなのだろうか。

リィナはあっという間にいつもの三倍はある喧騒に呑まれた。


突然の雪崩にすっかり蚊帳の外となってしまった

残り二人の乙女――リィゼとマコラは、

店内の玄関傍で騒ぎ続ける男性陣と、なんとか

それを宥めようと右往左往するリィナの姿を、

席から静かに見守っていた。


リィゼ「……そろそろ全員燃やした方が良いかしら…。」


マコラ「や、やめてください…。

ーーそれにしても…。」


高等祈術を詠唱しようとするリィゼを、マコラは

軽く制止すると、頬杖を付いたまま

改めてリィナを見た。


マコラ「これだけアピールも熱烈だと…

ゆっくり恋愛する暇もないというか……。」


マコラ「今のリィナには「色恋」より

「平穏」の方がいいのかもですねー…。」


リィゼ「お可哀想な姉さま……。」


店の外では、風の精霊〝ヴェント〟が木枯らしと

舞い踊り、白銀に輝く小雪がちらつき始めていた。

王都アストリア、東区の一角に佇む茶房は

一時騒然としていたが、

どこよりも賑やかで

どこよりも暖かかったことに、

まだ誰も気付かないー。


普段は登場しにくいオルフェンの為に

人が集いやすい、大事な人に会いたくなるような

「年末」という時期を選びましたꕤ︎︎ꕤ︎︎


「戦乙女︎✦︎守護」になぞらえて、女の子の総称は

「乙女」にしましたw これも世界観のひとつかな、と★

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