南宋末期の英雄:孟珙⑬
〇
1259年、釣魚城は炎と矢の嵐に包まれていた。モンゴルの大軍が四方を囲み、総大将モンケ・ハーンの号令のもと、連日猛攻が続いていた。
城壁の上、王堅は剣を握りしめ、空を見上げた。そこには、かつての主君・孟珙の姿が浮かぶようだった。
「孟珙殿……あなたなら、どう戦うか」
副将の張珏が隣に立ち、疲れた顔で言った。
「将軍、兵は限界です。矢も糧も尽きかけています。敵は十倍、いやそれ以上……」
王堅は静かに目を閉じた。耳に残るのは、孟珙の最後の言葉だった。
「国を頼む」
その言葉が、胸の奥で燃えていた。
「張珏、覚えているか。孟珙殿が言ったことを」
「……『盾となれ』、ですね」
「そうだ。我らは南宋の盾。この城が破られれば、民が滅びる。ならば、我らが砕けても、城を守る」
張珏は拳を握りしめた。
「将軍、命を預けます。孟珙殿の志、ここに生きております!」
その夜、王堅は兵を集めた。火の灯る広場に、疲れ切った兵士たちが並ぶ。
「皆、よく耐えた。だが、今こそ決着の時だ。敵の本陣に動揺がある。風が変わった。突撃する!」
ざわめきが広がる中、若き兵が叫んだ。
「将軍!我らは孟珙将軍の魂を継ぐ者!釣魚城は、忠襄の城です!」
王堅は剣を掲げた。
「孟珙殿の志は、我らの剣に宿る!進め!この一撃で、南宋を守る!」
夜の闇に紛れ、王堅と張珏は精鋭を率いて城を出た。
疾風の突撃の陣形は敵陣を突き破る。
敵の矢の雨をかいくぐり、ついにモンケ・ハーンの本陣へとたどり着いた。
「王堅か……南宋の犬め!よくぞここまでたどり着いた!」
モンケ・ハーンが叫ぶ。
間髪入れず、王堅は剣を振るった。
「忠襄の魂、ここに在り!」
激しい一騎打ちが行われる。
激しい剣劇の中、モンゴル軍の親衛隊が王堅を取り囲もうと集結する!
そこへ副将の張珏の率いる騎兵集団が雨のような騎射を浴びせる。
「邪魔だ!」とばかりに射抜かれた親衛隊は次々と倒れた、
その間、王堅とモンケ・ハーンの一騎打ちが数十合にもおよび続く。
「孟珙殿より受け継ぎし闘志!喰らうがよい!」
絶叫と共に王堅は王堅の剣を投擲する。
投げつけられた剣が思わぬほどに鋭い剣閃を生んで、矢のように飛ぶ。
そして、王堅の剣がモンケ・ハーンの肩口を貫いた。
「ぐはっ!」
「偉大なるモンゴルの王者よ!我が国の怒りを知れ!」
「孟珙……見事な弟子を育てたな……」
モンケ・ハーンの最後の言葉が夜風に消えた。
翌朝、モンゴル軍は撤退を始めた。釣魚城の空には、勝利の烽火が上がった。
兵士たちは涙を流しながら叫んだ。
「孟珙将軍が守った!その魂が、王堅将軍に宿っていた!」
王堅は城壁に立ち、空を仰いだ。
「孟珙殿……見ていてください。私は、あなたの志を守り抜きました」
風が吹き、空に一筋の光が走った。
それはまるで、孟珙のまなざしが釣魚城を見守っているようだった。
〇
1259年、釣魚城の空は、ようやく静けさを取り戻していた。モンゴルの大軍を率いていた総大将モンケ・ハーンが討たれ、敵は撤退を始めていた。
城壁の上に立つ王堅は、剣を地に突き立て、空を見上げた。そこには、亡き主君・孟珙の面影が浮かぶようだった。
「孟珙殿……我ら、勝ちましたぞ」
副将の張珏が駆け寄ってきた。
「将軍、敵は完全に退いております。追撃の準備を」
王堅は静かにうなずいた。
「よし、追うぞ。だが、無理はするな。我らは守る者だ。孟珙殿の教え、忘れるな」
張珏は拳を握りしめた。
「はい!孟珙将軍の魂が、我らを導いております!」
その言葉に、周囲の兵士たちがざわめいた。
「孟珙将軍が……守ってくれたんだ」
「王堅将軍は、忠襄の志を継ぐ者だ!」
涙を流す若き兵が、空に向かって叫んだ。
「孟珙将軍!我ら、あなたの教えを胸に戦いました!」
王堅はその声に応えるように、剣を掲げた。
「孟珙殿は、我らの心に生きている。忠義とは、命を超えるもの。我らが守ったのは、ただの城ではない。南宋の希望だ!」
兵士たちは一斉に剣を掲げ、声を合わせた。
「忠襄の魂、我らにあり!」
その夜、王堅は城の高台に立ち、月を見上げていた。張珏が静かに近づく。
「将軍……あの夜のこと、覚えておりますか?」
「孟珙殿の引退の朝か?」
「はい。あの朝霧の中、孟珙殿が甲冑を脱ぎ、将軍に『国を託す』と……」
王堅は目を閉じた。
「忘れるものか。あの言葉が、私を支えてきた。孟珙殿は、剣だけでなく、志を授けてくださった」
張珏はそっと語った。
「孟珙殿は、将軍のことを『宋の宝』と呼んでいました。その宝剣が、今日、南宋を守ったのです」
王堅は静かに笑った。
「ならば、私はその剣を磨き続けよう。孟珙殿の志が、曇らぬように」
その時、遠くから兵士たちの歌声が聞こえてきた。
「忠襄の志、我らが継ぐ!」
王堅は空に向かって語りかけた。
「孟珙殿……あなたの魂は、我らの中にあります。この勝利は、あなたのものです」
月が雲間から顔を出し、釣魚城を優しく照らした。
それはまるで、孟珙のまなざしが、王堅と兵士たちを見守っているようだった。
〇
1260年春。南宋の都・臨安は、久しぶりに晴れ渡った空の下、凱旋した将軍を迎える準備に沸いていた。
その将軍の名は王堅。釣魚城でモンゴルの大軍を打ち破り、南宋の滅亡を食い止めた英雄である。
朝廷の大広間。文武百官が並ぶ中、王堅はゆっくりと歩みを進めた。胸には、亡き主君・孟珙の形見である剣を携えていた。
「王堅殿、釣魚城の戦功、まことに見事であった」
宰相・史嵩之が声をかけると、王堅は深く頭を下げた。
「この勝利は、私一人のものではございません。忠襄・孟珙将軍の志が、我らを導いたのです」
その言葉に、広間は静まり返った。王堅は壇上に進み、そこに飾られた孟珙の遺影に向かって一礼した。
「孟珙殿……あなたが遺した剣と志、私は守り抜きました」
その瞬間、王堅の脳裏に、かつての会話がよみがえった。
──1246年、孟珙が引退を迎えた朝──
「王堅、お前には忠義の剣がある。だが、それだけでは国は守れぬ」
「では、何が必要なのですか、孟珙殿」
「民を思う心だ。剣は民を守るために振るうもの。忘れるな」
「……はい。必ず、守ってみせます」
──その言葉が、王堅の胸に今も生きていた。
壇上で王堅は語り続けた。
「孟珙殿は、戦場で剣を振るい、民を守り、志を遺しました。私はその志を継ぎ、釣魚城を守り抜きました。今、ここに誓います。忠襄の志、今も胸にあります」
その言葉に、群臣たちは静かに頭を垂れた。誰もが、孟珙の名を思い出していた。
宋理宗皇帝が立ち上がり、王堅に言葉を贈った。
「王堅、汝の忠義は、孟珙に劣らぬ。よって、侍衛歩軍司都統制に任ずる」
王堅は深く頭を下げた。
「この任、孟珙殿の志と共に果たします」
その夜、王堅は宮中の庭で空を見上げていた。月が静かに輝いていた。
「孟珙殿……見ていてください。私は、あなたの剣となり、南宋を守り続けます」
風が吹き、庭の木々が揺れた。
それはまるで、孟珙の魂が、王堅の背を押しているようだった。




