並んで歩く理由
夕刻を告げる大聖堂の鐘の音が、
王都アストリアに落ちる夕日と溶ける。
修行が上手くいった安堵からか、
聖堂の階段をとん、とん、と降りる足取りが軽い。
石畳へと降り立ったリィナは空に向けて
大きく伸びをした。
リィナの伸びる影に、もうひとつ、
長い影が後を追う。
いつもの買い出しの籠を片手に、
リィナはくるんっ、と振り返った。
リィナ「ゼル。今日も夕ご飯食べてく?」
質問ではなく、確認の温度。
リィナの後ろに付いて、共に聖堂の階段を
下りきったゼルディウスは呆れ顔で答えた。
ゼルディウス「今日もって…。
人を乞食みたいに…。」
リィナ「いえ、そんなつもりは…!」
ゼルディウスの捻くれた解釈に、
リィナは目を見開き、慌てて弁明しようとした。
そんな素直な反応がいつもより嬉しく、ー可愛く。
今はちゃんとリィナの存在を近くに感じる。
ゼルディウス「ジョーダンだよ。
ーさっさと行こうぜ、日が暮れちまう。」
少し歩調を上げて、リィナの隣へと並び歩く。
ノクシスは少し前、城からの召集を受けて
戻って行った。
日頃より信仰心の篤い彼にとって、
本日目の当たりにした
神々と〝戦乙女〟の交わりは、
想像を遥かに超えるものだったのだろう。
別れの時になっても、その足取りはどこか重く、
リィナの傍を離れることに、随分と
名残を残していた。
あの謹直な男が別れ際ギリギリに
「俺の生涯はリィナ様に捧げます。」ーなどと、
薄い涙を浮かべながら口にするほどだった。
状況が違えば、まるでプロポーズにでも
なってしまうその言葉は、
〝戦乙女〟が人々にとって
どれほどの希望であるかを、リィナに改めて
実感させた。
ーゼルは。
リィナは傍らの無信仰で、
王都南の、スラム街を根城にしている
ゼルディウスを横目で見上げながらふと考えた。
(ゼルは今日のこと、どう思ったんだろう…。)
…今の今まで深く気にしたことが無かったが、
そういえばゼルディウスから一度だって
〝戦乙女〟と呼ばれたことがない。
いつもちゃんと、リィナを名前で
呼んでくれるのだ。
それは、ゼルディウスの中では
〝戦乙女〟と
〝リィナ・シルファン〟という
個体が棲み分けになっているからなのだろうか。
…だとしたら今日の〝修行〟を通じて、
何を感じただろう。
考えは変わってしまったろうか。
ーもしも、ノクシスや王都の人々のように、
期待とー崇拝を寄せる…、例えば〝別の生き物〟のように見方が変わってしまっていたら……。
なんだかそれはー。
リィナ「…少し寂しいな。」
ゼルディウス「は!?」
リィナ「!」
心で呟いたつもりが声になってしまって、
リィナは慌てて口元を抑えた。
石畳を抜け、野草が茂る小さな小道に
差し掛かった頃、リィナは黙したまま、
視線を足元へと落としていた。
それに気付いていたゼルディウスは、
あまりにも唐突にこぼれたその憂いの言葉に、
頓狂な声を上げることしかできなかった。
(は、恥ずかしい…!)
確かに自分はー血の通った年子の妹と比べても
頼りなさには欠けるし、
ひとつのことに集中してしまうと
周りが疎かになる傾向にはある。
でもだからといって、考えていることが
言葉になるほど気抜けているとは……!
……心無しか、木々から鳴き交わすカラスの声も、
リィナの失態を嘲笑っているかのように聞こえる。
ゼルディウス「……おまえまさか…。」
リィナ「……え?」
気恥しさでどんどん赤くなる顔に
手を添えていると、隣のゼルディウスが
切れ長の目を丸めながら、わなわなと唇を
震わせていた。
ゼルディウス「あのストーカーが城に帰ったのがそ、そんなにっ……、…気落ちする程なのか…?」
何を…、そこまで混乱しているのか分からないが、
狼狽えた様子のゼルディウスは歩幅ひとつ分、
リィナへ距離を詰めた。
リィナ「!? ノクシスさん…、のことですか!?
ち、違います違います!」
ゼルディウス「じゃあ誰だよ! ー…俺といて…
誰のことを考えてやがった……?」
リィナ「……ゼル…?」
細い小道で距離を詰めればー
お互いの呼吸の音さえ重なってくる。
長めの前髪がゼルディウスの表情を隠したが、
リィナには何故かそれが悲しんでいるように見えた。
リィナ「…ねぇ、ゼル……?」
ゼルディウス「チッ…。……やっぱ大聖堂行くんじゃなかったぜ…。」
リィナ「どうして? …わたしは嬉しかったよ?」
ゼルディウス「どうだか……。」
木々が揺れ、リィナの長い髪と
ゼルディウスのねずみ色の髪が風に乗る。
もう近くまで来ているはずなのに、
市場の活気は遠く感じ
代わりにゼルディウスの皮肉が
リィナの心に響いてくる。
視線を外したゼルディウスが、
少しの沈黙の後、静かに口を開いた。
ゼルディウス「ーどうせアレだろ。
あのセクハラ神官に話したっつー、俺のことだって。」
「無愛想だし、口は悪ぃし、職もねぇ…。
…おまけにスラムの住人……。ー最近はそんな奴に
付き纏われてるとか… そんなとこだろ。」
「ーまぁだからって…
付き纏うのやめてやる訳じゃねぇけど………。」
小声になりながら、ゼルディウスは背を向けた。
段々と強くなる風がゼルディウスの黒い
コートの襟をバタバタと立てる。
リィナは高くて広い、
ゼルディウスの背中を見詰めたまま
思いを巡らせた。
(ーゼルって何かを求めてるみたいだな…。)
皮肉る癖に拗ねちゃうし、
口の悪さで悪者になりがち…。
だけどゼルディウスがそういう態度の時には
いつも中心にわたしが居て、
わたしの為に怒ってくれたり、
わたしに何かを察するように導こうと
してくれている。
そんな気がする。ーそうだとするならば。
リィナはゼルディウスのコートを少し摘んで、
そっとおでこを預けた。
背の向こうで、ゼルディウスがびくっと身体を
強ばらせた気がしたが、リィナには
革のコートは意外と柔らかいのだな、と
心地よかった。
ー本当、ゼルディウスみたい。
リィナは呟くようにゼルディウスを呼んだ。
リィナ「ーハルヴェイン様には最近、
とても良い友達が出来たのだと話しました。」
ゼルディウス「…………。」
(ーともだち、ねぇ……。)
ーそう。彼は。
わたしを〝いい意味で〟〝特別〟扱いしない、唯一のひとー。
ゆっくり振り向くゼルディウスの顔は複雑に
滲んでいたが、埋めていた顔を上げた
笑顔のリィナと目が合った瞬間に、
迷いも皮肉も煩わしささえもー
まっさらに浄化されてしまった。
ー神の御業の如く。
リィナ「だって、ねぇゼル…、
あなたは、わたしにとって。」
ゼルディウス「……っ、リィ、ナ?」
小さい神は微笑む。
淡い亜麻色の瞳の、小さい小さいカミサマ。
リィナ「〝トクベツ〟じゃないんですもんっ。」
ゼルディウス「…………。」
ゼルディウス「はぁーーー!?
どういう意味だ! …おい待て!
リィナーー!」
街灯の火が灯り始めた頃、
神と共にある王都、アストリアでは
今日も神を求める声がこだまするばかりだーー。
ワンシーンというか続きになってしまったけども(w
視点を変えてリィナもまた、ゼルディウスとの距離を考えるーという構想で。
無信仰なゼルディウスにとっては
「リィナ」の存在そのものが「神」のようになる、という構成になりやんした。




