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奇兵の魂、南天を衝く  作者: りょう
第一部 炎の転生
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第二章 村へ

森を抜けるにつれ、焦げた匂いは次第に薄れ、湿った土と草の匂いが前に出てきた。陽はすでに高く、葉の隙間から落ちる光が地面にまだらな影をつくっている。戦場から半日も離れていないはずなのに、ここには別の時間が流れているようだった。


晋作は足を止め、耳を澄ました。銃声は聞こえない。航空機の唸りもない。代わりに、遠くで鶏の鳴く声と木を割る乾いた音がした。人の営みの音だ。


小さな村は、森と水路に挟まれるようにしてあった。高床式の家屋がいくつか並び、屋根の隙間から細い煙が立ちのぼっている。畑では女と子どもが黙々と手を動かしていた。彼らは晋作の姿を見ると一瞬だけ動きを止め、すぐに何事もなかったかのように作業に戻った。その視線には警戒もあったが、驚きはなかった。兵士を見ること自体が、すでに日常になっている目だった。


案内役の少年が、小声で言った。「ここなら、しばらくは大丈夫だ」


晋作は頷き、村の中央へ進む。足元の土は踏み固められ、長い時間、人が行き来してきたことを物語っていた。長州の寒村と、そう変わらぬ風景だと思う。違うのは、空の色と、背後にある巨大な力の質だけだった。


家の一つに通されると、年老いた男が待っていた。背は低いが腰は真っ直ぐで、目だけが鋭い。村の長だと、すぐに分かった。


「トゥアンは死んだと聞いた」


老爺はそう切り出した。声に感情はなく、事実を確認するだけの響きだった。


「死にかけたが、生きている」


晋作は簡潔に答えた。説明を重ねる気はなかった。老爺はしばらく黙り、やがて小さく息を吐いた。


「生きているなら、それでいい。ここは長くは使えんが、今日は休め」


それ以上、詮索はなかった。村は個々の事情を抱え込めるほど余裕のある場所ではない。


水と粗末な粥が出された。腹に入れると、ようやく身体が落ち着くのを感じた。戦場では空腹も渇きも後回しになる。生き延びた後に、一気に押し寄せてくるのだ。


家の隅で横になりながら、晋作は天井の梁を眺めた。木の組み方が目に入る。簡素だが理にかなっている。人が生きるために必要なだけの構造。そこに余計な飾りはない。


ふと、長州で見た農家の梁を思い出す。貧しく、だがしたたかだった人々の顔。身分も立場も違えど、重なって見える。


外では、誰かが低い声で議論していた。聞き耳を立てなくても断片は伝わってくる。


「あいつは変わった」

「前からだが、最近は特にだ」

「考えすぎる」


その言葉に、苦笑が浮かびかける。どこでも同じだ。早すぎる考えは、いつも危険視される。


かつて藩内で浴びた視線を、晋作はよく覚えている。尊王だ、攘夷だと叫びながら、実際には何も変える覚悟のない者たち。変革を口にするが、変化を恐れる者たち。


夜になると、村は一層静かになった。灯りは最小限で、闇に溶けるように家々が沈む。遠くで犬が一度吠え、それきりだった。


晋作は身体を起こし、外に出た。空を見上げる。星は多い。だが、その下を鉄と火の力が支配していることを、彼は知っている。


ここでも同じだ。名前が違うだけで、構図は変わらない。巨大な力と、それに抗う無数の小さな意志。


この村は、まだ気づいていない。自分たちがすでに、戦争の中心へ引き寄せられつつあることを。


晋作は闇の向こうに広がる森を見据えた。動かなければ、飲み込まれる。動けば、血が流れる。それでも選ぶしかない。


そういう場所に、自分はまた立ってしまったのだと、静かに理解していた。

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