表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

南宋末期の英雄:孟珙⑧

1235年、南宋なんそうの空は重く、風は戦の匂いを運んでいた。モンゴル軍が金朝きんちょうを滅ぼした勢いのまま、南へと侵攻を開始。襄陽じょうよう方面からは、黒雲のような軍勢が押し寄せていた。


その防衛の要に立つのが、名将・孟珙もう きょうである。


「将軍、杜杲と こう殿より急報です。臨淮りんわいが連日の猛攻を受けています!」


報告を受けた孟珙は、地図を見つめながら静かに言った。


杜杲と こうは、南宋の盾だ。彼が踏ん張っている間に、我らは江漢平野こうかんへいやを守り抜く。宋の命運は、今ここにある」


忠順軍ちゅうじゅんぐんの本陣では、若き副将・王堅おう けんが兵を鼓舞していた。


「敵は強大ですが、我らには孟将軍がいる!江陵こうりょうを守り抜けば、民の命がつながる!」


孟珙は王堅の肩に手を置き、語りかけた。


「王堅、お前が初めて剣を握った日を覚えているか?」


「はい。将軍が『この剣は民を守るためにある』と教えてくれました」


「ならば、今こそその意味を示す時だ。剣は、民のために振るうもの。命を捨てるな。守るために生きろ」


その言葉に兵士たちは胸を打たれ、戦の覚悟を新たにした。


戦は始まった。江漢平野に押し寄せるモンゴル軍を、孟珙は巧みな陣形と奇策で迎え撃ち、連戦連勝を重ねた。


江陵大捷こうりょうたいしょうだ!孟将軍が勝った!」


民衆は歓喜し、兵士たちは涙した。


一方、臨淮では杜杲と こうが泥にまみれながらも堅陣を築き、夜襲で敵の補給線を断ち、南下を阻止していた。


ある夜、孟珙は杜杲と こうからの文を読んでいた。そこにはこう記されていた。


「我が陣は持ちこたえている。そなたの勝利が、我らの盾となる。宋の未来は、共に築くものなり」


孟珙は文を握りしめ、空を見上げた。


杜杲と こうよ……我らは別々の地にいても、志は一つだ」


その夜、孟珙は兵の前に立ち、語りかけた。


「我が祖父・孟林もう りんは言った。『この子は国を支える柱となる』と。その言葉を、今こそ証明する時だ。我らが守るのは、ただの土地ではない。民の命、未来の希望だ!」


兵士たちは拳を握りしめ、声を上げた。


「宋の魂、ここに在り!」


戦は続いた。襄樊じょうはんでは窩闊台おごたい率いる本軍が包囲を開始。孟珙は奇策をもって突破を図った。


「将軍、敵は四方を囲んでおります。脱出は不可能かと…」


参謀が言うと、孟珙は微笑んだ。


「不可能を可能にするのが、将の務めだ。我が戦術を見せてやろう」


その夜、孟珙は兵を分散させ、火を放ち、敵の目を欺いた。混乱の中、彼は先頭に立ち、包囲を突破した。


「我らは生きて帰った!宋はまだ終わらぬ!」


その姿に、兵士たちは涙した。民衆は彼を「南宋の希望」と讃えた。


戦後、孟珙は王堅と並んで城壁に立ち、夕陽を見つめながら語った。


「王堅、この国はまだ若い。だが、志ある者がいれば、未来はある」


王堅は静かに答えた。


「将軍の背を見て、私は信じました。宋は、必ず守れると」


孟珙は空を見上げ、祖父の言葉を思い出す。


「国を支える柱となれ」


その言葉は、今まさに現実となっていた。孟珙は剣を収め、胸に誓う。


「宋の魂、ここに在り。我が命尽きるまで、守り抜く」


そして、彼は再び戦場へと歩み出す。民のために、国のために。その背に、宋の希望が宿っていた。



光州こうしゅう攻防こうぼう


総帥そうすい、敵軍が再び南下を始めました」


孟珙もうきょう陣幕じんまくに、憔悴しょうすいしきった様子の伝令でんれいが飛び込んできた。彼は、わずかに眉をひそめたが、驚きはなかった。きんを滅ぼした後、モンゴル軍が南宋なんそうを狙うのは時間の問題だと考えていたからだ。


「敵の数は?」


「報告では十万を超えるかと。しかも、今回の敵将てきしょうは、クウン・ブカ(忽温不花)とチャガン(察罕)でございます!」


「ふむ……。あの二人が組んだか。厄介やっかいなことになったな」


孟珙は、静かに地図を広げた。その表情は、まるで何事もなかったかのように落ち着いていた。しかし、彼の握りしめたこぶしは、かすかに震えている。


総帥そうすい! 敵軍はすでに光州こうしゅう包囲ほういし、攻略こうりゃくを開始した模様もようです!」


伝令でんれいの言葉に、陣幕じんまくの中に緊張が走った。光州は、長江ちょうこう沿いの重要な拠点きょてん。ここを落とされれば、モンゴル軍の侵攻しんこうはさらに加速し、南宋の防衛線は大きく後退こうたいしてしまう。


「総帥、我らも出陣しゅつじんしましょう! 光州の兵たちを見捨てるわけにはいきません!」


孟珙の副将、王堅おうけんが、熱い眼差し(まなざし)で孟珙を見つめた。


「待て、王堅。慌てるな」


孟珙は、静かに王堅おうけんを制した。


「敵の狙いは、光州ではない。光州をえさにして、我らをおびき寄せ、背後はいごから攻めるつもりだ」


孟珙の言葉に、王堅はハッと息をのんだ。彼の言う通り、モンゴル軍は決して正面から力押しするだけの愚か者ではない。


「だが、総帥! このままでは光州の民が……」


「わかっている。だからこそ、我らは別の手を使う」


孟珙は、地図上のいくつかの場所に指を置いた。


「王堅、お前には精鋭せいえい五千を率い、黄州こうしゅうへ向かってもらう」


「黄州に、でございますか?」


「そうだ。奴らは光州を攻め落とした後、必ず黄州に進軍してくる。我らは、そこで迎え撃つ」


孟珙は、王堅の肩を力強く叩いた。


「この戦いのかぎは、光州ではない。黄州こうしゅうだ。光州が我らのたてとなって時間を稼いでくれている間に、黄州に完璧な防衛網ぼうえいもうを築き、奴らを長江から遠ざける。それが、我々の使命だ」


王堅は、孟珙の言葉に深く頷いた。彼の瞳には、である孟珙への絶対的な信頼と、南宋の未来を背負うという決意けついが宿っていた。


「承知いたしました! この王堅、必ずや総帥の期待きたいに応え、黄州を守り抜いてみせます!」


王堅は、そう言って敬礼けいれいすると、すぐさま兵を率いて黄州へと向かっていった。


その後、モンゴル軍は光州を陥落かんらくさせ、勢いに乗って長江沿いを東へ進軍。孟珙の読み通り、彼らは黄州へと向かってきた。しかし、彼らが目にしたのは、完璧なまでに強化された要塞ようさいだった。


「なんだ、これは……」


モンゴル軍の将軍、クウン・ブカ(忽温不花)が驚きに声を上げた。


黄州こうしゅうは、我々が先日攻略こうりゃくした光州こうしゅうとはまるで別物だ! 誰が、これほどの城を築いたのだ?」


彼の背後には、同じくモンゴル軍の将軍、チャガン(察罕)が立っていた。


孟珙もうきょうだ。あの男しかいない。やつは、我々が光州に固執こしつする間に、密かに黄州の守りを固めていたのだ!」


クウン・ブカは、歯ぎしりを(はぎしり)した。自分たちが光州で大勝たいしょうを収めたと思っていた矢先、すでに孟珙もうきょうてのひらの上で踊らされていたことを悟ったのだ。


黄州での戦いは、モンゴル軍の猛攻と、南宋軍の徹底した防御がぶつかり合う、膠着こうちゃくした戦いとなった。モンゴル軍は、城壁じょうへきを破ることができず、日々多くの兵を失っていった。


王堅おうけん、よくやった」


後方こうほうで指揮を執っていた孟珙は、遠くから上がる黄州のけむりを見つめながら、静かに呟いた。


「だが、これで終わりではない。奴らは必ず、我々のすきを突いてくる。この戦いは、まだ始まったばかりだ」


彼は、静かに空を見上げた。そこには、きんとの戦いで散った仲間たちのたましいが、星となって輝いているように見えた。




1237年(嘉熙元年)、南宋なんそうの大地は再び戦火に包まれていた。モンゴル軍の猛将・クウン・ブカが率いる大軍が寿春じゅしゅんへと迫り、淮河わいが一帯の防衛線が揺らいでいた。


その地に立つのは、南宋の名将・孟珙もう きょう。彼は忠順軍ちゅうじゅんぐんを率い、父・孟宗政もう そうせいから受け継いだ剣と志を胸に、戦場へと向かっていた。


「将軍、敵は寿春の城門まで迫っています!杜杲と こう殿の陣も限界です!」


副将・王堅おう けんが焦りをにじませて報告する。


孟珙は静かに地図を見つめ、言った。


杜杲と こうは信頼できる将。彼が耐えている間に、我らが決着をつける。敵の心臓を突くのだ」


その言葉に、兵士たちは背筋を伸ばした。


「王堅、伏兵の配置は?」


「完了しております。老兵の進言通り、湿地に誘い込む策です」


「よし。ならば、我らは風となり、嵐となる」


その夜、孟珙は兵たちの前に立ち、語りかけた。


岳飛がくひ将軍が天上から見ておられる。『我が遺志を継ぐ者は誰か!』と。今こそ、我らが後継者となる時だ。宋の魂は、我らの剣に宿る!」


兵士たちは拳を握りしめ、声を上げた。


「宋の魂、ここに在り!」


夜明け、戦が始まった。杜杲の陣は巧みに敵を誘い込み、伏兵が一気に襲いかかった。寿春の地に、南宋の反撃の狼煙が上がる。


その最中、クウン・ブカが前線に現れた。


「南宋の将よ、出てこい!我が刃でその名を刻んでやる!」


その声に応えるように、孟珙が馬を駆って現れた。甲冑に身を包み、剣を握るその姿は、まるで岳飛がくひの再来のようだった。


「我が名は孟珙。宋の魂を背負いし者。貴様の刃では、我が志は折れぬ!」


二人は激しく剣を交えた。火花が散り、地が震える。兵士たちは息を呑み、戦場が静寂に包まれる。


「なぜ、そこまでして宋を守る?」


クウン・ブカが叫ぶ。


「この地には、民がいる。笑う者、泣く者、夢を語る者。彼らの命が、我が剣の理由だ!」


その瞬間、孟珙の剣が閃き、クウン・ブカの兜を弾き飛ばした。


「なにっ!我が一太刀浴びただとっ!」


孟珙が絶叫する。


「クウン・ブカ殿!その首もらい受ける!」


とっさに首を守ったクウン・ブカの太股に深々と孟珙の愛刀が突き刺さる。


「不覚…」


クウン・ブカはうめき声をあげて落馬する。


モンゴル軍は動揺し、南宋軍が一気に押し返す。


「勝ったぞ!孟将軍が勝った!」


杜杲が叫び、兵士たちは歓声を上げた。


クウン・ブカは膝をつき、最後に言った。


「孟珙……見事なり……」


そして、静かに倒れた。


戦後、淮河の堤で孟珙は兵と共に勝利の旗を掲げた。夕陽が川面に映り、空には希望の光が差していた。


王堅がそっと近づき、言った。


「将軍、あの時の言葉……『この地を守る者となれ』。今、ようやく意味がわかりました」


孟珙は静かにうなずき、空を見上げた。


「天よ。祖父おじい様よ。岳飛がくひ将軍よ。見ていてください。宋の魂は、まだ燃えているのです」


そして、彼は再び戦場へと歩み出す。民のために、国のために。その背に、宋の希望が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ