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Rain for the Unseen【後編】

オルフェン「ーここまでくれば大丈夫かな。」


路面の道が土に変わり、建物よりも木々が目立ち始めた小径に

入ったあたりで、オルフェンは歩調を緩めた。


リィナ「……っ…、っ……。」


オルフェン「この辺は物資運搬の旧道でね。

今は僕たちの領分、といったところかなー…大丈夫かぃ? 戦乙女(ヴァルキリー)。」


オルフェンは肩で息をするリィナに視線を落とした。

仮面の奥からは、隠そうともしない小さな笑いが零れる。


リィナ「す、すみませ……。」


オルフェン「はは、運動不足だね、戦乙女(ヴァルキリー)

ーまぁそれは君に限った話ではないさ。

祈術の対価、というべきかな。」


当のオルフェンは息一つ乱していない。

涼しい空気と深緑の匂いで

喧騒の熱が冷えていく。

リィナは不甲斐無さで何も言い返せず、

ただただ赤くなる顔を下に向けるしかなかった。

そんな様子を楽しむように、オルフェンはリィナの手を

繋ぎ直すと、もう一方の少女たちにも声を掛けた。


オルフェン「クロエ、イヴ。君たちは大丈夫かぃ?」


イヴ「ーーっ…。」


〝イヴ〟と呼ばれた「ノ」の仮面の幼子は、

その声に気が緩んだのか、抱き抱えられた腕の中で、

オルフェンの襟元へ顔を埋めた。


クロエ「…っ…、買物、させてもらえなかった…。」


猫の面の少女ークロエーは

全速力の疲れより、悔しさを滲ませた。


オルフェンは一息肩を撫で下ろすと、

落ち葉を踏みしめながらしゃがみ、

クロエと目線を合わせた。


オルフェン「物資なら定期的に届くだろう?

…急を要していたにせよ、なぜ仲間(僕ら)に

声を掛けなかったんだい?」


クロエ「買物くらいっ…!

自分たちでできるっ……。」


陽気な仮面の下で悲痛な叫びが掠れ、

リィナの胸は針で刺されたような痛みが走った。


そうだ、このくらいの年齢の子は…

どこまで自分の力が通用するのか、時に

試したくなるものだ。ー自分だって、幼い頃は

今よりずっと内気だったリィゼの手を引いて、

両親に内緒で村中を駆け回っていた。

村の人たちに笑われたり、心配されたり…。

リィゼに余計な怪我を負わせて、両親に叱られたりして。

ーそれが「子供」の自然の〝権利〟なのだと

疑ったことも無かった。


オルフェン「ー戦乙女(ヴァルキリー)…?」


ふと、クロエから目線を上げたオルフェンが、

リィナから零れる涙に驚き、小さく息を漏らした。


リィナ「あ、あれっ…、なんで……。すみませんっ……。」


オルフェンに言われて気付いた涙は、

リィナの意思を聞かずに頬をつたい続ける。


何をしているのだろうか、自分は。

こんな同情のような涙、「道化師(ピエロ)」として

当たり前に生きている彼らに失礼ではないか。


ーいいや、それどころか…。

一体自分に何が出来たというのか。

戦乙女(ワルキューレ)〟としてー、世界の救済者だと

持て囃されておきながら、幼子二人すら護れなかった。

全くの無力ー。


リィナにはもう涙を止める術がなかった。

溢れる滴が次々と、ただ沈黙する土に落ち

小さな水溜まりを作る。


堪らず、両手で目を覆った。

離されたオルフェンの手が、宙に取り残される。


オルフェン「…………。」


オルフェンは静かにイヴを下ろし、クロエの隣へ寄せた。

腰を伸ばしながら仮面を上げ、涙に揺れるリィナを真っ直ぐ見据える。

漆黒の前髪が面の下から長く流れる。

通った鼻筋。星が瞬くような濃藍から

ミッドナイトブルーへと溶けるグラデーションの瞳。

ーそしてその下の、滴るような〝雫模様〟。


ーこれではまるで、同じ涙を

分け合っているみたいじゃないか。


オルフェンは嗚咽を噛み殺すリィナを見つめながら、

弱々しく口元を綻ばせた。

それから、肩の力を抜くように一言だけ落とす。


オルフェン「ーだから君は〝戦乙女(ワルキューレ)〟に

なるべきではないと言ったのだよ…。」


リィナ「…え………?」


オルフェンの言葉にリィナは顔を上げた。

つたい続けた涙の跡が、白い肌に赤く道を作っている。

その痛々しい跡をオルフェンの細い指先が

そっと辿った。


オルフェン「…君は優し過ぎる。」


誰かを護ることに理屈を要さない。

「拒絶」より先に「受容」してしまう。

疑うという発想に至る前に、

その淀みごと他者を赦してしまう…。


彼女がただの少女であったなら

それは魅力として、より彼女を引き立てたろう。

だが、オルフェンが知る〝戦乙女(ワルキューレ)の真実〟では、

その善性はむしろ足枷となる。

優しさゆえに傷付き、涙し、

ーやがて壊されていく。


そうやって彼女だけが破滅へ向かっても、

誰も彼女を救えないー。


リィナ「……オルフェン…さん…?」


頬をなぞっていた指先が止まり、そこへもう一つ

雫が重なる。

オルフェンの動きが初めて止まった時、

顔を上げたリィナは言葉を失った。

ー自分以上に泣きそうなオルフェンがそこに居た。


オルフェン「…参ったね。

僕は乙女の涙が一番弱いんだよ…。」


「ーだから、どうか…。」


本当に、表情が揺れたのは一瞬の出来事で

リィナは見間違えたのかと迷ってしまった。

頬から耳の後ろの方へと、再び指先が動き出した時には

いつもの余裕を含んだオルフェンに戻っている。


オルフェン「ー今日のところは…

これで勘弁しておくれ。」


そう、祈るような静かで優しい声色で、

オルフェンは両目を閉じた。


そしてオルフェンの手が引かれたかと思うと、

ぽんっと、その手の先に白い花が咲いた。

一輪の花がリィナへ差し出される。


リィナ「…え!? わっ…!…すごいっ…。」


リィナは素直に驚きの声を上げた。

今の今までの涙さえ、忘れてしまうほどに。


幾重にも重なった花弁。

青い草と蜜を混ぜたような清涼な香り。

物言わぬ存在はただそれだけで

乾いた心を慰めてくれる。


リィナ「綺麗……。」


赤く染まった鼻を啜りながら、

リィナは手元の白い花を見詰め、ただ呟いた。


オルフェン「〝雨〟は止まったようだね。」


オルフェンの目が満足そうに細まる。


リィナ「…雨? ーあ、そういえば…。」


言われて思い出したように空を見上げた。

市場での冷たい感触は消え、また不機嫌そうな

灰空が広がっている。


オルフェン「ああ、そうか。

あれなら僕だよ。――“幻舞(げんぶ)”さ。」


くすりと笑って、

オルフェンは人差し指と中指で

四角い紙をぴっと挟んで見せた。


オルフェン「種はこれ。

まあ……簡単な目眩しみたいなものかな。」


リィナ「え!?だって…!」


驚いたリィナの声が少し上がる。

あの時、確かに頬に冷たい感触があった。

雨特有のしっとりとした匂いに、市場の人たちが

飛沫を蹴る音だってー。


オルフェン「人ってね、時々“現象”より“言葉”が先に

脳に届くのさ。

ーその辺を上手く利用したのが、僕らの操る

〝幻舞〟の根源なんだけどね。」


クロエ「私はすぐ分かった。」


足元の猫の面が淡々と言う。

疲れたのか、肩にうつらうつらともたれ掛かる

イヴの首を支えるようにして、じっと立っている。


オルフェン「おや。少し〝目〟が肥えたかな、

クロエ。」


にっこりと向けるオルフェンの笑顔には、クロエの

成長を純粋に喜ぶものがあった。

そして、ふ、と指先の紙切れに冷たい目線を落とした。


オルフェン「所詮ー。〝奇跡〟なんてものは

心の有り様でどうとでもなるのさ。」


吐き捨てるような物言いには

「道化師(彼ら)」が思念とする〝祈術〟や〝神々〟への

軽薄が伺えた。


リィナ「オルフェンさん……。」


オルフェン「そんな訳だからさ、君はもう

帰った方がいい。

ー本物の〝雨〟に降られる前にね。」


「送ってやれなくて申し訳ないが…」そう言葉を

紡ぎながら、オルフェンは眠そうなイヴを再び抱き抱えた。


喧嘩っ早いが、引き際も早い。

それが市場という場所だ。

一つの物事にいつまでも構ってはいられない、

忙しい市場なら、もう戻っても平気だろう。


リィナ「…大丈夫です。皆さんもお気を付けて。」


オルフェン「…………。」



深く頭を下げたリィナの周りの空気が、先程より

ひときわ澄んだ静けさを帯びたように感じられ、

オルフェンはそれが気に掛かった。


戻された〝笑い顔〟と〝泣き顔〟の仮面から、

音を失くしたような声が零れる。


オルフェン「……〝戦乙女(ヴァルキリー)〟とは

僕らが伝え聞く呼び名で、

今で言う〝ワルキューレ〟のことなんだけどね。」


道化師(ピエロ)」と

戦乙女(ワルキューレ)」。


違う道を歩む者たちの間に、

一陣の風が吹き抜ける。


オルフェン「君がその運命を諦めた時、

僕は君の“本当の名”を呼べるだろう。」


リィナ「…………。」


オルフェン「――その日が、

一日でも早く来るよう……切に願っているよ。」


その言葉を最後に、オルフェンは二人を伴って

小径の奥へ続く〝サーカステント〟の方へと

歩き出した。


リィナは三つの影が見えなくなるまで、その背中を

見送っていた。


ーそして考える。


例え自分が〝戦乙女(ワルキューレ)〟となることを

諦め、〝道化師(ピエロ)〟という一族を救えたとしても。

果たしてそれは本当の意味で

〝道化師(彼ら)〟の為になるのだろうか。


自分に何が出来、何を成すべきなのか。


リィナはもう知ってしまった。

ただ思想が違うというだけで、世界から

爪弾きにされる一族。

その残酷さは、子供ですら背負わされている。


ー誰かの主張をなぞるだけではいけない。

自分で考えなくては。


そうでなくては

〝救済者〟だなんて、呼ばれていいはずがないー。



足元の落ち葉を、風の精霊〝ヴェント〟が攫う。

闇が落ちてきた小径は相変わらず静かで、

今はもう、風の音と――自分の心音しか聞こえない。


重たい空気が、土の匂いを

いっそう濃くしていく。


――雨は、もうすぐそこまで来ていた。


「戦乙女」のワンシーン譚ではそれぞれのキャラに合うような季節を選んできたので… 季節感がとっちらかってますがw まぁ、オルフェンには雨が似合うだろうなと思ってこういう形に落ち着きました( ˊᵕˋ ;)

(市場での〝雨〟は幻術だったり… 伝わるのか不安なところですが;;)


そしてキリよくep.10までこれたので…

これで打ち止めようか… まだダラダラ綴ろうか…

ちょっと迷ってます( ´~`)

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